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クレオの双子の兄、フィンセントが家出したのは彼が士官学校へ入学する日の2日前のことだ。朝。世話係がいつものようにフィンセントを起こしに部屋へ行くとそこはもぬけの殻で、書き置きだけが残されていた。家出のことは屋敷内にすぐさま知れ渡り、ヴィラール家の当主─クレオの父─は使用人にフィンセントの捜索を頼むとクレオを自室に呼び出した。
「お父様」
「クレオ、来てくれたか」
クレオの声で硬い表情を崩した父は、お前も座りなさいとソファへ促す。
こんな一大事に呼び出しってことは、きっと何か重大なお話でもするんだろう。
2人の間に緊張感が走る──
ことはなかった。父親は息子が家出をしたというのにも関わらず、割と落ち着いていた。クレオも、実の兄がいなくなったというのに、慌てふためいた様子は見られない。
これは一体どういうことか。
「"あれ"ですね」
「あぁ例の発作だ」
クレオ親子、2人して渋い顔になる。
またってなんの事だ。発作とは…?
「フィンセントがまた家出をした」
ま た 家 出 を し た
十人十色とはよく言ったもので…ヴィラールさん家のフィンセントくんは家出をよくする家出っ子だった。(家出っ子とは)
家庭に不満があるとかそういう理由もなく、ただ何となくでいなくなるのだが、数日から数週間あるいは数ヶ月経てば、一応帰ってくるので誰も咎めることはなかったという。咎めろ。
なんだ、じゃあ慣れてるなら別にいいじゃんって思うかもしれない。しかし、今回は状況が違った。彼は2日後に士官学校へ入学する予定だったのだ。今まで家出を寛容に受け入れていた父親も、流石に考える。
「ところで、フィンセントが明後日、士官学校に入学することは知っているな?」
勿論です、とクレオは頷いた。父もうんうんと頷く。
「入学に間に合うよう、急ぎ探してはいるが、最悪の場合もある……」
父がシリアスな雰囲気を出してきたので、『あっ不味い』とクレオが視線を逸らそうとしたが、父の方が早かった。
「その時はクレオ、お前に任せたぞ」
かくしてクレオ=フォン=ヴィラールは兄の替え玉として士官学校へ入学することになったのである。