Long StoryShort StoryAnecdote

ファントム・ペヰン


 あなたが戦傷を負って故郷(くに)に戻られたと聞いて、久方ぶりにこちらに参りました。奥様はこちらにはいらっしゃらないようですけれど…… 師範(せんせい)のお屋敷が空襲で焼かれずに済んだのはなによりです。
 目は見えますね? 耳は? わたしの声はあの頃よりは少し低くなったかもしれませんが、覚えておいででしょう。忘れたとは言わせません。あなたは、書道教室の師範だったあなたは、弟子のわたしにあんな無体をはたらいたのですから。
 わたしはあなたの書に憧れておりました。お屋敷の前に貼り出された生徒募集の手本書き――それは万葉集の挽歌を書きつけたものでした――を見た時に、魂を洗われるような心地がしたのです。学のないわたしでも、このような書が書けたらと思いました。
 あなたは美しい奥様を娶ったばかりで若く、精悍でおられました。入門したわたしのことも可愛がってくれ、わたしの思慕の念はよりいっそう強まったものです。
 しかしわたしはある時――あなたの特殊な嗜好を知ることとなりました。
 奥様はいつも、教室にお茶を運んで来てくださいました。するとあなたは奥様の白魚のような手を取り、その甲に筆を走らせて、奥様がくすぐったがるのを面白がりました。
 はじめこそ、まだ新婚であられるお2人のこと、仲睦まじさが白昼にも透けてしまうのを少し気恥ずかしくも羨ましいような気持ちで横目に見ていたわたしですが、ふと見ると、あなたの瞳は炯炯と光り、異様な興奮を漲らせていることにわたしは慄きました。そして、食器を下げに台所を覗いた際、ついにわたしは、あなたが奥様のうなじに筆を滑らせながら、欲望の象徴を昂らせているのを見てしまったのです。
 そうとは知らずに頬を染める奥様への愛情からなるものであればよかったのです。けれど――筆です。あなたは筆で人肌を愛撫することに、この上ないエクスタシヰを感じるのでした。
 わたしがそれに気づいたことを知ってか知らずか、あなたの手は習いに訪れていたわたしの肌にも伸びました。もとより、敏感な性質であったらしいわたしはあなたが尋常でなく高揚していることにも感化され、幼いながらにひどく淫らな気持ちを呼び起こされてしまったのです。
 人はわたしを責めるでしょうか? 当時まだ9つになったばかりだったわたしのことを。
 あなたはわたしの手や脛を筆でなぞり、それは少しずつ袖の中や首筋へと場所を移しました。わたしのうなじや耳朶は真っ赤に染まり、呼吸を乱して、いつしかわたしもまたあなたのように、下半身の熱を跨げるようになっていました。
 あなたは奥様のご不在を見ては、何度も筆でわたしに悪戯しました。わたしの背後に回って手を取り教える素振りをすると、胸元に筆を差し入れてわたしの胸に……戸惑い、羞恥するわたしを抱き上げ、着物を捲り上げるとわたしの幼い男子の象徴にまでも――。
 わたしもさすがにこれはいけないと思い、咄嗟にあなたを突き飛ばした。けれどあなたは、逃げ惑うわたしの足に掴みかかり、引き倒し、着物を剥いて覆い被さった。恐ろしくて声もあげられなくなったわたしの口に、それでもあなたは人を呼ばれることを恐れて、丸めた半紙を詰め込んだ。
 強い力で手首を押さえつけられて、あなたの逞しかった太腿に足を広げさせられて、さらに筆で胸や臍を嬲られて……わたしはただひたすら、あの屈辱と恐怖と羞恥の拷問に耐えるしかなかった。
 わたしは、これは悪い夢なのだと思いたかった。しかしあなたはわたしの名を呼び、あくまでも現実なのだとわたしに突きつけた。わたしはまだ自涜も知らなかったというのに、あなたの卑猥な手技で、他では得ることのできない奇妙な快楽を覚えさせられてしまった――。
 それからあなたは、近くの安宿にまでわたしを呼び出した。そこであなたはわたしを全裸にし、全身を筆で嬲り尽くした。
 あなたの筆遣いは、わたしの身体から力という力を奪うようだった。誰にも聞かれることのない細い悲鳴をあげるわたしを揶揄うように、筆先はわたしの目覚めたばかりの性感を刺激し、弄んだ。
 ――きみの肌は筆の滑りがいっとう好いんだ。
 唾液で湿らせた穂先を乳首に当て、弄り回しながらそう囁き、逃れようのない感覚にわたしが惑う様を愉しんで……泣きながら、けれど抗えず勃ち上がったわたしのものを認めると、あなたは半ば強引に包皮を剥き、命毛でうぶな亀頭部を虐め抜いた。
 ああ、あの気が狂うような仕打ちときたら――!!
