Long StoryShort StoryAnecdote

ボーイズライフ


「いやぁ、こんな風にキヨと一緒に酒飲むなんて」
 ビールで乾杯するや否や、ケンは大きな口を開き笑う。
「だな」
 俺も口元を緩めながら、先付けに箸をつけた。
 ケンとは公園デビューの頃から家族ぐるみの付き合いで、こいつと俺の妹でよく一緒に遊んだ。高校から離れ離れになり、なんとなく連絡をすることもなくなっていたけど。
 ケンと会うのは7年ぶりだ。
「アキちゃん、元気にしてる?今17歳か。モテるだろ」
「全然。相変わらず色気なし」
 アキは俺の5つ下の妹で、まぁ今時よくいるオタクで、連休でも平気で家にこもって何やら趣味に勤しんでいる。
「でも俺、アキちゃんみたいな妹欲しかったな。音楽の趣味合うし、BL漫画貸してくれるし」
「あー、お前ら2人で盛り上がってたもんな」
「はは、キヨはいつも引いてたもんね」
 別に引いちゃいないけどさ、とムニャムニャ言って酒を呷る。
 俺は本や漫画を読まない。1人で電車に乗って遠くへ行ったり、釣りをしたりするのが好きだった。アキにはよくジジ臭いと言われる。
 ケンとアキは趣味で意気投合、やがてコアな……BL漫画とやらでがっちり手を組んだ。
 俺は別に引いてたんじゃなくて、親友を妹に取られたのが面白くなかっただけだ。2人は知る由もないけど。
 そんなこともあったな、と懐かしく笑っていると、ケンは突然箸を皿の上に揃えて置いて居住まいを正した。
「あ、BLついでに……あのさ。実は俺、彼氏できた」
 ゴホッ、と俺は口に含んだ酒を吹き出した。慌ててナプキンで拭う。
「……は?」
「32で、ライブハウスのオーナーやってる人」
 ケンは「写真あるよ」と言うやいそいそとスマホを取り出した。 睦み合うツーショは勘弁して欲しいと思いながら、覗いた画面にはその店で撮ったらしい集合写真が。
「これ」
 ケンの指が画面を拡大すると、黒髪の男の笑顔がアップになった。どちらかというと地味で野暮ったい印象の、真面目そうな人だ。でも、よくよく見ると鼻筋は通っていて小ぎれいな顔をしている。10離れている俺達ともそう変わらない印象だ。
 画面の中のケンはくすぐったそうな笑顔をこちらに向けていた。
「……初恋は俺だったくせに」
 思わず口をついて出た言葉に、俺自身驚く。
 ケンは小学生の頃、俺に惚れていた。俺は照れ臭くて恥ずかしい気持ちと自慢したいような気持ちが綯い交ぜになって、冗談半分にそのことを学校で口にしてしまった。
 なりゆき、ケンは学校でちょっとしたからかいの対象になったけど、こいつはそんなガキのちょっかいなんか歯牙にもかけなかった。そして俺を庇いすらしたのだ。
「俺がキヨを好きなのは本当だけど、何がおかしいの?」
「でも、キヨはマイのことが好きなんだぜ」
 マイ、というのは俺の初恋の女の子のことだ。自分の蒔いた種とはいえ、不意に暴露されて俺は真っ赤になり、穴があったら埋まりたいような気分だったけど、ケンは決然と言った。
「そんなの知ってる。俺は、好きな女の子に素直で優しいキヨのことが好きなんだ」
 ケンを嘲ろうとしていた連中の方がかえって頬を張られたような顔をして、三々五々散っていったのを覚えている。
 ケンは何故か俺に謝り、そして俺も、ケンの気持ちを踏み躙ってしまったことを泣いて詫びた。おかげで俺達の友情は潰えなかった。
「もう、それ言うのなしだって!」
 ケンは照れ臭そうに笑って、その笑顔が昔と全然変わっていないな、と思う。
「今なら、お前と付き合うって言ったら?」
 ケンのことを恋愛対象として見たことは1度もない。からかうつもりはなかったけど……ほんの好奇心。
 ケンは一瞬真剣な顔をして、それから俯き、
「俺はもう、人のものだから」
 ポソリと言った。
「今になって欲しがられても、もうキヨのものにはならないよー、だ」
 と、ひどく幸せそうに笑った。
 俺は、少しだけ泣きたくなった。

