奇妙な男

01

 翌日から、ガリカは目眩がするほどの仕事に見舞われた。

 いくらボスからの命令とは言え、経営権を「はいそうですか。明日から全部お任せしますね」と投げ渡すことはできなかった。死んだ部下以外にも従業員は山ほどいるし、その為に『潰れる』ような状態で執務室を空にするワケにもいかない。ガリカは、二日と寝ずに引き継ぎ業務をこなさなければならなかった。

 ようやっと引き継ぎを終えたのは、丁度暗殺チームのリーダーと改めて顔合わせをする約束をした日の早朝だった。ガリカは、執務室のソファで泥のように眠っていたが、けたたましく鳴り響いた目覚ましに覚醒を余儀なくされて、夜の七時には、指定されたバールへと足を運ばなければならなかった。

 バールのオープンテラスに腰掛けた時、ガリカの顔には明らかな疲労が滲み出ていた。


「改めて、ガリカ・ロサだ。宜しく」
「……リゾット・ネエロだ」

 オレンジ色の街灯に照らされた――リゾット・ネエロという男は、やはり酷い威圧感を纏う男だった。重なる仕事でぼやけていた過去の印象がスっと明瞭になって、ガリカは苦笑いをこぼす。

 注文したカンノーロ――円筒状に焼いた小麦粉の皮の中に、リコッタチーズ、チョコレートチップ、砂糖漬けの果物を詰めた焼き菓子だ――を口に入れて、ガリカは、「さて何から聞いたものか」と頭を悩ませた。見たところ、この男は口数が多い方ではないらしい。なんでもない世間話でもして、場を和ませるべきだろうか。

「あァ、疲れた体に甘いものって沁みるよな。……カンノーロ、シチリアに居た時は飽きるほど食ったんだが、体が気に入っちまってんのか、見かけるとついつい選んじまう」
「………………」
「君、もう夕食は済ませたのか?」
「あぁ」
「そう、それはよかった。ちなみに何を?」
「教える必要があるのか?」
「ン……そう、そうだね……まぁ確かに必要といえば無いけれど……」

 ――失敗。

 やはり下らない会話は好まない性質らしい。ガリカは苦笑いの上に冷や汗をかいて、ほんのちょっぴりため息をついたのだった。

「まぁ、いいや。どうでもいい話は抜きにしよう。仕事の話をしに来たんだったね」
「……あぁ。昨日、こちらにも正式な通達が来た。お前はこれから俺のチームで仕事をしてもらう」
「…………それって、やっぱり暗殺?」
「あぁ」

 当たり前だろう、と言わんばかりの顔だった。ガリカは悩むように眉を寄せ、食べかけのカンノーロを片手に、唸る。

「あ〜〜〜あ、暗殺かぁ……どう考えたって非効率で不利益極まりないぞ……なんでよりにもよって暗殺チームなんだ…………」
「………………」
「あッ!違うぜ。違うんだ。別に君達のチームを貶しているとか、そんなんじゃあないんだ。ただ――そう、スタンドが問題でね」

 『スタンド』。なんの抵抗もなく彼の口から飛び出した言葉に、リゾットの眉がぴくりと震えた。

「戦闘向きじゃあないんだ。君たちの仕事に『使える』自信があんまり無い」

 ガリカは、残りのカンノーロをひょいと口の中に入れて、口の中の糖分を流し込むようにエスプレッソを呷る。口の端にちょこっとだけくっついたクリームは、リゾットが指摘するよりも前に、ガリカの舌が舐めとっていった。

「必要なら説明するよ。……というか、チームになるなら俺の能力はちゃんと知っておいた方がいい=v
「何……?」

 スタンド使いというものは――余程能天気でもなければ――自身の能力はひた隠しにするものだと思う。勿論リゾットはそう考えているし、ガリカ自身だってそうだった。たとえ同じチームに所属したとしても、信頼の置けない内は、黙っているのが、普通。

「簡単に自分のスタンド能力を明かすもんじゃあない――と、そう思っているな?その意見は最もだ。特に、俺のスタンドは種明かしした時点で力は殆どない≠烽フになるからね。でも、だからこそ≠ネんだ」

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