平和に行きましょう。

蛇に睨まれる


「顧問の目は節穴か?」
「あずちゃん花宮と同じ事言ってる」
「だってそうでしょ」

休憩がてら彼らのポジションを聞いて呆れてしまった。もちろん顧問が決めたものだから間違ってはいないのだが……花宮中心に組むならば変えた方が良さそうではある。

「花ちゃんがポイントガードなのは分かる。監督の先生大正解。統率力あるしチビだし花ちゃんだし」
「潰すぞ」
「ねぇ、これってまだ仮だよね?」
「あぁ。お前だったらどう組む?」
「ん〜とりあえず原ちゃんはセンターじゃなくてパワーフォワードにするかな。あと康ちゃん、シュートは何が得意?」
「強いて言うならミドルかな」
「じゃあスモールホファード。ヒロちゃんはオフェンスとディフェンスどっちが好き?」
「あー……オフェンス?」
「シューティングガードだね。健ちゃんは変える必要無いよね、花ちゃんのサポートに入るんでしょ」
「……チッ」
「なんで舌打ち?」

どうやら考えていた事は同じだったらしい。実際に会って2日、彼らのバスケも今見たばかりだが花宮のプレイスタイルは知っているので、彼を中心に組むなら妥当なポジションだろう。伊達に花宮といた訳では無いのだ、彼がやりたい事は薄々勘づいてはいる。

私は花宮を見てたし、どんなプレイをするのかも知ってる。だから監督の先生には悪いけど、今言ったポジションで慣れて置いた方が良いと思う。皆頭は回るからそこまで心配はしていないけどね。

……と、ここまで独り言のように呟いてから、ぽかんとこちらを見ている彼らに気付いた私は、ひらひらと手を振りながら口角をゆるりと上げた。

「やだやだそんなアホ面しちゃって」
「あずちゃんのえっち……」
「やかましいわ」
「いや、普通にすごいと思うよ。ってか正直気持ち悪い」
「健ちゃんって結構失礼なこと言うよねぇ」
「それはそれとして。なぁ梅上」
「ん?」

我ながら可愛く笑って好意的な感じにまとめられたと思ったのだが。
ちょっといい?なんて無表情のまま小首を傾げた古橋は、相変わらず感情が読めない。うーんやっぱり苦手だ。

「花宮からお前の事は大方聞いてる。妖怪並に人をおちょくるのが上手いって」
「それ誰かと間違えてない?」
「まぁ聞けよ。少なからず俺は花宮の言葉に嘘はないと思ってる。だけどまだ実感が湧かないんだ。梅上が花宮の言うような人物なのか、それとも」
「ただの上から目線の雌豚かって?」
「そこまでは言ってない」

隣で山崎がスポドリを吹き出しそうになっているのを横目に、私は光がない古橋の目をじいっと見つめる。
確かに古橋の言う事には一理あって、いくら話が合うからと言っても彼らからしたらお話の中に出てくる「花宮とマトモに話せる女」がぽんと目の前にいきなり来たようなものだ。
比較的仲が良い原、同じクラスの瀬戸と山崎は少なからず私を見ているので何となく察しはつくだろうが、クラスも違う古橋からしたら知らない女が口を挟んでくるのはあまり気持ちがいいものではないだろう。

「う〜んそうだなぁ。バスケする?」
「俺と?結果は見えてるが」
「うん、だから2on1しよ。ハーフコートでいいよね。健ちゃん手伝って」
「……え、俺?」

まさか自分が呼ばれると思ってなかった瀬戸が、珍しくワンテンポ遅れて返事をする。
男と女じゃ運動神経に差があり過ぎる。まして私は膝を怪我してからマトモな試合なんてやっていない。それでも、勝算は充分ある。

「健ちゃんは何も考えな」
「は?」
「被せんなよまだ言ってるとちゅ」
「ごめんねクセなんだわ」
「とりあえず黙って。健ちゃんはゴール下で私のパスを待ってればいい。どこからパスが来ても取れるように構えてくれてればいいよ」
「……本気なの、それ?」
「あら、だって力関係見せてあげた方が納得するでしょ。原ちゃんもザキちゃんもちゃんと見ててね」

パチリとウインク付きで言えば、山崎は少し渋るような表情で頷いた。原に至ってはガムを膨らましながらゆるいピースを返してくれたので「楽しみにしてる」という事なのだろう。

「あず、やる気あんのか」
「花ちゃんったら辛辣。バッシュも着替えも持ってきてるよ」
「……更衣室の場所は分かるよな」

もう勝負は始まっているのだ。
正直何も考えずに直感でバスケをしたら私はめちゃくちゃ弱い。そもそも私が得意なのは心理戦であり、あの妖怪サトリまでとはいかないものの言葉だけで相手を翻弄するくらいの頭はある。

だから私は「待っててね」と言ってひらりと手を振りながらも、挑発的な笑みを浮かべて体育館を後にした。


▲▼▲▼▲▼


「梅上って元バスケ部なんだよな」
「あぁ。プレイスタイルだけなら俺に似てるが、今はどうなんだろうな」

花宮から聞いていた梅上あずという女子生徒については、中学の頃にバスケ部だった事と「性悪クズ」「終わり良ければ全て良し」「妖怪サトリ並」という半ば悪口のような事だけであった。俺からしたら、花宮が本性を出して側に置いている時点で充分にある種の「仲間」と呼べるに違いはないのだが……少しだけ試したくなった。

先日マジバで初めて会った時の第一印象は、花宮から聞いていた情報もあり先入観こそあれど、普通の女子生徒にも見えた。まぁ、猫被ってない花宮と対等に話している時点で普通ではないのだが。

「あら、だって力関係見せてあげた方が納得するでしょ」

だがどうだろう。
先程の、そのたった一言に梅上あずという人物の本性が垣間見えた気がする。
底が見えない笑みに、蛇に睨まれたような薄ら寒さ。花宮が猫を被っているというのなら、梅上は蛇を隠していると言った所か。

「古橋〜あずちゃんに肘入れんなよ」
「当たり前だ。というかするまでもないだろう、相手は一応女子生徒だぞ」
「……どうだか」
「え?どういうこ」
「お前ら梅上さんの事ちゃんと見てた?アイツ、多分頭のキレなら花宮と同じくらいだよ。俺やる事ないんじゃない?」
「まじ?ってか最後まで言わせろよ!」

ワックスを付け直しながら、瀬戸が山崎の言葉を遮って言う。そうだよね、と瀬戸が花宮に目をやると彼は苦虫を噛み潰したような表情で小さく首を縦に振る。

「アイツに手ェ抜いてみろ。見破られて、足元掬われるぜ」
「……中学の時何かあった?」
「ちょっとな」

マジバで会った時、梅上は心底嫌な表情で花宮を見ていたが、それは花宮も同じなのだろう。

妖怪の次に嫌いだわ。
ポロリと零れた花宮の言葉に嘘はない。だが、本心でもない。その真意を確かめるにはやはり梅上と手合わせ願った方がいいんだろうなと、古橋は少しだけ、いつもは使わない表情筋を少し動かして口角を上げた。

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