光学迷彩

03

「プロント(もしもし)?ガリカだ。…………ポルポ?なんでアンタがこんな時間に……は?スピーカーにしろ?なんでそんな、……あーあーわかったわかった。スピーカーにすりゃあ良いんだろ、ったく…………」

 深夜一時なんて、非常識にも程がある時間に電話をコールしたのは、ガリカの直属の上司であるポルポだった。電話越しにも伝わる肉厚な声に、ガリカは呆れた様子で眉を寄せ、しぶしぶとスピーカーボタンを押した。それから、姿の見えないスタンド使いに向かって携帯の画面を見せる。

『なぜお前の大事な部下たちがゴミクズのように殺されているかがわかるか?ガリカ』
「………まず、アンタが俺の現状を理解していること自体に驚いているんだが。まァいいや。その口ぶりだとアンタは知っているらしい」
『勿論だとも。理由など知れている。お前の部下が最も大切なもの――信頼を裏切ったからだよ』
「………………あぁー……なぁんかコソコソしてると思ったら、そういうこと」
『ジャン=ピエール・ポルナレフの動きに唆されたようだな。馬鹿な部下の躾もお前の役目だ、ガリカ』

 『ブフゥーーーー』という、彼独特の息の吐き方に、ガリカはちょっと嫌な顔をして携帯を自身から遠ざけた。

「ってことは、あぁー……、そう。そこのシャイボーイは暗殺チームの誰かか?裏切り者とそれに気づかない無能な上司を殺しに来たと」
「………………」
 ガリカは宙に目線をやるが、何処に向けていいのかもわからないそれが、誰かを捉えることはない。
『いいや。ボスは裏切り者の始末しか命じていない。お前の能力は組織にとっても有用だ』
「俺、今殺されてかけていたんだが」
『あぁ、そうだろう。そうだろう。お前は暗殺チームのスタンド能力≠見てしまったのだからな』

 暗殺チームは、パッショーネの中でもかなり異色なチームと聞く。チームでもないのに互いのスタンド能力を大っぴらにしている事自体が珍しいが、それでも暗殺チームの『秘匿』は凄まじいものだ。能力が仕事の結果に直結する。だから、その一端を見てしまったガリカは、殺されかけたのだ。ガリカは自身に暴力が振りかざされた事にようやく合点が行き、自身の軽率な行動を少しだけ呪った。

『だが、お前は死なない。極めて特殊なスタンドでもなければ、お前を殺すことはできない。そこで、ボスからの命令だ』
「………………」
『ガリカ・ロサ。お前に賭博管理チームから暗殺チームへの異動を命じる=x
「…………は?」

 ざわ、と張り詰めた空気は、ガリカだけのものでは無い。姿の見えない暗殺者も、きっとそうだ。顔も表情も見えないが、ガリカにはそれが理解できた。

「ッ、てことは、……まさかポルポテメェ……ッ!」
『勿論、カジノの経営権は全て私が頂こう。今までご苦労だったな』
「〜〜〜〜〜ッ!ッ、クソったれかよ!それが目的じゃあねーかッ!お前ッ!俺の部下に裏切るように唆したんじゃあねェだろうなッ!!」
『まさか。お前の部下たちが実に頭が悪かったというだけだとも。まァ、……扱いやすくはあったがね』

 たっぷりと含みを込めた言い方に、携帯を持つ手がミシリと鳴った。

「ふざけんじゃあねーーーぞッ!!!!この引きこもりウニ野郎ッ!!テメェの汚ねェポコチン切り取って酢漬けにしてプランクトンの餌にしてやってもいいんだぜッ!!オイ聞いてんのかッ!!ポルポッ!!ポルポーーーーーーッ!!!!」

 ホールに、ガリカの怒声が響く。しかし残ったのは、ツー、ツー、という、無機質な電話の音だけだった。

「………っはぁ、……はぁ…………あーーー………………なんだよ。俺、なに?してやられた≠チて奴か?ポルポの野郎に?クソッ、むかっ腹が立つぜ……」
 ガリカは顰めっ面のまんま、嫌々通話を切った。そのまま携帯をジャケットの内ポケットに終い、言葉にならない呻き声をあげながら額に手を当てる。
「……ったくよォ〜〜……やってらんねーぜ、本当に…………つーかさ、アンタもいつまで姿隠してるつもりだよ。アンタも聞いてただろ?俺、アンタらのチームに入れられるらしいぜ?どうだ?一緒にポルポに抗議しに行かないか?」

 ガリカは『ビッ!』と何も無い空間に指をさすが、やはり、返ってきたのは無言だけだった。

「…………はァ、返事なし……ま、グチグチ言っててもしょうがねーよなぁ……とりあえず、片付けてやんねェと、か……」
 様々な感情が渦巻く。
 してやられたこと。部下が殺されたこと。急な異動命令。それらをいっぺんにポルポにぶちまけたは言いものの、怒りに似た何かはさざ波のようになって、ひっきりなしにガリカの心中に打ち寄せてきた。

 ガリカは、ふらつく体を引きずりながら、既に息絶えた部下の傍に膝をつく。一番近くにいたのは、黒服――ドッティと呼ばれた男。
「……挙動不審だったのはお前もだもんなぁ、知ってたんだろうな……まったく……」
 ガリカは、冷たくなり始めた男の手を取って、それを額に当てて、まるで祈るような仕草をした。

 暗殺チームの男は、姿を消したまま、彼の様子を静かに眺めている。
 先程電話口でポルポが放った異動命令は、暗殺チームの彼にとっても預かり知らぬ所だった。たった今殺そうとしていた男を仲間に率いれろなんて、何を言っているのか――そう、思った。しかし自身の不快を吹き飛ばす勢いでガリカという男が怒鳴り散らしていた為、『ふざけるな』という感情は有耶無耶になって、『どうするか』という思考にシフトし始めていた。
 
 そうこうしている内に、ガリカは次々に、できる限り遺体の状態を整えて、やはり祈ることを繰り返しているようだった。ガリカという男は、本当に悼む気持ちで彼らに触れているように見えた。
 最初に彼の前で黒服の男を殺して見せた時、ガリカは「酷いな」と――リアクションにしては端的すぎる言葉をこぼしていた。だから、今の彼の姿は違和感がしがみついている。感情の整合性が取れていないように見える。暗殺チームの男は、静かにガリカの観察を続けた。

「………………十五人。結構大変だったな」
 バーカウンターの椅子にしがみつく男が、最後だった。ガリカは彼の手を腹の上に置いた後、スっと立ち上がって目頭を指で揉んだ。まるで頭痛を堪える時の仕草だった。
「おーい。まだいるかい?えぇっと、暗殺者チームの誰かさん。俺ってこれからどうしたらいいのかな?」
「………………」
 ガリカは、宙に向かって手をヒラヒラさせた。暗殺チームの男は――ここでようやく、ため息を吐いた。

「……………ガリカ・ロサ」
「うわっ!」

 突如聞こえた重低音に、ガリカの肩がビクリと跳ねた。きょろりと瞳が動いて、声の元に焦点を合わせる。
 先程までただの空気だった空間がゆらいで、徐々に、人間の輪郭が浮き出し始めた。
 大きな図体は、威圧感を与えるのに十分だった。黒いコートと特徴的なズボン、それから帽子。ガリカはその暗殺者の姿を目にして、ぱち、と大きな瞬きをした。
 こちらを睨めつける目は、暗く、赤い。

 ガリカは、彼――リゾット・ネエロを見上げて、はく、と音にならない息を吐いた。

「と、とりあえず――連絡先……交換、………………しよう、か?」

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