 筆しらべだけで何度も果てたわたしに、あなたは興奮しきっていた。そして残酷にもあなたは、筆先の前戯だけで悶死しそうなほどのぼせ上がったわたしの菊門に筆の尾骨を突き挿れると激しく出し挿れし、ダルマ(注:筆の持ち手側にある出っ張り部分)まで入りきるほど深く、わたしを責め立てた。
 わたしはただ泣いて、鳴いて……わたしの愛した道具によって辱められることにどれほど絶望したことか。同時に認めがたい興奮を感じてしまった。それがまた、わたしの心を裏切るようで目の前が真っ暗になりました。
 筆で慣らされたところにあなたが押し入ってきた時――恐怖に打ちのめされながらもわたしはなんとか抗おうと拒絶の声をあげ、あなたの胸を強く押しました。しかしあなたは容易くわたしの手をひとまとめにすると、解いた帯紐で背中側に縛りつけた。そうして芋虫のようにのたうつわたしを、あなたは好き放題に穢した――あなたの愉悦を身体の奥に感じながら、わたしはあなたの浅ましい欲望の捌け口にされたのです。
 あなたはわたしの中で果て、そこから滴るものを墨の代わりに筆に纏わせると、まるで盲目の琵琶法師のようにわたしの全身にあらゆる句を書きつけた。他の誰にも読まれることのない、わたしの肌だけが知る呪詛――。
 犯されながら鈴口を筆で責められる感覚は、今も忘れられない……わたしが上も下もダラダラと泣き止まぬのを、あなたは嘲るように見て愉しんでいたっけ。
 覚えていますか、あなたはこんな風に――わたしの幼い性器の先を、筆先でくるくると虐めたんです。あなたが出征した後、放り出されたわたしの身体の苦痛がわかりますか。わたしはこんなにもあなたを憎んでいるのに、あの行為が忘れられず――自ら筆を舐めてはこうして……わたしは泣きながら、誰にも知られてはならない異様な慰めに溺れざるを得なかったのです。
 あなたが戦争に立って4年――空襲でわたしの家族はみんな死にました。残されたわたしは、瓦礫の町を彷徨い歩き……そのうち戦争は終わって、異人さん達が食べ物を持ってやって来ました。
 彼らは孤児になったわたしにチョコレヱトを与え、可愛がってくれました。ひもじい思いをしていたわたしが物欲しそうについて回っていると、そのうち1人の兵士がわたしの身体に悪戯をしました。わたしはあまりに激しい戦火と喪失の衝撃からあなたにされたことを忘れかけていましたが、大きな手でいやらしく肌を弄られると、条件反射のようにその求めに応じたのです。
 おかげでわたしは食うには困りませんでした。わたしから家族を奪った国の人達だというのに、わたしの身体は彼らの欲望を受け入れて生きながらえたのです。
 ここにもこれから異人さんが来ます。わたしが呼んだのです。あなたに見せてあげたくて……あなたがわたしにしたいことを、できないまま指でも咥えて見ていてご覧なさい。

 少年はそう言うと、手にしていた筆を置いた。その筆の穂先はしっとりと濡れているが、それは横たわる男――かつて少年の書道の師範であった男の、体液によるものだった。少年はこれまでの半生を師に語って聞かせながら、その筆で男を嬲っていたのだ。
 声も出せずに濁った荒い息を繰り返す男の目は、包帯に阻まれてほとんど外から見ることができない。しかし、かろうじて隙間から覗く微かな白目は、真っ赤に血走っていた。
 男の姿は奇形だった。着物を着てはいるが、肩より先に厚みがなく、腕を引っ込めた亀のように袖の部分が背中側に折りこまれている。足は、大腿部の半分より上がかろうじてあるばかりで、膝のところで断ち切られていた。
 男は、戦争で両腕と両足を失ったのだ。
 目や耳は機能しているものの、火中を駆けて焼け爛れた喉は声を発することもできない。苦しげな息を鼻から漏らすのがやっとだったが、それすらも痛みを伴うほど。
 しかし、自分で見ることのできない性器だけはまるで別の生き物かのように逞しく屹立しているのがわかる。少年の巧みな筆の前戯だけで、男は勃起し、達したのだ。
