剣のよう振りかざして向かってくるデッキブラシをふわりと避けて。ふざけている私たちを止めに来たはずの彼はいつの間にか手すりに寄りかかって野次を飛ばし、心配して覗きに来た1匹はあわあわと心配そうにこちらを見守る。
「なぁ、そろそろキャプテン起きちゃうよ」
「平気だって!嵐も敵影もないし、あの人1回寝たら昼まで起きてこないし!」
「そうそう、っと!それに、ここ最近ずっと潜ってたから身体動かしたいんだよ」
「でも、でも.......」
「たまには息抜きも大事だろ。おい!そろそろ俺も混ざっていいか」
「もうちょい、」
「待って!」
繰り出した左脚を片腕で止められ、デッキブラシから手を離した彼にそのまま掴まれて組み伏せられてしまう。私は舌打ちをしてどうにか組まれた腕から逃げ出そうとするが、思いっきり体重を掛けられてしまい動けない。
苦し紛れに近くにあったバケツから濡れている雑巾を取って、私はそれを思いっきり目の前の彼へと投げ付けた。
あ、と誰かが声をこぼした。
目の前の彼に向かって投げたはずが、組み伏せられているせいで軌道のズレた雑巾は想定と違う方向へ飛んでいく。
そしてびちゃりと鈍い音と共に、地を這うような低い声がその場に響いた。
「.......お前らなぁ」
「キャプテン、あ、あのな」
「"ルーム"」
「ひっ!」
「あっ!」
「何で俺まで!?」
どうやらあまりの騒々しさに起こしてしまったらしい。まだ眠たそうにふらついているのに、その目はぎらぎらとこちらを睨み付けている。
これはヤバい、と思って逃げようとしたが遅かった。私たちは彼の能力でバラバラにされ、気付けば3人分の手足と胴体と頭がデッキに転がる。唯一無事だった1匹は「だから言っただろぉ!」と可愛らしく頬を膨らませた。
「キャプテン勘弁して下さいよぉ」
「問答無用過ぎじゃないですか」
「俺見てただけなんすけど」
「.......仕事もせず掃除道具で遊んでるお前らに慈悲はねぇ。見てただけも同罪だ」
「だって久々の外だし.......」
「遊びたかったんだもん」
「何が"だもん"だ気持ち悪ぃ。島に着くまで我慢出来なかったのか」
一週間振りの外、カラッと晴れた空、気持ちの良い風.......これだけの条件が揃ってるんだと3人で力説してみせるが、彼は一切聞き入れてくれやしない。
優しい1匹は「大丈夫か?」と言いながら、転がった3人分の身体が船から落ちないよう集める。私は自身の身体が集まったのを見計らって、手の平からふわふわと羽を出した。
「ねぇ私戻っていい?」
「あっ能力者ずりぃぞ!」
「ダメに決まってんだろアホ」
能力を使おうとする私を一喝し、彼はご丁寧にも3人分の頭を並べて1匹と船内に戻って行ってしまった.......頭以外も一緒に。
「あーークソいい天気だなぁ!」
「最ッッ高の航海日和だなぁ!」
「気温もちょうどいいし.......あ、待って。両手が海楼石で縛られて、る」
「あ、ほんとにしんどそうだな」
「うわキャプテン
「遊んでた、わたしたちも、わ、るい」
「ほらほら無理に喋んな。大人しく反省してれば島についてから戻してくれるだろ」
うぅ、と私は唸りながら目を瞑る。
右にはキャスケット、左にはキャップを被った頭。見た目は不穏だが空気は決して悪くなくて、むしろ穏やかで心地の良い。海楼石を使われたのは流石にやり過ぎだと思うが.......それを許して、真面目に反省しようと思える程に今の時間は酷く緩やかだった。
「ちょっとルディ!またソファで寝てるのね、ベッドで寝なさいってあれ程言ってるのに」
「ゔッ.......べびーふぁいぶ、勘弁して」
枕にしていたクッションを抜き取られ、お世辞にも柔らかいとは言えないソファの肘掛に頭を打ち付けて目が覚めた。痛くはないが、衝撃で目の前がチカチカする。
妙に鮮明な夢を見た……いや、あれは私の記憶だ。
最近こんな夢ばかりだ。言う程昔の事ではないはずなのに、とても遠い過去のように錯覚してしまう。感傷に浸りながら大きな欠伸をしてゆっくり身体を起こせば、いつものメイド服を着たベビー5が「お寝坊さんね」と呆れたように笑う。
「もう、また遅くまで起きてたでしょ。隈も寝癖も酷いわよ」
「.......ちょっと考え事してたから」
「そんな顔で若様に会いになんて行かせないわよ。ほら、顔洗って」
目を擦りながらふらふらと立ち上がった私はゆっくりと自室に備え付けられた洗面台に向かい、水道の蛇口を捻る。勢いよく出てきた冷たい水を顔に浴びれば嫌でも目が覚める。
緩く寝癖のついた髪を濡らした手櫛で整え、後頭部の下の方だけ伸びている髪を三つ編みにして結う。願掛けにと伸ばしていた髪の一部だが、大分伸びたと思う。
部屋着を脱ぎ捨てながらベビー5の所に戻れば、彼女はドレッサーの前でブラシを持って仁王立ちで構えていた。化粧をするから早く座れという事らしい。
「私まだ眠いんだけど……今日って招集かかってる日だっけ」
「ないわよ」
「じゃあ」
「若様から直々に任務があるんですって。今回はあなた1人、詳しくは若様から聞いて」
「……分かった」
ドレッサーの前に座れば、ベビー5が手早く私の顔に粉を叩いてアイシャドウを塗っていく。人にやってもらわずとも1人で出来るのだが……以前「手際が悪い」と言っていたので、まぁ、早く私の化粧を済ませて若の所に送り届けたいのだろう。
「出来たわよ。口紅はどうする?」
「自分でやる」
ドレッサーの鏡に写った私の瞼には紅いシャドウが薄く塗られている。ボルドーの口紅を手に取り、少し濃い目に塗れば化粧は完成だ。
「どう?」
「いい感じね」
ベビー5からのお許しも出たので、私はそそくさと立ち上がって漢服、カンフー服を模したトップスとパンツを着る。私の能力上背中と腕は空いている方が都合良いので少し露出は高いが……まだ許容範囲内の露出である。ここのファミリーから何着も服をもらったが、こちらは派手で露出も高いのだ。
「お待たせ」
「……ルディ、やっぱりその服可愛くないわ。せっかくだからもっと、こう」
「いいの。ほら、行こう」
ベビー5が起こしに来るという事は、既に若は私を待っているという事だ。
ただでさえ遅れているのに服なんぞで時間を取られては彼の機嫌も悪くなる。不服そうなベビー5の手を取り、私は大きな扉を開けて若の待つ部屋へと急ぐのだった。