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27クラブ


 痛い方が好いんだ。
 彼は、悲しそうな笑みを浮かべて言った。
 小学生の頃、隣人の男に悪戯をされた。身体を触られているうちは、ただ可愛がってくれていると思っていたらしい。でもやがて行為はエスカレートして、強姦されるまでにそう時間はかからなかった。
 初めては11歳の時。男は慣らしもせずに突っ込んで、処女みたいに血が出たと彼は苦笑した。痛かったし怖かったけど、自分の近くにいてくれるのはその人くらいだったから、と。
 今ならそれが間違っているのはわかる。でも、その時は……そうしてまだ幼いうちからほとんど毎日のように男に抱かれた。
 おまけに、行為はSMプレイの方向に変わっていった。
 彼の身体にはあちこちに傷痕がある。それこそDVを受けたかのようにミミズ腫れや煙草を押しつけたような跡が今もずっと消えない。
 男は、就活が上手くいかずノイローゼ気味だったという。言われても納得なんてできないけど。
 俺には優しかったんだ。
 言って、彼は泣いた。こんなに傷つけられているのに、もう取り返せないくらい人生をめちゃくちゃにされているのに。彼は狂った男を庇う。
 責めるなら、俺にしてくれ。
 誰が彼を責められるだろう。俺は泣きじゃくる彼を抱き締めて、一緒になって泣いた。それでもお前のことが好きだ、と。

 狂気の果てに、男は自殺した。彼が15歳の時のことだ。
 彼自身も受験生になっていたから、行為の頻度が少し減っていたこともあるだろう。けれど彼は自分のせいで彼が死んだと嘆く。死んで当然の、クズみたいな人間のために。
 何で俺のことが好きだなんて言うんだ。それこそ狂気の沙汰じゃないか。
 彼はよくそう言って俺を詰った。でも俺は彼が大好きだった。目が離せなかった。過去の悲惨な出来事を聞いてさえ、彼に惹かれた。
 かぶりを振りながら涙で崩れる彼の顔を見つめると、憎むべき狂人が彼を虐めたのも少しわかる気がした。
 でも俺はあいつとは違う。彼が泣いて嫌がっても、ゆっくりと丁寧にする。
 お願い、痛いのが好い、痛くないとイけないんだ。だから、お願いだからそんな風にしないで。
 泣きながら訴える唇を甘く塞ぐ。
 そんな風って?
 意地悪く聞き返すと、俺を飲み込んだところがひくん、と震えた。
 彼の中は容貌の清廉さからするとあまりに淫らで、その差に俺は興奮する。男との関係が終わって以来誰も触れていない彼の身体は、けれどその間ずっと、誰かの愛撫を待っていた。その証拠に、俺が直に手を触れるとその箇所から熱を持って、まるで誘うように汗ばむ。
 頼むからひどくして。
 彼は俺の首に腕を巻きつけて赤子のように泣きじゃくる。
 ひどくって、どんな。
 あの男がどう彼を抱いたのか、俺は知らない。聞けばきっと嫉妬の炎に苛まれるのに、聞かずにはいられなかった。
 何も知らない子供の身体をあの人は、血が出るのも構わず乱暴に……。
 彼の言葉に合わせて、俺はゆっくりと腰を進める。彼の記憶を上書きするように、労わるよう、癒すように優しく。中を舐めるように擦ると、彼は舌を出してよがった。
 それから?
 痛かった。痛かったんだ。それなのに俺は悦んでた。俺は――。
 涙を流す彼の唇を塞ぐ。深く口づけ、舌を絡め取る。
 大丈夫だよ。俺はお前を傷つけない。痛みを好んだのはお前が優しいからだ。傷ついた男に寄り添って、同じ痛みを小さな身体で飲み込んであげようとしたんだろう。
 傷つけられながら、彼は喜びを感じていた。自分に頼られている、甘えられている、と。ある種の母性と言っていいかもしれない。あるいは俺もまた、彼の持つ母性のような優しさに抱かれたくて彼に惹かれたのか。
 でも今は俺が彼を抱く。彼の中に埋もれながら、俺はそれでも彼を赤子のように甘やかそうと思った。
 ゆっくりとした抽挿も時間を経て、俺は彼の奥まで届いている。彼は目の縁に涙を溜めて、俺をじっと見つめた。
 俺があの人としてたのはセックスじゃなかったのかな。
 そう、真顔で聞いた。
 それを決めるのは俺じゃないよ。
 彼が初めて自分の居場所を見出した時間。甘いばかりではなかっただろうそれを、後からやってきた俺が全て否定してしまうのも乱暴に思えた。彼の被った傷を、それは過ちだと正してあげる優しさもあるだろう。でも俺にはできない。彼は自分の歪みも認めながら、けれどそうした自分の過去も大切にしているから。
 ゆっくりと引き抜き、挿れる。彼の喉から切ない声が漏れる。好きなところを見つけて、優しくそこを擦る。丁寧に。
 彼は甘い声で鳴いて、恥ずかしいのか自分の手を噛むけれど、俺は自傷も許さない。手を取り、噛んだところを舐めてやると涙を零した。
 俺が腰を使うと、彼は控え目な喘ぎを漏らす。まるで俺に聞かれたくないとでもいうようなそれは、嗜虐欲を煽った。
 具合を伺いながらも律動を速めていくと、少し余裕がなくなったかはしたない声も漏らす。
 やだ、だめっ――イッちゃう。
 彼は大きく口を開けながら、爪先まで硬ばらせる。腹の奥を震わせて、侵略されたそこをまざまざと実感するかのように極めていた。引き攣るような悲鳴を上げて達する華憐な様に、俺もまた興奮する。あまりに愛らしい絶頂、これが初体験ではないかと疑う。
 数秒おきに痙攣する彼の下腹に手を押し当て、撫でた。俺のものに犯された部分がビクビクと震えて、彼は嬌声を発した。
 いやっ……! やめ、て……恥ずかしい、こんな……!
 何が恥ずかしいか。少し意地悪な気持ちも浮かぶ。
 おねが、い……も、うごかないで……っ!
 切なげな声音と顔で哀願されて、俺は素直に動きを止めた。
 彼は瞳を震わせて、いじわる、と呟いた。
 素直になった彼は逐一どうして欲しいか俺に言った。俺は彼の求めるまま与え、彼の全身を奥まで蕩けさせた。
 中に、出してもいいか。
 彼の真っ赤な耳元で囁く。
 ……いい。ぐちゃぐちゃにして、壊して。
 自壊願望が悲しい。けれど俺は彼が望む通り、彼の手をしっかりと握り締めると余すことなく彼の体内に熱い精液を注ぎ込んだ。

 行為の後、彼はしばらく泣いていた。
 感じていた、のだと思う。俺が抜いた後も、腰を震わせては小さく喘ぎ声を上げていた。
 快楽の波が去ると彼はベッドの隅で背中を丸めている俺にぎゅうっと抱き縋った。
 ありがとう。本当に――ありがとう、ごめんなさい。……ごめん、ごめんなさい。
 溢れ出す謝罪の言葉は、両親への、隣人の男への、俺への?
 27になったら死ぬつもりだった。彼の死んだ歳だから。
 あと10年か。
 向こう10年、あいつのことを忘れるくらい俺が愛してやる。27になった時、またどうするか聞かせてくれないか。それまではお前の可愛い声を俺だけに聞かせてくれ。10年も経てばきっとお前のこの傷もきれいになくなるよ。
 心の傷はそう簡単には消えないかもしれないけれど。
 俺は、彼の白い胸についた煙草の痕を優しく撫でた。

2019/04/02

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