 少年は男の性器に顔を寄せると、先まで筆の命毛で虐めた鈴口をねろりと舐めた。
「ウゥ"ッ――〜〜!!」
 達磨のような姿になった男が苦鳴をあげるのにも構わず、少年は顔を斜向けるとぴちゃぴちゃと性器の裏筋を舐めた。それは異国の兵士達の相手をさせられるうちに覚えたことのひとつだったが、その手管は子供の小さな口と舌によるものとは到底思われないほど達者だ。
 ウグ、グゥ、と男が呻くのにもたじろぐ様子もなく、先に溢れていた精液をすべて舐め取ってしまうと、その先端をかぷりと口内に迎え入れる。ちゅぶちゅぶと吸いつくように舌先で亀頭を舐め回し、包皮をずり下ろすように口の中で扱いていく。
「グッ……フ、ウッ……!」
 男はほとんど白目を剥いて極め痙攣し、少年のなすがまま。
「グゥ、ウウッ、ウム"ゥ――〜〜ッ……!!」
「んふっ……ん、」
  少年は喉の奥まで男のものを受け入れ、そしてまた口先でチュクチュクと弄ぶ。筆で悪戯されたそこは敏感になり過ぎて、舌で舐められてはビリビリと痛みを感じるほど。その快感は、戦場にいた男が久しく味わっていなかった絶頂だった。
「――どうです。過ぎた快感というのは苦しいものでしょう」
 俯いていた少年は、やや紅潮した面を上げると艶然と微笑んだ。彼はまだ13歳という幼さだったが、とてもそうとは思えないような色気があった。
 その時、ガラガラと引き戸の引かれる音がして、少年は玄関のある方角に目をやる。首を動かすこともできない男は繰り返す絶頂にぼんやりとしていたが、部屋にのっそりと現れた人影に目を剥いた。
 それは、かつて男が戦場で銃を向けた国の人間に違いなかった。健常だった頃の男よりもずっと体格がよく、軍服を纏った肌の色は浅黒い。瞳は青白く、焦点が合っているのかよくわからないような顔をしていた。
 兵士はなにごとか、聞いたことのない言語を口にすると、少年に向かってニヤリと笑いかけた。懇意なのだろう、少年は寄ってきた兵士の首に細い腕を巻きつけ甘えるように頬を擦りつける。それから流し目で男を一瞥すると、酷薄な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、あなたはそこでじっとしてご覧くださいな」
 そう言うと、少年はやってきた兵士にあれこれとゼスチュアで指図をした。すると、兵士は横たわっていた男を赤子のように抱え上げ、近くにあった籐椅子に座らせた。身長は元の半分以下になった男だが、背もたれに背を預けると久しぶりに天井以外の景色を見た。
 兵士は軍服のシャツのボタンに手をかけた。次々に衣類を脱ぐと、少年を抱き寄せて唇を奪う。少年は素直に応じ、分厚い手が着物を乱していくのにも抵抗しなかった。
「ぁ……」
 可憐な吐息を溢しながら、少年は兵士の手に身を委ねる。兵士は少年の白い上半身を見ただけで興奮した様子で、その身体に覆い被さるように畳の上に押し倒した。着物を剥ぐ時間すら惜しいとばかり、逞しい腕は少年の太腿を露わにする。昔と変わらぬ滑らかな肌を目にした観客の男は、喉の痛みも失念してごくりと生唾を飲んだ。
 まるきり大人と子供の体格差で、少年の身体はすっぽりと覆い隠されてしまう。ただ生白い細い足だけがにゅっと伸びて、兵士の腰のあたりに縋りついた。安宿で抱いた少年は今よりもっと幼く、もう少し丸みを帯びてもいたが、そうした幼さから脱皮したかのように、花盛りの艶を湛えて男の目を奪う。
 兵士はベルトをはずす。それからファスナーを下ろす音がはっきりと部屋に響いた。
「は、んっ……!」
 続いて、ぐちゅりと濡れた音――兵士の性器を難なく受け入れたらしい少年は、悩ましげな声をあげて仰け反った。
「あはっ……!」
 白い身体が弓形に反る。椅子の上に鎮座させられた男は、再び自分の性器が熱を取り戻すのを感じていた。それどころか、4年前に少年を犯した時の感覚までも克明に蘇ってくるかのようだった。
