Long StoryShort StoryAnecdote

溺れる魚


 その学校の室内プールは、中等部と高等部の共有施設になっていた。併設する大学の学生は、授業や練習のない時間なら申請して使えることにはなっていたが、インターハイで活躍している水泳部の使用頻度は高く、あまり自由にはならない。
 不満を抱いた大学生達は、そのほとんどが元水泳部の落ちこぼれだった。厳しい練習についていけず、やがて部に顔を出さないまま卒業していった。
 だから、彼らが水泳部の練習にちょっかいをかけたのもプールを使いたかったからというのは建前で、本当はそうした過去のわだかまりの捌け口を探していただけなのかもしれない。

「もうすぐ県大会があるんです。出て行ってください」
 水泳部の部長である直江(なおえ)は毅然とした態度で、自分より頭2つは背のある大学生達を睨めつけた。
 いきなり私服で入り込んで来た大学生達に驚いた直江は、不安そうに様子を見守る部員達をプール内へ促すと、招かれざる客をシャワー室に押し留めたのだった。
 シャワー室で反響する緊迫したやり取りをよそに、プールからはバシャバシャと水音が響いてくる。部員達は練習に戻ったようだ。直江はそのことにひとまず安堵する。
 しなやかな筋肉がついた直江は、その清廉な眼差しに部を支えてきた自信が満ち溢れ、ほとんど大人のような体格の男達に囲まれても少しも物怖じしていなかった。
 しかしその優等生然とした様子がかえって男達の苛立ちを煽ってもいた。
「なぁ部長さん。俺達もうずっとプール使わせて欲しいってお願いしてんのよ。教務部に文句言ったら、じゃあ直接部長さんと相談しなさいって言われたからわざわざここまで来てやったんだよね」
 リーダー格の男・水野(みずの)が言うとまわりも一様に相槌を打つ。そのからかい半分の様子に直江は彼らの本心を見抜き、眉を顰めた。
「本当に泳ぐ気はあるんですか?水着も持っていないように見えますけど」
 指摘を受けた男の1人がニヤニヤ笑うと、
「服脱いだら履いてるからさ。なに、見たい?」
 言って、自らズボンを下ろした。
 直江は呆れて目を反らし、ため息をつく。男はズボンの下に何も身に着けていなかった。一同はいっせいに笑い出す。
「おっと、忘れちまったみてーだ! なぁ、部の備品があるだろ? 貸してくれよ」
「ありませんよ、そんなもの」
 水野は直江の肩をぐいと掴むと耳元に顔を寄せた。
「そうか。じゃあお前のを貸してもらおうかな」
「は? え、ちょっ……何を、」
 抵抗する間もなく、男2人に両腕を押さえつけられる。ジタバタともがく間に、直江は競泳パンツをぐいぐいと引っ張られた。身体にピッタリとフィットしているそれを脱がせるのには少し時間を要したが、身動きできない間に全裸にされてしまった。直江は顔を熱くする。
「何考えて、」
「練習の邪魔、して欲しくないんだろ? 部長さんがちょっと俺達に付き合ってくれれば、すぐ帰ってやるからさ」
 男は下卑た笑みを浮かべると、直江を床に組み敷いた。
「いっ! 何す……やめろっ、離せ!」
 威勢よく噛みつくも、男2人がかりの力でやり込まれてしまう。四肢を押さえつけられると、水野が直江の胸に手の平を置き、撫でた。
 ぞわり、嫌悪感から直江の肌に鳥肌が立つ。
「部長さんはやっぱりいい身体してんなぁ。インハイじゃ俺達の代の時よりご活躍だって言うじゃねーか」
「俺達の時の部長はアレだよな、コーチとデキてるってもっぱらの噂だったし……」
「違うっ! そんなわけない!」
 不意に直江が吠え、男達は虚を衝かれた。
 男達の言うコーチは今も変わっていない。長年この水泳部に携わり、厳しい練習を課しながらも生徒達を温かく見守りここまで導いてきた。
 さらに、噂になっていたという当時の部長は直江が敬愛してやまない日比野(ひびの)という生徒だった。直江が中等部の時に4年上の先輩だったが、誰にも平等で優しい人だった。部で一緒に過ごせたのは半年ほどだが、彼が卒業してしまう時は切なくて堪らなかったのを今でも覚えている。
