Long Story|Short Story|Anecdote恋人と呼べる人
呼べないでしょ、とにべもなく言われて、俺は口をつぐんだ。
「なんで」
「なんでって……男同士だし」
「なに、俺のこと嫌いになった?」
「どうしてそうなるんだよ、好きだよ」
呆れたようにでも、そう言葉にされるとついニンマリとしてしまう。
大学の確率論研究、数字オタクのサークルで知り合ってからン年、共に学友として雀荘に入り浸り、酒に酔って一時の過ちを犯した……はずが、今もこうして関係が続いている。この出会いの確率について研究をしたいところだが、数学でマスかいている場合ではない。
あれよあれよという間にお互いもう齢は26。昨年催された高校の同窓会では、すでに人の親になった同級生もいる。それらに圧されてというわけではないが、我が身を振り返れば何だか地に足がついていないように思えた。この不況の折、定職にでもついていれば十分といえばそうかもしれないが、人はある程度満たされていてもそこに不服を見出すものだ。
彼女とかいないの? という探りとも叱責とも取れる問いに、恋人と呼べる人ならいるけれど……と言葉を濁したら、独り者にはそうボカしているヤツほど秒読みに入っているんだと詰られ、既婚者からは見かけに寄らず案外遊んでいると見当違いな羨望を買った。
なんとはなしに心地悪い思いをして帰ったが、そこで連絡先を交わした数人からメールをもらった。男は合コンの人数合わせに、女はサシで飲みに行こうという。最近は女の方が積極的というのも噂ばかりではないみたいだ。
誘惑のメールはことごとくお断りの返信をしたのだが、どうにも携帯をいじくる頻度が高くなり、パートナーに目敏く見咎められた。後ろめたいことは何もないのだから、話がこじれる前にすべて白状してしまうと、冷静で理解のある彼は許してくれた。
腕組みで難しい顔はしていたけど、たまには妬かれるのもいいもんだな、なんて思ったり。
「好きだから、嫌なんじゃないか」
話は冒頭へ戻る。くだんのやり取りの後、にべもなく折られたのは、俺達の恋人関係を公してしまえばいい、という俺の提案だ。せっかく昔の付き合いが増えたというのに、自分を構成する1番大切な存在を明らかにできないというのは、何だか少し寂しい。
そんな俺の考えを、彼は即座に却下する。麻雀に負けた時と同じように、口先を尖らせて。いい歳こいて子供みたいにむくれる同居人に、思わず微笑んでしまうのだが。
そんな惚気た俺の心中など知る由もなく、彼は尖った口先からツンツンと言葉を紡いだ。
「今のご時世、自分に都合のいい情報を取捨できるようになったから勘違いしてるようだけど、お前が思っている以上に世間様の目は俺達みたいな人間に冷たいよ。理解してもらえるなんて奢りは捨てた方がいい」
「そうかなぁ」
彼は冷蔵庫から取り出した缶ビールを開けながら、スーツのジャケットをダイニングチェアの背に投げ出すと、リビングの革張りソファにどっかりと腰掛ける。
贅沢なマンションの2人暮らしは、そのほとんどが、若手にして敏腕弁護士である彼の手によるところが大きい。高級な北欧の調度品を格安で入手できるのは俺の職業柄によるものだが、ヘタすれば俺がヒモに成り下がるから、そうならないための体裁を保つのに必死だ。
ぐびりと最初の一口を煽りながら、彼はまた難しい顔だ。出会った時からきりりと鋭い目元をしていたが、働くようになってから年々眉間の皺が濃くなっているように思う。
もしかすると弁護士という肩書きも、彼に二の足を踏ませる要因の1つかもしれなかった……などと考えていると、
「俺の肩書きは関係ないぞ」
ピシャリと言い放たれ、俺は内心冷や汗をかく。長年連れ添うと心の中まで見透かされてしまうんだろうか。
「そんなことで今ある信用を失うなら、この国の司法に関わること自体がアホらしくなる。まぁ、そういうことに大らかな海外に行ってもいいし」
俺が着いて行くと信じて疑わない調子だ。まぁ、そうなったらおそらく着いて行くんだろうけれど。できれば北欧がいい。
俺が想像の翼を羽ばたかせていると、彼は「いや違う」と自身の言葉に噛みついた。
「そういうことじゃなくて……仕事を守るために恐れてるんじゃないんだ。俺はお前の気持ちが大事だと思って……俺が恋人を名乗ることで、お前が謂れもない批判を受けたり、誰かに侮辱されるのが耐えられない」
大真面目な顔で言う。少しおどけた気持ちでいた俺は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていたんだろう。「鳩が豆鉄砲食らったようなツラして、お前の話だぞ」と睨まれ、はたと我に返る。
「う、うん……そうだよな。軽はずみな考えだった。ごめんな」
「わかってくれれば、いいんだ」
ぐびぐびと煽ると、500ミリリットル缶がもう空いている。そのくらいでやめておけ、と止める間もなく、同じ長さのビールの二本目を開けている。
いつも冷静を装う彼は、酒に頼りがちだ。そのクセてんで弱いのだから笑ってしまう。あの日、雀荘で酔い潰れたのだって……いくらかは、計算のうちだったのか?
「もうやめておけよ、明日も法廷に出るんだろう」
横から缶を奪い取ると、彼はすでに据わった目で俺をジロリ睨めつけた。ネクタイを寛げた胸元まで真っ赤だ。まったく、言わんこっちゃない。
「返せよ」
「ダーメ」
ひっく、としゃっくりが聞こえてきて、俺は呆れながらキッチンに水を取りに行く。グラスに氷を2つ、浄水を注いで持って行ってやると、彼はぐったりとソファに深く沈んでいた。
法廷に立つ彼はシックなスーツに身を包んで、ピシリとキメている。まだまだ緊張の漲る若々しい頬は、年齢なりの青臭さが目立つけれど、いい男だな、といつ見ても惚れ惚れした。そんな男が、俺にはこんなだらしのない姿を見せてくれるのだから、恋人と呼ばずして何と呼ぼう。
「ほら、水持って来てやったぞ」
いくらだかは問いたくない腕時計を嵌めた手を叩くと、天井を仰ぐ額にグラスの底を押しつけた。と、彼は唐突に身体を起こし、俺の腰にぎゅっと抱きついた。
「うわっ!? と、ちょっ……おいバカ、ソファに水が……!」
「……びたいなぁ、」
「えっ?」
ソファに零れた水を気にする俺の腹に、彼の高い鼻梁がぐっと押しつけられる。
「呼びたいよ、俺も。お前のことを恋人だって……」
なんて簡単なんだろう──こんな酔っ払いの戯れ言を聞いただけで、俺の心はまたじわじわと満たされていく。誰彼に認めてもらえなくたって、この言葉だけで十分じゃないか。俺は身を屈めて、彼の髪に顔を埋める。
「俺も。恋人と呼べる人は、お前だけだよ」
手元のグラスからポタポタと水滴が落ちる。透明な2つのサイコロがカラン、と鳴った。
2016/10/15
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