「あ、あっ……ん! あんっ、は、アッ!!」
 可愛らしい声で鳴く少年の頭を、兵士は愛おしげに撫でる。しかし次の瞬間にはその細腰をがっちりと掴み、乱暴に突き上げはじめた。
「あっ! あん、ああっ!! はっ、はや、……いぃっ」
 わずかに怯えを滲ませる少年だったが、こうなってはもう獣を止めることはできない。男は異国の――おそらくは「好い」とか、「最高だ」とかいった類の――言葉を吐きながら、少年に熱い欲望を打ちつける。
「ひあっ! あんっ、あ、あっ!! は、あっ、ああんっ!」
 肌を打つ乾いた音と、少年の雄膣が責められる濡れた音とが交互に室内に響き、失った肉体の代わりに五感の研ぎ澄まされた男の耳は否応なしに刺激される。
「あっ、あ"〜〜ッ!! あっ、あんっ! はぁ、あっ、あっ"!! あはぁッ……!」
 高く甘い声をはたで聞かされる男は、耳から快楽を注ぎ込まれているように感じた。少年の声は年を経て変化したが、それでも高く上擦る悩ましい音色に男も思わず腰が動いてしまうほど。かつて拒絶の叫びしかあげていなかった少年も、今やすっかり快楽の手綱を自分で握っているかのように悦んでいるのがわかる。
「好い、気持ち好い……っ! そこ、そこぉ……っ、ん、ふ、ンぁっ!」
 好きなところを責められると、少年の目尻からほろりと歓喜の涙が溢れた。兵士も心得たとばかり、執拗にそこを突き上げる。少年を煽るようになにごとか囁き、さらに深く、速く。
「んひぃっ……!」
 男は勃起した性器を慰めるすべを持たず、呻いて腿を揺らすしかない。当然、そんなことで逃せる熱ではないが、まるで兵士の身体に己を憑依させるかのように、無意味な動きを止めることもできなかった。
「ひっ、ひぃんっ! ひぁ、ひ……ィッ!!」
 ゴツゴツと奥を突かれて、少年は兵士の胸を押して微かな抵抗を試みる。少年が招いたとはいえ、この体格差で激しく犯されるのは堪ったものではないだろう。乱れた着物から覗く白い肌は薔薇色に染まり、触れずともしっとりと汗ばんでいるのがわかる。
 ああ、あの肌に筆を滑らせたら――男はそう夢想して目を閉じる。少年の肌は、最高の書材だった。あの柔肌に欲望の墨で歌を書きつける時、彼は挿入する時とは別種のエクスタシヰに達した。他の人には見えずとも、男の目には少年の肌に自分の書がはっきりと刻印され、それが腰を振る度に乱舞するのが見える――。
「はぁん……ッ!!」
 そこで絶頂に至ったらしい少年の爪先はビクビクと痙攣した。射精し、自身の下腹部を汚しながら薄い肩を上下させている。
「は……、は、はぁ……はっ、……ぁ、」
 兵士はニヤニヤと笑い、脱力した少年の細い喉元に口づける。いつの間にか、少年の首筋には無数の鬱血痕が浮かんでいた。
 しかし、兵士はまだ達していなかった。快楽の沼に沈められ未だヒクヒクと悶えている少年の身体を掬い上げるように掻き抱くと、自分の快楽だけを求めるように激しく腰を振りたくった。
「あ、ああっ、あぅ、待って、待っ……!」
 主導権を奪われた少年は下からの乱暴な突き上げでガツガツと貪られてしまう。静止の声など聞きようはずもない兵士は座ったまましばらくそれを続けていたが、やがて立ち上がると少年を箪笥の前に追い立てた。
「はぁぁっ!! ああっ、だめ、こんな、こんなにしちゃあ……っ!」
 背中を打ちつけた少年は顔を歪めるが、背中の痛みよりも中を掻き乱される感覚に身悶えていることはその甘い声音を聞けば明白だ。
 淫らな音を立てる結合部はよく見なかったが、転瞬、兵士が性器を引き抜き少年を後ろ向きにさせると、今度は後ろから少年を責めた。
「ああーッ!! ア"ッ、ア"ッ、ア"ァッ!! かんに……ん、もぅ、堪忍してぇ……っ!」
 兵士の手は少年の着物を捲りあげ、少年の形のいい白い尻を剥き出しにした。腰を引くと、少年の腸壁の締めつけを愉しんでいた男根がずるりと姿をあらわす。赤黒いそれは太く長く、人種が異なるゆえの大そう立派な代物で、少年のあげる切ない喘ぎ声も大袈裟ではないと知れる。
