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最近、学内がやけに騒がしい。そこゆく生徒たちはそわそわとしている。男女が意味深な視線を投げ合ったり、カップル成立してたり、なんだか浮かれた空気なのは、わけがあった。舞踏会が近づいているのだ。
皆が舞踏会の話に花を咲かせるなか、クレオは黙々と寮へ向かった。なにやら緊張した面持ちで、今のガルグ=マクの雰囲気から浮いている。二階に上がると、ちょうど向かい側から、これまた雰囲気から浮いている(いつもと同じ)顔のフェリクスが現れた。
「今から稽古?」
「お前は来ないのか」
暇なら付き合えと言いたそうなフェリクスにふるふると首を振る。──大事な用件を控えているのである。辺りに人がいないことを確認しつつ、念には念を入れ、クレオは内緒話をするように手招いた。わずかに眉をひそめながら、フェリクスが体を屈める。
「シルヴァンに、ダンスの男役を教えてもらいに行くところなんだ」
「は?」
「やるならちゃんとしたくて」
学校の行事とはいえ、舞踏会は舞踏会。熱を入れる者たちと同じくして、クレオも並々ならぬ思いを抱えていた。出身を問わず、学級が相交わり、生徒全員が一同に会すそれは、気負うようなものじゃないのだが…。
なんせクレオは初めて男役を務める。そう軽い気持ちで挑みたくないのである。万が一、相手に恥をかかせることになってみろ。最悪だ。可哀想だ。それに、なによりこの数節、男子として生きてきた矜恃がクレオにはある。──つまり、かっこつけたいのである。
しかし、誰かに指南を仰ごうものなら、貴族なのに?と不審に思われるのが関の山。そこで、全ての事情を知り、かつ舞踏会へのモチベーションが高いシルヴァンに白羽の矢が立ったのである。
「……待て。奴の部屋に入るつもりか」
「? うん」
「やめておけ。襲われるぞ」
「!?」
なんという強烈な脅し文句。
幼馴染とは思えない随分な言いようである。シルヴァン、こと女性関係においては本当に信用がなかった。
フェリクスの言い分は分かる。シルヴァンの女性にまつわるアレコレは、さんざん目にも耳にもしてきた。でもさすがに、いくらなんでも、ややこしい事情を抱える自分に、そんなことしないんじゃないかなぁとクレオは思うのである。というか、指南役を失うわけにはいかない。
「でも、教えてもらいたいし」
「全く勧めん」
「じゃあフェリクスが教えてくれる?」
「誰がするか」
「じゃあシルヴァンに教えてもらうしか……」
「…………」
「左手で相手の右手を軽く握るだろ。そんで右手は……」
不服そうに仁王立ちしているフェリクスをクレオ越しに見て、シルヴァンは頬を引きつらせた。クレオの後ろに立つ自分への牽制──圧が半端ないのである。というか部屋の扉を開けた瞬間からフェリクスの形相は鬼気迫っていた。まだ何もしていないのに。
手を出さないように見張っているのだろうが、やり辛いったらありゃしない。なんだかんだ面倒見いいんだよなーとホッコリしつつ、でも警戒されてるんだよなーとシルヴァンは肩を落とした。
「シルヴァン?」言葉を不自然に止めたので、クレオが首をかしげる。
「ん、何でもない。なあフェリクス、こっち来てくれ」
「おい。巻き込むな」
「お前のせいで集中できないんだよ。どうせ突っ立ってんなら女役やってくれ。身長的にお前の方が適任だろ、イデッ」
「フェリクス、お願いします」
数秒見つめあってから、フェリクスはハアーーと大きく溜息をつくと、「すぐに終わらせるぞ」とクレオの手を掴んだ。そのまま引き寄せられ、クレオの体がフェリクスにぴったりくっつく。慣れ親しんだ格好にクレオがあれ?と思っていると、シルヴァンから訂正が入った。
「フェリクス、逆。逆だぞ」
「うるさい」
今度は一回り大きい手がクレオの手のひらに被さる。大きくあふれている指に思わず顔をほころばせた。
「ちょっとゴツい女性で分かりにくいと思うけど、右手はここ。やめろ足を踏むな」
シルヴァンの肩を殴ったり足を踏んだりお冠なフェリクスに、心の中で謝りながら、クレオはフェリクスの背中に手を添えた。ちぐはぐながらもホールドの形が出来上がる。女役に収まるフェリクスは笑えたが、クレオから抱きつかれているようで、シルヴァンはちょっと羨ましくなった。
「いいんじゃねえか。本番はもっと組みやすいと思うぜ」
じゃあ次、動いてみな。シルヴァンに促され、ゆっくりとステップを踏む。言ってしまえばただ立場を逆にしただけだが、なかなか変な心地であった。フェリクスもそうだったのだろう、足運びがぎこちない。しかし数回行えばたちまち動きは軽やかになった。両者貴族出身なだけあり、ダンスそのものに慣れていて飲み込みが早い。楽しくなって踊り続けたかったが、十分と判断したのかフェリクスの体は早々に離れた。
「平気そうだったし、練習必要なかったかもな」
「ううん、すごく為になったよ。二人とも本当にありがとう!」
「フン。舞踏会なんぞで悩むなど、くだらん」
「世の女性を敵に回す発言だぞ、それ」
女性陣がいたらどちらにも白い目を向けそうだ。まぁまぁと二人を宥めながらも、直前に迫る舞踏会へクレオは胸を躍らせた。