自殺幇助

02

 人の家で料理している時って、なんだか妙に緊張しないか?包丁を持つ手が強ばったり、次にやろうとしていたことが急に飛んで、「あれ、なんだったかな」と意味もなく冷蔵庫を開けて、閉じたりしないか?
 例えキッチンに立っているのがひとりであっても、誰かに見られているような気がする。ガリカはそう思って、包丁を持ったまま振り返った。

「……ボンジョルノ(おはよう)、ホルマジオ」

 ガリカが片眉を上げると、ホルマジオはへらりと笑う。
「ボンジョルノ、ガリカ。何作ってるんだ?」
「ブリオッシュ。クロワッサンにオレンジピールとレモン味のアイシングを掛けてるんだ。君も食うかい?」
「オレンジピール?ンなもんあったか?」
「いや。家から持ってきた。クロワッサンは途中で買ってきたんだよ。そこの交差点近くにあるだろ、ベーカリー」
「朝から頑張るなぁ」
「別に普通だろ。で、食べるのか?要らないのか?」
「じゃあ、折角だから貰っておくぜ」

 ひょいとホルマジオが皿を受け取る。ガリカは――自分で言っておいて――ホルマジオのその行動に、結構驚いた。
「なんだ、本当に食うのか?暗殺者ってのはもうちょい、食事に警戒するものかと」
「なんだ、毒でも仕込んだか?」
「まさか。そんなことして俺になんのメリットがあるんだよ」
 
 ホルマジオが、大きな口を開けてクロワッサンに齧り付いた。オレンジピールとアイシングを巻き込んで、パリパリという音が鳴る。

「だろ?だから食うんだよ」
「俺の事信用してない癖に」
「ッハハ、わかるか?」
「わかるよ。目がそう言ってる」
「まぁ、会って一日じゃあそういうモンだろ」
「確かにな」

 ――俺だって、急に上から命令されてこのチームに来てるんだけど。
 ガリカは、もうひとつのクロワッサンにアイシングをかけて、オレンジピールを乗せた。確かに、暗殺者チームって奴は随分恨みを買うチームなんだと思う。だから、警戒心も人一倍なんだと思う。実際に、俺の部下も殺されているし――とそこまで考えて、ガリカはようやく『あぁ、そりゃあ信用ないか』という答えにたどり着いた。いくら上からの命令とはいえ、部下を殺したリゾットに報復しかねないとか、そういう結論に至るのが普通だろう。ガリカは、クロワッサンを飲み込んで、先程入れたエスプレッソに口をつけた。

「お前さ、ウチ来る前は何してたんだ?」
「聞いてるだろ?賭博管理チームでカジノ運営」
「そりゃ聞いてるけどよォ。実際どんなことをやってたとか、どんなムカつく奴がいたとか、お前の口からしか聞けないと思ってさ」
「面白いことなんて何も無いよ。まァ……ムカつく奴って言えばポルポかな」

 ひょい、と最後の一口を口にいれて、ガリカは不服そうに眉を寄せる。

「アイツ、普段刑務所でオネンネしてる癖して俺から経営権奪うってさ、何考えてんだよって感じだ」
「はは、そりゃ言えてる。ピザ食う以外やる事ねーだろアイツ」
「なのに幹部ってんだから、この組織イカレてると思うぜ」

 ガリカは、部下に直接手を下した男――リゾット・ネエロに思うところは無かったが、ポルポの顔を思い出すと、腹を煮えくり返るものが確かにあった。経営権を取られたとか、お前のせいで部下が死んだとか、そう言うことを総合して『してやられた』のが、わずかばかし気に食わなかった。

「ちなみにさ、カジノ運営って儲かんのか?」
「人それぞれだと思うけど、少なくとも俺は一生遊んで暮らせるくらいの金は持ってるよ」
「ハ!?じゃあお前なんでパッショーネなんか入ってんだよ」
「脅されたんだよ。パッショーネに入るかカジノの運営権をサッパリ渡すか選べってな」
「サッパリ渡して遊んで暮らしゃあいいじゃねーか」
「見知らぬ人間にカジノ全部明け渡して従業員が路頭に迷うことになったら後味悪いだろ。アンタが逃げたから経営崩壊して一文無しだ!なんて、後で言われたくなかったからな」
「でも結局?」
「取られてんだけどな。俺の店」

 ガリカがふっかいため息を吐くと、ホルマジオはケラケラと笑って「苦労してんなぁ」なんて、思ってもないようなことを言った。この顔は、他人の不幸は蜜の味という顔である。

「つーかさ、そんだけ金持ってるんだったらアジトにアレ買ってくれ、テレビ」
「は?」
「ギアッチョが蹴り飛ばしてから調子悪くてよ。音がブツブツ切れんだよな」
「ギアッチョ……?チームの奴か?俺が会ってない?」
「あー、そうそう。笑い袋ならぬキレ袋みたいな奴だ。ピンク髪の半裸男……メローネって奴とコンビ組んでることが多いぜ」
「……個性のサファリパークみたいだな、このチーム」

 エスプレッソを飲み干して、ガリカは苦笑いを浮かべた。対するホルマジオは、肩をすくめてみせる。まるで、――お前もそのサファリパークの一員だぜ、と言っているような顔だった。遺憾であったガリカは、ちょっとだけ眉の間の皺を増やした。

「そういやホルマジオ、今日朝イチで任務あるって言ってなかったか?」
「あぁ。そのついでにお前の顔を見に来たんだぜ」
「なんでわざわざ」
「リーダーが、お前も見学で連れてけってよ」
「………………それ、ついで≠カゃねーだろ」

 ――そうとも言う。
 へらりと笑って見せたホルマジオの顔は、朝日に照らされて眩しかった。ガリカは、太陽避けのスタンドをひっそりと発動させながら、額に手を当てた。

「…………じゃあ、その見学が終わったら家電量販店だな」
「エッ、マジで買ってくれんのかよ!男前だなァ〜!お前!」
 ――やるじゃねェか!と肩を組んでくるホルマジオに、ガリカはわかりやすい所で上機嫌になる男だな、と思った。

「ここ、ビックリするくらいキッチン用品が無いだろ。元々タイミング見て買うつもりだったからさ。それこそついで≠セよ」
「じゃあついで≠ノ俺の部屋のカーテンも買ってくれ」
「君は俺の愛人か何かか?それくらい自分で買えよな。暗殺なんて仕事してるくらいだから、一回で結構貰えてるんだろ?」
「…………………………」

 一つ余分に作ったクロワッサンを別皿に避けて、ラップをする。それから使ったマグカップやボウル、鍋をシンクに入れて、水を流す。ここらで、ガリカはホルマジオから返事が一向に無いことに気がついた。
「おい?どうした?ホルマジオくん?」
「…………」
 ――なんだか、薄暗い沈黙。

 ガリカはそれに、ちょっとだけビクつきながら、肩をぎゅっと、いやガッチリと抱き寄せるホルマジオを見た。その顔は、薄ら笑いを浮かべていた。

「そ〜〜なら、良かったんだがなァ…………」

/

index OR list