 敬愛する2人を同時に侮辱された直江は歯を剥き出しにして息を荒くした。
「先輩とコーチがそんな……やましい関係のはずあるか!」
「何だ、ムキになりやがって」
 直江を押さえつけていた水野は鼻白んだが、とっととヤろーぜ、という外野の声に促されて直江の下腹に手を滑らせた。
「っ、」
「アイツらのことはどうでもいい。今は俺とお前が愉しむ時間だ」
「さ、触るな……っ! 気色悪い、」
 男の手がするすると下腹を撫で、直江の性器に辿り着くとぐっと握る。直江は他人にプライベートな場所を触れられる不快感に顔を歪めた。
「やめ、」
「練習中に来て正解だったな。身体が濡れててやりやすいぜ」
「いやだっ、離し――っ、……ぁ、」
 男の手が直江のものを巧みに扱く。直江は違和感に戸惑い、しかしじょじょにそこに血液が集まっていくのを感じる。
「う、うあっ……やめ、」
「へへ、一丁前に硬くなってきたぞ。ほら、遠慮せずにイけよ」
「ぁ、はぁ、あっ……ぁ、」
 男は直江のものを握った手を動かし擦り上げた。男の汗ばんだ熱い皮膚、その中で与えられる刺激に、嫌でも下半身は反応してしまう。直江は必死に顔を横向けて耐えようとしたが、正面を向くよう押さえつけられた。
「ふっ……く、う……!」
「そら、イき顔しっかり見せてくれよな。……ほら、先っぽから汁が垂れてきた」
 手の中でぬちぬちと音がする。足を閉じたいのに男達に拘束されそれも叶わない。
 直江の顔はみるみるうちに赤く染まり、細い首には筋が浮いた。その様子にまわりからヒュウ、と口笛が鳴る。
「あ、あっ……は、離し……あ、嫌だ、出……る、あはぁッ――!」
 びゅびゅ、と白濁が散る。直江は息を荒くし朦朧としながら薄目を開けた。
 男の手に白い粘液が迸っている。自分の下腹にも。絶望的な気持ちで項垂れると、全身の力が抜けた。
「よしよし、そうだ。おとなしくしてりゃお前も好くしてやるよ」
 水野は直江の性器についた精液を拭うように手を濡らすと、尻を持ち上げ後孔を探り始めた。
「あ!? な、何……嫌だッ!」
 直江の閉じた秘部に太い指を突き入れる。ずぶ、と挿入された中指が強引に押し入り、さらに人差し指が。
「ひぃっ……!」
 2本の指で押し開くように狭い中が抉じ開けられていく。鋭い痛みに奥歯を強く噛みしめるが、水野は侵略をやめない。
「水野さんマジに男ヤっちゃうんですか? やっべー!」
「後でヤらせてやるからまぁ見てろ」
 後ろで囃す男達を従えて、水野は悠々と手技を進めていく。
 射精を強いられたショックからまだ立ち直れない直江は上手く抵抗することもできずに、水野の両腕に必死にしがみついた。
「嫌だ、やだ、あっ……! い、たい……っ、やめ、やめろ……っ!」
「ちゃんとほぐさねーとお前がツラいぜ? 今から俺達が順番にハメるんだからな」
「……な、に……?」
「知らねーのか? セックスだよ、セックス」
 直江の顔から血の気が引く。
 男女の性行為はもちろん知っている。年頃なりに本やインターネットで知識もある。まだ経験したことはないけれど、でも、どうして――自分は男なのに。
「あっ!?」
 その時、中を弄っていた指の動きに直江の声が上擦った。腹の奥が痺れるような快感。いつの間にか直江の性器もまた勃ち上がっている。
「なん、で……嘘だ、俺はこんな、」
 男達は直江の反応にゲラゲラと大仰に笑った。
「初めてか? 部長さんもてっきりコーチとヤりまくってると思ったが、まだ手つかずとはラッキーだ。これから俺達がたっぷり仕込んでやるから、しっかり覚えてコーチも愉しませてやんな」
 指が引き抜かれたかと思うと次の瞬間、比較にもならない太く硬い、熱いものがそこに押し当てられた。まさか、まさか――上体を起こされ、そこが視界に入る。自分の勃起した性器と、尻に密着した男の陰毛、その繁みの奥に埋もれた赤黒い何か――次の瞬間、直江のそこがズブリと貫かれた。