「なぁアキ、お前さ……いつも読んでる漫画あるじゃん、ホモの」
 家に帰ると、俺はアキの部屋のドアをノックした。
 アキは制服のまま過ごしていたらしい。俺を室内に入れるとベッドに転がった。
「BLのこと?」
「それ。なんか1冊貸してよ」
「え……何で? 前にキモいって言ってたじゃん」
 あからさまに嫌な顔をするアキに、オレは少したじろいだ。
 アキの言う通り、落ちてた漫画をパラ読みしたら男同士が……だったもんでギョッとしたことがある。親に見つかったらどうすんだ、と説教をしたことも確かにあった。でも、あんな漫画を居間に転がしておくアキが悪いとも思う。
 いつもの調子になってしまいそうなところを堪えて、頭を掻きながら俺は言った。
「そうだけどさ。実は、ケンに彼氏ができたらしくて」
「えっ、ケンちゃん!?」
 飛び起きたアキは俺の目の前でぴょんと跳ねる。
 アキも、ケンがゲイなのは知っている。というより、俺はアキから聞かされたのだ。「ケンちゃん、お兄ちゃんのことが好きなんだって」と。
「超久しぶりじゃん! 相手どんな人? イケメン?」
「会ってはないけど。写真、結構男前だったよ」
 アキはヤダァ、と聞いたこともないような高い声を出した。
「で、さ。こういうの読んだら、少しはケンの気持ちがわかるかなと思って……」
 言うと、口を押さえて変な笑いを笑っていたアキはピタと止まった。それから急に真顔になると、よく整頓された本棚から1冊のコミックスを選び出し、俺に差し出す。
「お前のお気に入り?」
 からかう俺に回れ右をさせる。アキの手が俺の背中をぐいぐいと押した。
「いいから早く行って、読んで」
 部屋を締め出されると、バタンとドアが閉まる。
 俺はその表紙を眺めながら自室に戻った。三白眼の黒髪と朗らかな雰囲気の茶髪の学生。繊細な絵柄は少女漫画みたいだが、2人は見間違いようもなく男だ。
 俺は自室のベッドに腹ばいになると、ふ、と溜め息をついた。それから、意を決して表紙をゆっくりと開いた。

 読み慣れない漫画を行きつ戻りつしながら読み進め、じっくりと時間をかけて咀嚼した。
 むくりと身体を起こし時計を見る。午前1時。読み始める前にしたよりも深く、息を吐き出す。
 妹の部屋のドアの隙間からはまだ灯りが漏れていた。控え目にノックすると、アキはすぐにドアを開けた。
「お前、今までこんなの読んでたのか」
アキは軽く肩を竦め、ため息混じりに無言で頷いた。それから何かのキャラが描かれたタオルを俺の顔に押しつける。
「お兄ちゃん、ケンちゃんのこと好きだったもんね」
「え」
「17年も一緒に住んでるんだよ、わかるよ。だから、ちょっと優しくしてあげる。ちゃんと冷やさないと明日の朝目腫れるよ、お兄ちゃん」
 アキはニコリと微笑んだ。
「……お前、」
 オレは赤い鼻をずるると啜った。
 自分の想いが、ケンと同じだったとは言わない。でも1番の親友が、俺のことを好きになってくれた人が、他の誰かのものになったことに傷つく自分を隠せなかった。
 ケンがかつて俺に向けてくれた深く優しい眼差しを思い出す。
 幸せになれよ、ケン。
 思い、俺は喉を詰まらせた。

2019/04/02

Main
─ Advertisement ─
ALICE+