へにゃりと表情を崩しながら、シャチはこちらに寄ってくる。途中積んであったエロ本の山を倒して「うわヤッバ」とわざとらしく声を上げ、3人がそちらに気を取られている間にそっと俺に耳打ちをした。
「お前は捨てようとしてたけどさ、ダメだろ。まだ分かんねぇじゃん」
「アイツは死んだ」
「いやぁ?意外と生きてるかもよ。しぶといし、約束破った事ないし」
「……あぁ、そうだったな」
出会った当初こそ女だからと甘く見ていたが、彼女はキャプテンと同等に強かった。組手では俺らの方が上でも、純粋な戦闘センスがあり能力を使えばこの船のNo.2と言ってもいい。
だからまだ生きてる?
海も、世界もそう優しくは出来ていない。
「それでもだ……帰って来ない、もう答えは出てるだろ!」
つい感情が高ぶってしまい、俺はシャチの左肩を思いっきり掴んだ。そして突然の荒々しい大声に3人はハッとしてこちらを振り返り、ただ事ではないと分かりつつもウニが恐る恐る口を開いた。
「なぁ、本当に誰なんだよソイツ。ペンギンがここまで取り乱すって、中々ないだろ」
「……シャチが言っただろ」
「いやそうじゃなくてさ、個人の、何というか……関係があったんじゃないのか」
「ねぇよそんなの」
「ッいい加減にしろよ!!」
バンッと壁を叩き、シャチは珍しく殺気のこもった視線を俺に向けた。分かってる、悪いのは俺だ。1つ深呼吸をして息を整え、俺は「すまねぇ」と小さくこぼす。
「……ルディ。メンターで、ハートの海賊団結成時からいるクルーだ」
「えっ、じゃあ幼馴染って事?」
「幼馴染、なのか?」
「間違っちゃいないだろ。キャプテン、ベポ、ペンギンと俺、それにルディはガキの頃も合わせれば10年近く一緒だ」
「でも今いない……まさか」
「あぁ、死んだよ」
「……正確には生死が分からねぇから何とも言えないけどな。数年前にある島の戦争に巻き込まれた時、俺らを逃がす為囮になった」
あの頃はまだクルーも10人に満たなかった。
何度か入れ替わりもあったので、実際にルディと面識があるのは俺ら以外に片手で数えられる程度で、今この場にいるバンダナもその1人だ。彼は何も言わず黙って聞いているが、当時を思い出したのか静かに拳を握っていた。
俺だってまだ後悔が拭いきれない、だが過去を引きずっていては先にも進めない。俺は立ち上がりながら言葉を続ける。
「本当は次の島で合流するはずだったんだ。だが3日待っても、1週間待ってもルディは帰って来なかった」
「……抜けた、って可能性は」
「ねぇよ。背中合わせて生き死に賭けて、伊達に10年過ごしてねぇんだ」
「ごめん。失言だった」
「知らなきゃ当然の考えだろ。気にすんな」
「さぁ、話は終いだ。大掃除の続きやるぞ」
通夜のような雰囲気になってしまったのでこれ以上話す事は何も無いと手を叩き、仕事に戻るよう急かす。イッカクやウニはまだ聞きたい事がありそうだったが、気を利かせたバンダナが「これどうするよ」とエロ本の山を指した事により場は一気に普段のハートに戻った。
「ついに見つかったか……」
「ウニお前」
「いやいやいや俺のはここにねぇよ!」
「とにかく破棄!俺はキャプテンに報告してくるから、倉庫掃除の続きを頼む」
「ペンギン」
「何だ。文句は言わせねぇぞ」
「コレはしまっとくからな」
「……あぁ、頼む」
ルディの荷物が入っていた木箱を元の場所に戻しながら、シャチは有無を言わさない笑顔で言う。こういう時のシャチは頑固で、何を言っても聞かない。
俺はじわじやと熱くなる目元を隠すように帽子を深く被りなおし、倉庫を後にした。
「キャプテン、今ちょっといいっすか」
「……あぁ」