「ひッ――!!」
 息を吸ったきり、覚えのない痛みで声が出ない。眼前に水野の顔が迫って、直江は恐怖に震え上がった。
「ひ……ぁ、……ひッ、」
 大きく口を開けてはくはくと息をするが上手く呼吸できない。
「何だ、キスして欲しいのか? 強欲だな」
「ひが、んッ……!」
 唇を塞がれ、口腔内を熱い舌で舐られる。自分と水野の息で苦しい。頬の内側や上顎を舐められ、舌を絡められて、何も考えられない。
 水野は抵抗の弱くなった直江の腰をがっちりと掴むと、唇で口を塞いだまま腰を動かし始めた。
「ふン"ッ! んぶッ! ンン"ッ! ン"ぅ〜〜ッ!!」
 悲鳴を封じ込められたままの激しい突き上げに、直江は意識が飛びそうだった。繋がった場所はまだ抉じ開けられた痛みでじんじんしているというのに、きっとこの強い痛みと味わったことのない異様な感覚はもっと内側の深いところから湧き出ている。
 男の性器に、身体の中を……腸を、陵辱されているのだ。
「ッ――!!」
 息苦しさと恐怖に、身体に力が入る。今まさに侵略されている部分がぎゅうっと男の性器を締めつける感覚。あまりの生々しさに、直江は堪えていた涙を零した。
「ふぅ、ふっ……! ン、ン"ンッ! ン"……ッ!」
 口の中の粘膜が舌で抉られるぬめった熱と、男根で腸壁を擦られる感覚が絶妙にリンクする。どちらも中に抵抗できる器官はなく、ただひたすらにねじ込まれた異物を受け入れるしかない。
 ちゅば、と音を立てて唇が離れると、水野は汗ばんだ顔を快感で歪めた。
「ぅっ……はは、すげぇ締めるじゃねーか。そんなに好かったか?」
「はっ……は、……は、」
 ようやく解放された直江の口からはダラリと涎が垂れた。さっきまで悔しさと怒りに燃えていた瞳は、痛みと感じたことのない感覚に戸惑い乱れて濡れている。
「初めてにしては上出来だ。好いぜ、お前の中……入口の狭いところも、奥の吸いついてくるところも」
「ひっ……! い……たい……ぬ、いて……ぬけ、よぉ……っ」
 直江の胸が激しく上下する。緊張した肉筒はぎっちりと肉棒を締めつけて離さないが、水野は直江の腰を掴むとゆっくりと引き抜いた。
「ふ、ひ……ィ!」
 中を擦られる感覚に、直江はぎゅっと歯を食い締めその隙間から息を漏らす。
 カリ首が入口の部分にギリギリ引っかかるところまで抜き出すと、水野は腰を止めた。舌で唇を濡らすと、今度は直江の頬を舐める。それから直江のヒクヒクと蠢動する下腹に手をやると円を描くようにヌラリと撫でた。
「あああっ……や、だ……触るなぁ……!」
「まだ泣くには早いぜ、挿れたばっかだろ。お前のここ、たっぷり可愛がってやるから、なっ!」
「ひッ――!! ア"ア"ァッ――!!」
 ズンッ、と奥を突き上げられた直江は背を仰け反らせた。ビクビクと中で男の性器の存在を感じる。身体の中の大切な器官を押し潰されているのに、その衝撃に極めて射精していた。
「すっげ、トコロテンてヤツ!?」
「マジかよ……すげーエロい」
 水野が直江を犯す様を見ていた他の者達は目を見交わす。
「俺も勃ってきちゃったんだけど」
「なぁ、中にまだいっぱいいんだろ? 後輩可愛がってやろうぜ」
「賛成!」
 水野と直江、見張りを残して男達はプールの方へと駆け込んでいく。
 直江は朦朧としながらもその方に手を伸ばした。
「やめ、……みんなには手を……出すな、」
「殊勝な心がけだけどなぁ部長さん。俺だけで満足してくんねー? なぁ、……なぁっ!」
「ひああッ――!」
 直江の手を乱暴に掴むと床に縫い止め、水野はさらに激しく責めた。硬く熱い肉棒で入口から奥まで、きつい締めつけを乱暴に抉じ開けるような出し挿れに、直江の身体はガクガクと震える。
「ひっ――イ、て……!」
「ギャラリーは減っちまったけど、好きなだけヨがれよ」
 退路のないシャワー室で虚しく反響する自分の悲鳴に埋め尽くされながら、直江の身は水野に侵略されていった。

