自殺幇助

01

 朝に起きるのは、中々慣れるもんじゃあない。
 ガリカは、『窓がある部屋って恐ろしいもんだな』と思いながら、ぼんやりとした頭を持ち上げた。
 現在時刻、午前、六時。

 あの後ガリカは、案内された自分の部屋を――ビックリするほど埃まみれだった――掃除して、備え付けのベッドで眠った。最近ずっと睡眠不足だったので、いつもは目が冴えている時間だったが、ぐっすり眠ることができた。そのせいで、今は朝に目覚めているワケだけれども。

「あ、やばい。シャツ着たまま寝てたのか」

 幸いジャケットを脱ぎ捨てる理性はあったらしいが、シャツやズボンを何とかする元気は無かったらしい。皺になっているだろうなと思いながら、ガリカはベッドから起き上がる。カーテンはきっちり閉めているので、スタンドはもう解除してもいいだろう。

「ッ、……やっぱ俺のスタンドでも、完全に防ぐことはできないな……」

 ガリカが吸血鬼の身でありながら、陽の光を浴びることができたのは、彼のスタンドのお陰だった。『陽の光で灰にならない』という契約を交わし、味覚を犠牲にしていたのだ。
 しかし、それでも完全に耐性を得られた訳では無い。ジャケットを着ていた腕や服に覆われた部分は無事だが、手首や目の周りなど、皮膚の薄い部分がジクジクと痛む。

「仕事の為なら、寝泊まりはここでするのがベストだよなぁ…………」
 靴を履きながら、ガリカはぼんやりと呟く。日中に出歩く度にスタンドを使うのは面倒だし、ここのアジトは――流石暗殺者チームのアジトと言うべきか――陽の光が当たる場所はリビングくらいしか無かった。それならば、自宅で寝泊まりをしているよりもここで寝泊まりした方がいいかもしれない。
 もちろん、自宅には捨てられないものが沢山あるので、自宅を売り払ったりなんかしないが。

「(朝飯とか、勝手に作っていいって昨日ペッシくんが言ってたな)」
 手ぐしで髪を整えて、昨日買って置きっぱなしにしていたペットボトルの蓋を開けて、水を飲む。お世辞にも冷えているとは言い難かったが、寝起きには丁度いい生ぬるさだった。

 できるだけ足音を立てないように階段を降りる――が、俺は気配を消す訓練とか、そんなこと一切した事が無いし、無意味かもしれない。そう思いながら、ガリカは洗面台へ向かう。
 昨日キチンと確認はしなかったが、アジトに残ってそのまま寝たのは、リーダーであるリゾットと(彼はここが自宅のようなものらしい。普段の寝泊まりは基本アジトだそうだ)、それから翌日――というか、今日朝イチから仕事が入っているらしい、ホルマジオ。もしかしたら鏡に隠れた男もいるのかもしれないが、それはガリカの預かり知らぬ所だった。

 顔を洗ってさっぱりしたあと、軽く口をゆすいで伸びをした。
「(朝飯か……どうするかな)」

 ガリカは、キッチンの様子を一望して首の後ろを掻いた。キッチンはそれなりの広さだったが、あまり積極的に使用された形跡はない。普通なら調味料とかを置いておく場所なんだろうな、と思う場所は軒並みガラガラで、キッチン下の戸棚を確認すると、用具も包丁だとかボウルだとか、本当に必要最低限の物しかなかった。

「(普段は、外食で済ませてるタイプなのかな)」

 その割には、コンロ周りは何かが跳ねた汚れが残っている。それにガリカは、「男所帯だなぁ」と苦笑いを浮かべた。
 ひとまず、ガリカは―― 唯一使用感を覚える――エスプレッソマシーンのボイラーにミネラルウォーターを入れて、コーヒーバスケットに粉を入れた。サーバーをきっちりと回して固定して、それをそのままコンロに置いて火にかける。

 エスプレッソが出来上がるのを待つ間、ガリカは冷蔵庫の中身を確認することにした。

「(牛乳……期限は大丈夫だな、流石に。…………しっかし本当に物が少ないな。酒とジュースと……なんだこれ、チョコレート?酒のツマミにでもしてんのかな…………)」

 カプチーノに使う牛乳だけを取り出して、ガリカは、もういっそ『感嘆』のため息をついた。
 すなわち、
 ――リーダーさん、ほんとにここで寝泊まりしてんのかよ。

 ……と、言うことである。

 死ぬほど食に頓着が無いんだろうな、と勝手に想像しながら、ガリカは小さなボウルに牛乳を入れた。先程キッチン下の戸棚を覗いた時、ミルクフォーマーなんてものは無かったので、カプチーノを飲むには泡立て器で作るしかない。

「泡立て器でフォームミルクをつくるなんて、久々だな」
 もう片方のコンロに小鍋を置いて、ボウルに入れた牛乳を鍋に入れて火をかける。ふちに小さな泡が立つくらいまで温められれば、それをボウルに戻して泡立て器で掻き混ぜる。
 もちろん、フォームミルクを作るのにはそれなりの時間が掛かった。

「(家から持ってこようかな、色々と)」

 そうこうしている内に、エスプレッソマシンからフツフツという小さな音が立ちはじめる。ガリカは、コンロの火を止めた。
「壊れてたりとかしないよな、って思ってたけど、杞憂だったな」
 サーバーにはすっかりエスプレッソが溜まっている。豆の香ばしい香りが鼻をくすぐって、目元のあたりが明瞭になっていく。溜まったエスプレッソをマグカップに注いで、泡立てたミルクを上から流し込むと、ガリカは満足気に息を吐いた。
 
 ミルクをティースプーンで混ぜつつ、改めて朝食について考える。何かを作るにしても――まず、買い物だ。

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