 兵士は男に見せつけるように視線をやると、ニタニタと笑い少年の尻を叩く。泣き喘ぐ少年の首根っこを押さえつけて、深く挿れては抜ける寸前まで引き抜き、そうして少年が安堵すればまた突き挿れて悲鳴をあげさせた。
「い、やぁ、あ"……っ!! ゆるして……っ、は、ああ"……ッしぬ、死んじゃうぅ……っ、」
 強姦のように見えるその情交は男の記憶を刺激し、戦争を経てますます嗜虐性をいや増した欲望を駆り立てた。
 今すぐ手を伸ばしてこの賊軍を突き飛ばし、代わりに自分の熱を少年に捻じ込みたい。少年が果てているとも構わず自分の好いようにそこを愉しみ、嫌と泣き叫んでもやめてなどやらない。
 そんな欲望が下半身に渦巻いて胸を掻き毟りたいような衝動に襲われたが、しかし男にはもはや胸を掻き毟る腕すらない。
「ああっ、だめ、だ、めぇっ……あ、あ"っ、あ"あッ〜〜――!!」
 兵士が、どっ、と少年を箪笥との間で板挟みのように詰め寄ると腰を震わせた。それから2人はそのままズルズルと畳の上に座り込んだ。どうやら、兵士がやっと少年の中で果てたらしい。
「は、はぁ、あっ……、いっぱい出て……っ」
 うっとりと呟く少年に兵士が労うような言葉をかけた。少年の身体を持ち上げると、乱れた着物の裾からパタパタと体液が落ちて畳を汚す。少年の内股を伝い落ちる滝のような筋が、少年の中に吐き出された精液の量の多さを物語っていた。
 兵士は、ただ見ていることしかできない男に侮蔑の笑みを浮かべると、得意な様子で濡れた性器を揺らす。これ見よがしにそれをしまって上衣を肩にかけた。汗をかいた上半身は裸のまま、少年にウィンクして部屋を出て行く。
「……どうですか、思い出しました?」
 少年は火照った身体のまま男に這い寄ると掠れた声で言い、男に細い指を伸ばした。男は自分の下半身がぐっしょりと濡れているのを感じていた。そして、彼の顔を覆う包帯もまた。彼は2人の交わりを見せつけられ興奮し、感極まって落涙までしていたのだ。
「可哀想に……」
 少年の親指が亀頭部を虐めるようにぐちりと刺激する。男は息を止めた。長らく味わっていなかった感覚に、男はびくびくと腰を震わせたが、続いて少年は男の上に跨った。
「――!?」
「わたしをこんなにしたのは――あなたなんですよ」
 少年は冷ややかにそう言うと、腰を落とす。
「――〜〜ッ!!」
 その衝撃は、もし声が出せたとしても言葉にならなかっただろう。男は自分の性器が熱い肉襞に飲み込まれ、締めつけられて、先より寸前で焦らされていたことも相まって一気に絶頂に達していた。びゅくびゅくと噴き出す射精の開放感――澱のように溜まっていたそれは少年の薄い腹の中で異人のものと混ざり合っていることだろう。
「こんなにすぐに達してしまうなんて……」
 そう言って、少年は唇があると思しきあたりに口づけた。
「あなたが生きて戻って来たと聞いた時は驚きました。でも、手も足も失って、身体には戦禍の呪いのような火傷の痕だらけ。息をするだけの醜い肉の塊……ちょうど、あなたに玩具にされていたわたしのようではありませんか」
 少年は男の射精をさらに催促するかのように、ねっとりと腰を回して眉を寄せる。男は呻きながら、その快楽に飲み込まれた。
「グゥ、ウ"ウッ――!!」
 文字通り手も足も出ない状態で、性器と脳だけの生き物になった男は、まるで自分の頭から性器が生えているのではと錯覚した。それほど強烈に、少年に与えられる快楽が荒波のように押し寄せてくる。
 少年は巧みに腰を捩ると、男の性器を狭く熱い奥へと誘いそこで敏感になっている先端を扱き立てた。
「はぁ、あっ……こんな身体になっても、こちらはお元気そうですね」