 プール内は闖入者にざわめき、練習をしていた者も異変に気づいた水の中で立ち上がると顔を拭って男達を見上げる。
 ひと目見て中学生とわかる生徒が5人、高校生と思しき生徒が2人。これで全員ということはないだろうが、今日の出席率は男達の人数と偶然にも合致していた。
「な、何ですかあなた達は……部長はどうしたんです?」
 勇気を出して声を上げたのは副部長の各務(かがみ)だ。直江とは中等部からの親友だが、リーダーシップのある友人に隠れていつもおとなしくしている。
「俺達はここのOBってヤツかな。部長さんはシャワー室で特別メニューに励んでるから、俺達が可愛い後輩達に優しく指導してあげようかと思ってさ」
「え……? OB、」
「お前も結構いい身体してんじゃん。俺が相手してやるよ」
 特別体格のいい男が躍り出ると、各務の肩をがっしりと掴み壁際へと追い込んだ。そのまま首筋に口づけると、何をされているか察した各務は真っ青になって男の胸を押した。
「何するんです、やめてください!」
 しかし男の厚い身体はビクともしない。肩をがっちり押さえられたうえに両足の間に膝を入れられては身動きも取れなかった。
「やめ……だ、れか……誰か、直江っ!」
「部長さんはもう食われてるって。だからお前は俺と……さ?」
 首筋から鎖骨を、さらに胸を舐められて、各務は「ひっ」と上擦った悲鳴を漏らす。
「おい……何か様子が変だぞ」
「各務先輩の知り合いじゃないのか?」
 遠巻きに見ていた部員達が異変に気づくとプールから上がろうとしたが、男達は先回りすると少年達の胸を上から蹴り下ろした。ザバ、という激しい水音と飛沫、波立った水面からやっと顔を出した少年達は目をまん丸にしている。
 男達は笑い、
「大丈夫大丈夫、1人残らず相手してやっから」
 言うと衣服を脱ぎ散らかしてザブン、とプールに飛び込んだ。
 それからは阿鼻叫喚と言ってもいい、欲望の宴の始まりだった。
 壁際で身体中を舐られた各務は恐ろしさに抵抗もままならないまま、壁に向き合わされると後ろから肛門に性器を挿入された。
 耳やうなじや肩を甘噛みされながら突き込まれる度に、息が詰まる。
「ひっ……う、あうっ……」
「直江に比べてお前はずいぶんおとなしいんだな。俺はもっと抵抗してくれた方が燃えるんだけど……っ、」
「ううぅっ、ふぅっ……!」
 グリグリと中を掻き混ぜるように腰を揺すられて、各務は唇を噛み締めながら呻いた。何度も壁に擦りつけた額は赤くなり、膝はガクガクと震えている。
「そら、お前の腹ん中にたっぷり俺のザーメン流し込んでやるから、溺れるんじゃねーぞ……ッ!」
「い、やだ、やだ……やめて、もうやめ……っ!」
 激しい突き上げに立っていられなくなり、各務は膝からガクンと崩折れた。それでも男の腰は離れず、嘆きの壁に縋る聖人のような姿で後ろからガツガツと欲望を打ちつけられる。
「あ、あ、あ、イ、く……出ちゃ、う出ちゃう、……ッ」
「よし、いいぜ。俺が出したら一緒にイくんだ。そら、そらっ! イく、イくぞ、イく……ッ!」

 ドクドクッ、と体内に熱いものが吐き出される感覚に、直江は目を見開いて絶叫した。
 ドク、ドク、ドク……男の体温、拍動、熱い飛沫が内壁を汚すその感触まで感じ取ったかのように、腹の底がじんわりと熱い。
 直江の見開いた大きな双眸から、ホロリと涙が落ちた。半開きの唇からは真っ赤な舌が、空気を求めるように時折覗く。
「ふぅ……好かったぜ、部長さん。お前の腹にたっぷり種付けしてやったぞ」
 水野は直江の中を犯したまま、またねっとりとその下腹を撫でた。汗や精液で濡れた皮膚の下、男の精液で満たされた腸がぐねぐねと蠢いているのだろう。
 快楽だと思いたくないのに、直江の身体は何度も水野の手によって情欲に溺れ絶頂した。水の中じゃないのに上手く息もできず、手足も動かない。ただ、自分の中に汚れたものが――汚れたもの?
