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理学の講義を聞きながら筆を持たない方の手で首の後ろを撫でる。短くなった髪は、まだ慣れない。「フィンセント、ご飯食べに行きましょう」
講義が終わったあと、本を読んでいるクレオの元へアッシュがやってきた。
「うん。そうだね、行こう」
アッシュの誘いにクレオはにこやかに返し、席を立つ。クレオが隣に並ぶのを待つとアッシュは歩を進めながら話し始めた。
「さっきの講義分かりました?僕、途中から頭こんがらがっちゃって」
すごい慌てましたよ、とアッシュがおどけたように言うのでつられてクレオが笑う。
クレオが士官学校で最初に仲良くなったのはアッシュだった。
あの一悶着のあと、クレオは無事に
フィンセントが着る予定だった男子制服に身を包み、髪の毛も短くして格好は男になったクレオだが、いざ男らしい素振りをしようとすると体が硬くなった。
女の子として、同年代の子に話しかけることは出来る。だけど男として、話しかけるのは、どうにも出来なかった…分からなかったのだ。
極めつけはナンパしてきた男子生徒が同じ学級だったことだ。気まずいクレオは顔を見られないように俯いた。
皆がわいわいと話をして交流を深める中、1人で壁に寄りかかっているクレオは自然と考え込む。
こんなんで大丈夫なのかな。私に兄の代わりが務まるのか。
はぁ、と短く息を吐くと、サラシがクレオの肺を締め付ける。
気持ち悪い…。
苦しさからクレオは蹲ろうとした。
「あの、もしかして体調悪いんですか?大丈夫?」
自分に声がかかるとは思わず、驚いて顔を上げる。男の子だ。
「……ちょっと緊張しちゃって」
ちょっとって言うか、かなり。今まさにすごく緊張している。情けない。
クレオの口から、あはは、と乾いた笑いが出る。すると男の子はにこりと笑った。
「僕も同じです。これからこのガルグ=マクで1年間過ごすんだなあと思うとそわそわしちゃって。でも良かった。体調悪いみたいではないんだね。あ、名前を聞いてもいいですか?」
男の子はアッシュと名乗った。
「アッシュ……!僕はフィンセントって言います。気を使ってくれてありがとう」
な、名前を聞かれた…!
ガルグ=マクで孤独に過ごす自分の姿を脳裏に浮かびかけていたクレオは、突然の好機に動揺した。
が、そこは悟られない様になんとか答える。いえいえとアッシュが首を振るう。優しい人だ。だからだろうか、その言葉はクレオの口から自然と出た。
「これからよろしく!」
それから数日アッシュと交流する中で、自然体でいた方が良いとクレオは気付いた。緊張が解けた彼女はクラスメイトと話すようになるのだった。
空いてる席へ2人で座る。さあ頂こうとした時アッシュがクレオの料理を見ながら言った。
「前にも言ったけどフィンセント、本当にその量で足りるの?」
ドキッとクレオの胸が跳ねる。何でもないように、「あ、うん、今日も朝食食べ過ぎてね、お腹そんなに減ってないんだ」と返すが、手が震えていた。
「(また聞かれるとは……)」
クレオの米神に汗が浮き出る。
チラとアッシュの料理を覗けば、クレオのよりしっかりと量があるのがうかがえた。クレオの量はと言うと、女の子だったら普通くらいか、それよりいくらか少ないか。しかしこれには理由がある。サラシを巻いているため、腹の容量が制限されていたからだ。もしもリバースしちゃったら、医務室に連れてかれて検診のために服を脱がされるかもしれない。そのための控えめ量だったのだが…。
あれ…これもしかして良くないことなのでは。男にしては食べる量が少なすぎる。
と今気にするクレオ。違和感を持たせるに決まっている。クレオはたまに抜けているところがあった。だけど、まあ、気付いたので大目に見よう。
早速、クレオは解決策はないか頭を巡らせた。
アッシュと会話をしつつ頭の隅で策を練っていたために食事をした感覚はなかったという。