軽くノックをして船長室に入ると、どうやらローは医学書を読んでいる最中だったらしい。相変わらず勤勉だと感心しながら、ペンギンは閉めたドアに寄りかかった。
「倉庫にクルーの私物が溜め込んであった。悪いがキャプテンから一言もらえればと思って」
「私物?生活品なら構わねぇが」
「エロ本っすね」
「……分かった。本は破棄しろ」
ローは溜息を吐きながら呆れたように言う。
クルーとは言え他人と生活するにはある程度のルールが必要であり、それを守れないようでは船内の規律の乱れだけでなく、戦闘時の命取りに繋がりかねないのだ。
「船が浮上してからでいい、全員デッキに集まるよう伝えておけ」
「アイアイキャプテン」
「……何だ、まだあるのか」
ドアの前から動かないペンギンを不審に思い、ローは医学書を置いて視線を彼に向ける。相変わらず目深く被った帽子では口元しか分からず表情は読み取りずらいが、長年の付き合いからかペンギンの機嫌が悪い事くらいは簡単に察する事が出来た。
「言いたい事があるなら言え」
中々口を開かないペンギンに業を煮やしたローは諭すような静かな口調で言う。
ペンギンは1つ息を吐き、言葉を選びながらぽつりと呟くように零した。
「倉庫にルディの荷物があった」
「……それがどうした」
「ちゃんと聞いた事はなかったと思いましてね。ローさん、アンタどう思ってんだ」
ピリ、とその場に緊張が走る。
ハートの海賊団のキャプテンとしてではなく、ロー個人としての返答が聞きたくて、ペンギンはわざと昔の呼び名を使った。
彼女がいなくなってから数年経つが、ローの口からはっきりとした考えは聞いてない。もう亡い人と思っているのか、それともまだ帰るのを待っているのか。
はぐらかす事は時間の無駄だと分かったローは、椅子から立ち上がりペンギンの前に立つ。威圧するようなローの鋭い目にたじろぐことなく、ペンギンは目の前の彼を見つめ返した。
「俺はあの時、"船長命令"と言った。そのうちひょっこり帰ってくるだろ」
「……ホントにそう思ってんですか」
「あァ。それにアイツは賞金首だ。もし死んでたら新聞に載るくらいの実力はある」
「そうかもしれないが、」
「なぁペンギン、お前は自分の女をそんなに殺したいのか?」
ローの薄い灰色の目が帽子の影に隠れたペンギンの目を射抜く。普段の冷静なローとは違い、感情をあらわにした声音は怒気をはらみつつも、それでいて悲しそうなものだ。
「ッルディとは別にそんなんじゃ」
「気付いてないとでも思ってたか?お前らスワロー島にいた時からそういう関係だろ。まァ淡白過ぎてクルーは知らねぇと思うが」
「むしろ何で知ってんだ……」
「何年一緒だと思ってんだ。ベポとシャチも勘づいてんじゃねぇか?」
「まじかよ」
どうやら本気で気付かれていないと思っていたようで、ペンギンは頭を抱えてがくりと項垂れた。それもそのはず、2人は揃って互いよりもローを優先していてその関係はいつでも二の次だ。クルー達が察する事が出来るほどの距離感は出していない。
ペンギンがヴォルフのじいさんに「ルディは俺がもらいます」と宣言していたのを見ていたからローは知っているのだが……これは黙っておこうと口をつぐむ。
ペンギンからしたら、ルディは死んでいると思っていた方が気持ちに諦めがついて楽なのだろう。それはローにとっても、シャチやベポにとっても同じ事だが、自分達の幼馴染がそう簡単にくたばるとはどうしても思いたくなかった。
船長命令だから、というのはただの気休め程度の言葉だ。心のどこかでは諦めてしまえと言う自分を押し殺し、ローは「生きてるだろうよ」と自身にも言い聞かせるよう静かに言った。