 直江の口元が微かに、皮肉の笑みを浮かべる。
 汚れているのは、自分の方だった。忘れていた罪悪感を呼び覚まされた直江は、かつて必死に洗い流した白い罪悪感の残滓を自分の指で掬う。

 直江は、日比野を想って自慰をしたことがある。
 中学校に上がったばかりの貧相な自分とは比べ物にならない、日比野の均整の取れた逆三角形の身体を初めて見た時、直江は初めて神を見たかのように見惚れた。
 17歳の日比野は年齢なりの線の細さはあったが、高い身長としなやかな肉体に恵まれ、それは殊に水を掻く時に最たる魅力を放った。
 真っ直ぐな背骨。隆起する肩甲骨とその時描かれる陰影。スローモーションに見える水飛沫。翻るふくらはぎや威勢よく蹴り出される爪先まで、どれもが夢のように美しかった。
 直江は日比野の姿に夢中になったが、水泳部で親しめばその人柄にもますます心酔した。タイムが縮んだことを褒められれば天にも昇ったような気持ちになり、そしてある日、彼の身体を自分の好き勝手にする夢想で果てた。
 強い罪悪感と自責の念に苛まれながら、その行為はずっとやめられなかった。何かに取り憑かれたかのように繰り返し、そうしては傷ついて、親友や仲間達から見たリーダーとしての自分と、日比野を妄想の餌食にしている浅ましい己との狭間で人知れず苦しんでいた。
 卒業式の日、想いを告げればこのやり場のない気持ちが救われるのではないかと日比野を呼び止めたが、口にできたのはたったこれだけだ。
「俺は、先輩の――泳ぎが、好きです」
 日比野は愛らしい八重歯の覗く屈託のない笑顔を浮かべて、ありがとう、と言って去った。
 あの時、想いを伝えていたら。そしてもしも想いを受け入れてもらえていたら。罪悪感の種は形を変えていたのかもしれない。
 けれどもう、遅い。直江の想いは澱となって腹の底に沈み、今や男の吐き出した欲望と何ら変わりがないではないか。
「ん……? 何だこいつ、笑ってやがる。ぶっ壊れちまったか?」
 直江の異変に気づいた水野は濡れた頬をペチペチと叩いた。彷徨っていた目の焦点が合うと同時に、直江は白い歯を見せて微笑む。
「……先輩」
「は?」
「先輩……俺、先輩が好きです。ずっと好きでした」
「おいおい、お前……一体誰と勘違いし、」
 直江の両足が水野の腰をぐっと押さえ込み、繋がりが深くなる。直江は恍惚とした笑みを飲み込みながら眉根を寄せると、恥じらうように肌を赤く染めた。
 水野の背中に快感と、底知れない恐れのようなものが走る。
「――おい、」
「せんぱ……すきです、おれ……もっと先輩が、ほしい、」
「うっ……おま、」
 水野の首にしがみつくように腕を回すと、直江は子供のように抱き縋った。性器を飲み込んだ場所がきゅう、と狭くなる。水野はガラにもなく赤面し、直江の頭を庇うようにぎゅっと抱え込んだ。
「お、まえ何考えて……ッ!」
「なか、いっぱい濡らして……先輩のでいっぱいにして、じゃないと俺……、」
 とろんと情欲に濡れた直江の瞳に水膜が張る。盛り上がったそれは滝のように溢れ、笑い泣きの相好をさらに崩した。
「おれ、溺れ死んじゃうから」

 プールからはバシャバシャと水音が響いている。
 コースロープに必死にしがみつきながらほとんど溺れているように見える小柄な少年は、水中で男に性器を弄ばれていた。
「やら、やらぁっ! せんぱ、たすげで、」
「おら暴れんじゃねぇよ! クソ、1番チビだと思って見くびったらとんだじゃじゃ馬だ……そら、挿れるぞ!」
「やっ、あああ――ッ!!」
 小学生と大差ない身体に容赦なく突き入れられたそれはあまりに凶暴で、挿入されると同時に少年は水中で吐精した。
 プール縁に座った男に背面座位で犯されている少年もいる。茫然自失の状態で身体を揺さぶられているばかりだ。
 プールサイドに広げたゴムボートの中で行為に耽っている者は、相手の体勢など構う様子もなく上から叩きつけるように性器を出し挿れし、乱暴に扱われた少年は身も世もなく泣き叫んでいた。
「おら、おら、しっかり締めつけろッ!」
「や"ぁぁぁッ! いだ、いだいッ、やめで、やめ、ぇあっ、あ、あ、あ"ああッ! い"やぁぁぁッ――!!」