 嘲けるように笑われて、男は羞恥を覚えた。それは戦後ついぞ感じなかったものだ。こんな醜い身体になり、彼の変わり果てた姿に妻も逃げ出した。長らく下男の世話になっていたが、社会と隔絶された彼はただ虚無の時間を過ごしていたのだ。己の姿を惨めに思うことはあっても、恥を感じたのは久しい。
 少年に犯されながら蔑まれ辱められることに興奮し、歓喜し、生きているという実感に男は再び泣いた。
「ウグ、ン、ンムッ……! ウッ……!」
「あ、はぁ、あっ……せんせ、せんせぇ……っ」
 男を憎みながらも、少年は甘えるようにそう言って男の首筋を甘噛みした。焼け爛れた皮膚はビリビリと痛んだが、それよりも少年の熱に愛撫される快感の強いこと。
「ウウ、グゥッ……!」
 何度目かの絶頂に、少年も愁眉を寄せた。
 少年はよろりと立ち上がり、繋がっていたところから溢れる体液が内股を伝うのをささと隠した。男に背を向け着物を整えると、孤児とは思えぬ凛とした振る舞いで男を見下ろした。
「師範、この痛みを一生覚えておいでください。わたしがずっと、そうであったように……」
 男が今感じているのは、下半身にわだかまる熱だった。あれだけ果てたというのにそこはまだ熱を持ち、少年の身体を求めている。腕があったならきっと、その身体をかつてのように引き倒し、無理矢理に奪ったことだろう。
「ウウ、ウッ……」
 何を言いたかっただろう。あの時の謝罪だろうか、それともたった今、生への執着を蘇らせてくれたことへの感謝だろうか。男は自分でもわからない呻きを溢しながら、部屋を出て行く少年の姿をただ見送るしかなかった。

 ……男は、それから数年して亡くなった。最期を看取ったのは下男ただひとりだった。
 男の骨を焼くという時、1人の青年が下男のもとを訪ねてきた。青年は下男に、亡くなった男の晩年について訊いた。
「ご主人は手足をもがれ口も利けず、自分では何もできないひどい有り様でした。出征前はずいぶんな男前だったと聞きますが、達磨のようになった姿を目にした奥様は卒倒されて……以来わたしが身辺のお世話をしておりました。
 食事もあまり喉を通らない様子でしたが、目と耳はご無事だったようです。湯には入られませんので、わたしが盤に湯を張って、赤ん坊を湯浴みするようにお入れしていました。
 ……え? ああ、下の方は……戦時に受けた爆撃で、手足と一緒に……ええ。ですから、こちらに戻られた折りにはもう『完全にものがない』状態でした」
 青年は、それは気の毒に、と妖しげな微笑を湛えると、手拭いの包みを取り出して下男に差し出した。開くと、そこには1本の筆が――聞けば、男の骨と一緒にこの筆を燃して欲しいという。
「はぁ、構いませんが……ああ、ひょっとして、ご主人の生徒さんでいらっしゃいますか? 戦前、書道教室の師範をされていたと伺いました。やぁ、それはご主人もさぞ喜ばれることでしょう」
 下男はそう言って包みを受け取り、火葬場に青年を案内しようとしたが、青年はそれを断る。せっかくなのでと念を押しても、頑として頷かない様子に下男も首を傾げたが、仕方なく承諾して青年を帰した。
 赤子を入れるほどの小さな棺に収まった男の胸に、手拭いに包まれた筆を抱かせると献花を詰めて納棺する。服を着せ替える役ももうこれで終いだ――その時ふと、下男はある日の奇妙な出来事を思い出した。
 湯浴みをしようと包帯を解いた主人の肌が、ある時びっしょりと濡れていたことがあるのだ。おまけに、滅多にないことであったが、その時の男は粗相もしていた。どうやってよじ登ったものか、籐椅子の上にかけて――。
 下男はその記憶に妙な寒気を感じて身震いしたが、主人が火葬場に連れて行かれるのを黙して見送った。
 手足をなくした男の肉体は、生前の苦痛を昇華させるかのように白い空に墨を刷いて燃えたが、焼け跡に残った焼骨は手の平に収まるほどだったという。

2020/11/19

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