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四月のつよがり


 ひきつるような疼きと圧迫感。うまく呼吸ができなくて、途切れ途切れに喘ぐ。
「はっ……ひぁ、あッ……、あっ、あぐ、……あぅッ」
 高く上擦った響きが甘えているようで、桜斗は自分の声を呪った。
 誰か、助けて──痛い、気持ち悪い……怖い。
 人形のように揺さぶられ、身体の中を太くて硬いもので抉られて。出入りする肉棒にずるりと内壁をこすられる度、嫌なのに腰がぞくぞくと震えた。
「はぁ、はっ……ぅ、ああ、好い……好いぞ、」
 耳元にかかる生臭い吐息が喘ぐようにそう囁いて怖気が走る。恐怖と緊張から無意識に身を硬くすれば、桜斗を犯す男は気味の悪い呻きをあげて悦んだ。体内に収まっているものがまた一段と硬くなって桜斗を責める。
「キツいな……っ、はじめて、なんだよなぁ」
「ひっ……ぃや、やだぁ……っ」
 桜斗は必死に男の胸や腕を引っ掻くが、まるで意に介さないとでもいうように、大きな身体は少しも堪えなかった。
「ああ、桜斗ぉ……お前のナカ……最高だよ」
「いッ、あっ、やぁン! ひっ……──ひ、あぁッ!」
 体重をかけられ、奥深くまで剛直が突き刺さる。抱え上げられた桜斗の足の先がピン、と伸びきる。
「はっ、はぁ、ひ、ぅ……ねが、しま、……もうゆるして……くださ、んぁッ!」
 耳の中を舐められて、指で乳首を捏ね回されて、全身が他人の体温に埋め尽くされていく。自分では触れられない身体の奥深くが鈍く軋む。
「う、う──桜斗、すごい、気持ち好い……ッ! キツくて、熱くて、奥までうねって……ッ」
 男の腰の動きがガツガツと乱暴に、速くなっていく。また、来る。あの、熱くて汚いものが、中に。
「いやっ……、いやいや、やだ、やだぁッ……!」
「そんなに締めつけて……ッ、中に、たっぷり出してやるからな桜斗、うっ、うう、うおぉッ──!!」
 呻きと共に男の身体が震え、桜斗は腹に熱を感じて息を飲んだ。
「ひッ──ぃ、」
 ドクン、ドクン、と波打つように、体内に男の精液が注ぎ込まれるのを感じる。その刺激に桜斗の腸壁はいっそう窄まり、男の性器をぎゅうぎゅうと締めつける。まるで精液を搾り取るみたいに。
 熱いものが腹を満たしていく。反して、桜斗の胸は深い悲しみと悔しさ、絶望感に打ちひしがれて、どこまでも冷えていった。
「ひ、あ、……ぁ、……は、ぁ……っ」
 途切れ途切れのか細い喘ぎが唇の端から漏れる。涙が止まらない。
 男は弛緩した桜斗の細い腰を掴むと、ずる、とペニスを引き抜いた。まだ半勃ち状態のそれは、精液の糸を垂らしながらビクビクと震えていた。そしてその銀糸は、桜斗の尻から伝って──。
「──ひっ、いやああぁぁぁッ!!」
 気が狂いそうだった。いや、いっそ狂ってしまえれば楽だったかもしれない。
 男はその後も抵抗する桜斗の腹の奥を何度も激しく突き上げ、中に白い欲望をたっぷりと注ぎ込み、顔にも精液を浴びせかけた。体内に吐き出したものを乱暴に掻き出しては、桜斗の薄い胸に塗りたくった。しまいには、すべて出しきり萎えた性器を桜斗の小さな口にしゃぶらせ、後始末までさせた。
 もう汚されていない場所なんてないくらい、全身くまなく男の体温と体液、汚らしい欲望に塗り潰されていた。息ができない。
 誰か、たすけて、誰か……草太──。

 「──は、ぁッ!!」
 水面にやっと顔を出したように、激しい息継ぎで桜斗は目覚めた。恐怖で全身がぎこちなく硬直している。眠ったまま流した涙でこめかみが濡れていた。
「う……ふ、はぁ、はっ……はぁ、」
 性嫌悪から自慰ができない桜斗は、悪夢に苛まれながらも夢精してしまう。濡れた下着とべったりとかいた脂汗はそのまま夢の続きみたいで、息もできなくなった。
 過呼吸と全身の強張りが去るのを待って、身も心もぺしゃんこにされたような心地でシャワーを浴びる。唇が紫になるまで、冷たい水で。
 それから草太に、学校を休むと連絡した。こんな惨めな気持ちでは、外に出られなかった。
 たった1度。あの日限りのことじゃないか。それにもう何年も経つ──何度も自分にそう言い聞かせた。しかしあの男は、桜斗の身体に刻んだ傷を抉るように気まぐれに夢に現れては、あの日のように桜斗を犯した。「あの日」は何度も、「昨日」になった。
 草太はこんな自分のことをどう思っているだろう。スマートフォンの画面をじっと見つめ、桜斗は思う。
 幼馴染みのよしみとはいえ、草太は桜斗に根気よく付き合ってくれた。草太がいなければ大学に行くことはおろか、外に出ることさえできなかっただろう。
 しかし草太の過保護過ぎる支援は、桜斗が見舞われた不幸を知っているからだと思うと、胸が塞いだ。
 昔から曲がったことが大嫌いで、おまけに負けず嫌いで何事にも怯まない草太。彼の正義感がそうさせているのなら、まだいいけれど──同情、だったら。
 ふとそんな考えがよぎって、胸が軋む。
 草太はいつもたくさんの人に囲まれていたが、再会してからというもの、人付き合いも少なくなっている。それにどこか、表情にも険しいものが垣間見えるようになった。自分が草太の重荷になることを、桜斗は何よりも恐れている。
 同時に、草太がいなければ息もできないと切実に思った。
 あの男の逮捕が報じられ、草太が家を訪ねてくれた時、彼は静かに桜斗の告白に耳を傾け、優しく抱き締めてくれた。あれほど他人の体温を恐れた桜斗が、草太の与えてくれた温もりにどれだけ救われ、勇気をもらったことか。
 草太を思いながら、桜斗は再びまどろみ始めていた。頭だけベッドの縁に凭せかけると、桜斗は座ったまま眠りに落ちた。