 気絶した各務を手放した男は、2人がかりで高校生を犯していた。頭の上で両手を拘束し、もう1人が少年の身体を丸めるようにして上から突きつける。
「ああッ! ぐうッ! やめ、やめろっ!」
「やっぱ鍛えてっと違うねぇ! すっげぇ中うねりまくって気持ち好過ぎんだけど!」
「うあ、あっ! ひ、ひぅっ!」
「部長さんも副部長さんもバッチリ開発してやったから、お前も中等部の後輩達にいいとこ見せてやんねーとな!」
「はう、うッ――!!」
 ビュクビュク、と中に吐き出しながら、男はガクガクと腰を揺すぶった。結合部からは白い粘液がドロリと溢れ、床へ流れ落ち吸い込まれていく。
 残りの中学生2人は、行為を強要され一方が一方に泣きながら挿入していた。
「ごめ、ごめん……ごめんっ、」
「ふ、ん……ぐっ、」
 四つん這いになって連なる2人の前に1人の男が、犯されている少年の口に性器を突き込みフェラをさせている。といってもそんな経験のない少年は無理矢理頭を掴まれ男の好いように使われているだけだ。
 後ろの少年もまた、さらに数珠繋ぎのように後孔を男に塞がれ責められている。男に腰を打ち当てられれば友人に穿ったものもさらに深く飲み込まれてしまう。
「男に掘られて、お友達のケツマンコで気持ち好くなっちゃうなんて変態だねぇ」
「ほら、ほら、友達の中で出ちゃうよ? いいのかなー?」
「あ、……っねが、抜かせ、て」
「お前が我慢すればいいだろーが! くらえ、くらえ!」
「や、嫌だ! やめっ……あ"ああ――ッ!」
 少年は自分の体内に男の精子が吐き出されるのを感じながら、友人の中に射精した。

 プールからの悲鳴も聞こえなくなる頃、水野は直江の秘部から性器を抜き取った。少年の腸内を陵辱し尽くした男根は赤黒く濡れ光り、精液を滴らせている。
「は、くそ……搾り取りやがって」
 最後にはバックで犯されていた直江はうつ伏せになり、足だけがカエル足のように開いた無様な格好だった。全身が妖しく濡れ光り、その肩は浅く上下している。
 直江の後孔からは大量の精液が泡となって溢れていた。時折ドロリとまとまった量の白濁が漏れ出てくるのは、体内が快感の余韻でうねっているからだろう。しかし浅い呼吸を繰り返す直江に言葉はない。
 正気をなくしてからの直江は水野を「先輩」と呼び、自ら誘うように身を委ねてきた。足を絡ませ、両手は水野の背中を弄り、口づけまで求めた。
 気づけば水野の方が直江に翻弄され、恋人のように熱く激しく、あるいは真摯にその身体を抱いていたのだった。
「とんでもねーな……もう声も出ねーんだろ」
 これだけひどくしたのだ、しばらくはまっすぐ歩くことも難しいかもしれない。陸でも水の中でも上手く生きられない――「人魚姫」だっただろうか、そんな童話は。
 ――先輩、日比野せんぱい……。
 少年はうわ言のようにそう言った。
 水野は日比野を知っている。高校の時は同じクラスで、水泳部も一緒だった。
 陽気で気さくで人情脆くて、誰にもよく好かれた。友達も多く先輩にも可愛がられ、後輩には尊敬されて誰からも愛されていた日比野。
 水野もまた、日比野に魅了された人間のひとりだったが、直江と同じように彼もまた、その想いを本人に告げることはできなかった。
 ――俺な、実は……コーチと付き合ってるんだ。
 言われた時の衝撃は、何にも代えがたい。
 あの噂は真実だったが、本人の口から聞いたのはおそらく水野だけだろう。他の男達はただの作り話のつもりで揶揄っただけに過ぎない。
 ――日比野を殺せば自分達は水の中に戻れるだろうか?
 直江の熱に浮かされた脳で思考した水野は、自嘲気味に笑う。自分達は元々陸の生き物だ。水中で自由に躍動し人を魅了していたのは日比野。彼に惑わされ溺れた自分達は一生もがき続けるのだろう。
「泡になって死んじまえ」
 鼻で笑いながらも、眠る直江の髪を撫でる水野の手は水面を撫でる風のように優しかった。

2018/07/17

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