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食べる量を増やす方法、それはきっと何かの本に載っているはず。そう思ったクレオは参考になる本を求め書庫へと足を進めた。


休日は各々が好きように過ごす。本を読む者、お喋りをする者、食堂で腹を満たす者、訓練場で鍛錬する者、あるいは街へ出かける者などなど。

ガルグ=マクは広いため、一緒に行動でもしなければ、中々知り合いに会えないこともある。だからこそ、偶然出会えた時は少しだけ気分が上がったりするのだが──

「シルヴァン!聞いたわよ!なんでも、男子生徒を口説いたとか!前に女装をした人を、なんて言っていたけれど、まさか本当に男性を口説くなんて……貴方の見境の無さがここまでくるとは思わなかったわ!」
「ちょおーい!待て待て、誤解だって!それも事故!悲しいことに事故がまた起きたんだよ!」

聞き覚えのある声がクレオの耳に入る。顔を向けると、イングリットとシルヴァンがいた。声を掛けるか一瞬考え、そんな雰囲気でもないな、と素通りしようとした時、クレオとシルヴァンの目が合った。

「フィンセント!いいところに!ちょっとこっち来てくれ!頼む。俺を助けると思って!」
「ちょっとシルヴァン、フィンセントを巻き込んでどうするつもり?」

シルヴァンに手を振られたクレオは無視もできず、2人の元へ近づいた。イングリットが不安そうなのが気になるところだがシルヴァンが必死の顔なので仕方ない。

「イングリット、俺が口説いたって男はこいつのことなんだよ!確かに口説きました。ええ口説きましたとも。だけどそれは!女の子だと勘違いしただけで!男に手を出そうとした訳では断じて無い!!」
「勘違い……?」

シルヴァンはクレオに指を差すと、思い出したくもない(クレオ談)あの日の出来事をイングリットに話した。呼ばれたものの、置いてけぼりなクレオは2人の様子をうかがうことしかできない。

「そうだ。だってこの顔を見てみろよ!どう考えても女の子だろ!!1回で見抜けるか?!」
「え!?」
「た、確かにその……男子であるフィンセントにこう言ったら、失礼かもしれませんが、可愛らしい顔立ちだと思います」

イングリットは真剣な顔でクレオをじっと見つめた。

だろう!?とシルヴァン、食いつく。

そう思われてたとは…私、相当に軟弱な成りをしているのかな…。とクレオ、見当違いな方向へ慮る。

「けど男子制服を着ているし、そこで判断できるんじゃないの?」

そうだよ!そうだよ!とクレオは心の中で援護射撃を送った。

「何か事情があるのかと思ったんだよ……」

眉を下げたシルヴァンが頭を掻く。まぁフィンセントなら…とイングリットは腑に落ちた様な感じだ。何かよく分からないけど言い争いが終わったのなら良かった。とクレオが安堵したところでシルヴァンがこちらを見た。

「そうだ、フィンセント。まだちゃんと謝ってなかったよな。勘違いして悪かった!」

謝られることを想定していなかったため、クレオはすぐに返事が出来なかった。

シルヴァンには気まずさを感じて特別話すこともなかったけど、こうして和解しようとしてくれるのは嬉しい。

思わずクレオの顔が緩む。

「いいよ。男だって分かってもらえたならそれでいい」

するとシルヴァンが固まった。

「なあ、やっぱり今からでも女の子ってことにならねーか?」
「シルヴァン!!」

イングリットに怒られるシルヴァンを見ながら、やっぱりまだ少し苦手かもしれないとクレオはため息をついた。


2人と別れたあと、クレオは目的の書庫にいた。さっきの空間から一転して静寂としている。司書に人体や食物に関わる本の場所を教えてもらうと、クレオは気になるものを片っ端から引き抜いていき、参考になるものを探した。

手に持つ本が3冊か4冊にさしかかった頃、小気味よく動くクレオの手が止まった。本が少し高い場所に仕舞われていたのだ。多分届くだろう、と手を伸ばすが中指の腹が背表紙を掠めるだけに終わる。背伸びをして再度挑戦するがやはり届かない。踏み台を持ってくるしかないか、とクレオが書棚を離れようとした時、視界の端に何かが映った。

「これか?」

謎の手が本を指差す。誰?とクレオは手から顔の方へするすると目線を向けた。金色の髪に蒼い瞳の──

「殿下!」

「人体の本か。なかなか変わったものを読むな」
「ええと、あの、体を鍛えたくて……」

殿下─ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダット─は本を興味深く見るとクレオに手渡した。ありがとうございます、とクレオは丁重に受け取った。

彼はクレオが所属する青獅子の学級ルーヴェンクラッセの級長で、ファーガス神聖王国の王子であった。
そんな殿下と休日に書庫でお会いするとは。クレオの姿勢が自然と正される。

「殿下はどうして書庫へ?」
「調べ物をしていた。そんな時、お前が本を取り辛そうにしているのを偶然見かけてな。来たわけだ」
「わざわざすみません!」
「そう畏まらなくていい。代わりに取っただけだろう?」

クレオが再び礼をするとディミトリはかぶりを振った。しかし誰だって恐縮するだろう。王子に本を取ってもらうなど、身に余る行為すぎる…!

「体を鍛えたい、と言ったな。それなら訓練をすれば事足りると思うのだが」
「はい。僕は他の皆と比べると体力が無いので、訓練するにもすぐ力尽きてしまって……。より効率のよい方法はないかと調べていたんです」

本当は男として生きていく上で不自然に思われないための解決策を調べていたのだが、ディミトリにそんなことを言えるはずもなく。それっぽく誤魔化すクレオの目は少し泳いでいた…。

「なるほど。お前は真面目なんだな」

しかしディミトリは特に気にもせず、むしろクレオのいい所を見つけたように評価した。ディミトリがその人の良さを発揮する分クレオは後ろめたさで胃を痛めるのだった。
 

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