 誰かの肩に、頭を預けていた。他人の体温を感じながら恐怖感はなく、それだけで相手が草太だとわかる。
 ゆっくり顔を上げると、いつからそうしていたのか、優しい眼差しで桜斗を見つめている草太と目を合わせた。
「桜斗。……平気?」
 草太はよく、そう言って桜斗を案じた。桜斗は草太の心配性ぶりに苦笑する。
「うん。草太がいるから、平気」
 草太は微笑み、幼い頃よくそうしたように、きゅっと桜斗の頬をつねった。
「俺がずっとそばにいるよ」
 本当にそうだったらいいと思う。でも、きっとそれは無理だ。
 切なさに、きゅっと胸が締めつけられた。



 着信のバイブが床を擦る音で目覚めた。窓の外はすでに暮れている。
 桜斗はぼんやりとした頭でスマートフォンを掴むと、画面を見た。発信者は草太だった。
「……もしもし?」
「桜斗? ……平気?」
「ん、平気……」
 桜斗はまだ朦朧としつつ目を擦った。時計を見ると16時だ。草太は学校帰りだろう。
「ごめん、起こしちゃったかな。今、お前の家の前にいるんだけど」
「え……、そうなの? 今出るから、ちょっと待って」
 桜斗はそそくさと身支度を整えると、手櫛で髪を押さえながら1階に下り、ドアを開けた。
 ヘルメットを小脇に抱えた草太が、おう、と手を上げる。
「具合、少しはよくなった?」
「……うん、しばらく横になってたから」
 今朝の気分は最悪だったが、午睡のおかげでだいぶすっきりしている。よかった、と破顔する草太の顔を見て、いっそう元気をもらった気がした。
「今日、お前の誕生日だったろ。おめでとう」
「え? あ……」
 すっかり忘れていた。4月3日。今日で桜斗は20歳になる。
「あ、りがと」
「それだけ言いたかったんだ。わざわざ呼び出したりしてごめん」
「ううん。俺も草太の顔が見られて嬉しい」
「……何だよ、それ。学校来てたら見られただろ」
 口先を尖らせるが、それは草太の照れ隠しの癖でもある。
 おもむろにポケットに手を突っ込むポーズも照れ隠しかと思ったが、草太はそこから小さな包みを取り出し、桜斗に差し出した。
「これ、プレゼント。ってほどたいそうな物じゃないけど」
「何? 開けてもいい?」
 草太が頷くのを見て、封を剥がす。中には手の平に収まるくらいの、小さな封筒のようなものが入っていた。
「サシェっていうらしい。平たく言うと香り袋。鞄とか財布とかに入れておくんだってさ」
「……あ、本当だ。いい匂い」
 少し膨らんだ小袋を鼻に近づけると、草木の爽やかな香りが漂う。香水の強い匂いは苦手だったが、ほのかで好ましい。桜斗はしばらくくんくんと香りを嗅いでいたが、その様子を草太が笑うのでやめた。
「ありがとう。お守りにするよ。肌身離さず持ってる」
「──うん、」
 草太が俯いたのを見て、言葉の選択を誤ったのに気付く。きっと、普通の人は「お守り」なんて言い方はしないだろう。少し気まずい沈黙が降りた時、
「それよりお前さ、」
 不意に手を掴まれ、身体を引き寄せられたと思うと、そのままぎゅっと抱き締められる。
「やっぱり。身体冷えてるじゃないか。ちゃんと布団かけて寝てたのか?」
 思い返せば、冷水を浴びてから座って眠っていたのだから、全身冷え切っていて当然だ。
「ったく、風邪ひくぞ。明日、また迎えに来るから、今日は温かくして寝ろよ」
 笑い、桜斗の頬を軽くつねると、草太は踵を返す。おやすみ、そう言って去って行く草太の後ろ姿に、
「ずっと、俺のそばにいて」
 思わず声をかけてしまいそうだった。放り出された身体が急に冷えて、桜斗は手にしたお守りをぎゅっと握る。もう1度鼻先に近付けると、爽やかな香りが鼻孔に届いた。桜斗は目を閉じる。
「……これがあれば、平気」
 ──いつか、離れる時が来ても。
 春の夕暮れに遠のいていく赤いテールランプを見つめながら、桜斗は自分に言い聞かせるようにそう唱えた。

2016/11/01


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