↑ Aha, but that's just my imagination ↑

01

 初めての町を歩くとき、見ているのは地理ではなく風景だ。店の名前ではなく看板の色だ。人のかおかたちではなく、彼らの表情だ。『だからお前は方向音痴なのだ』と、椿はかつての友人に口酸っぱく言われていたことを思い出した。

「足元、ちょっとガタついてるから気をつけて」
「うん」

 半歩と少し。ちょうどいい距離を空けながら、メルは椿の前を歩く。
 ライアールの建物は、石灰の白い壁と青色の扉で統一されていた。並んで歩くには少し狭い道を通りぬけて、大きな通りに出ると、道がゆるやかな階段状に変わる。ふと思い立って椿が振り返れば、強い海風と共に視界に入ってきたのは青い海だ。

 お昼時のライアールは、まばらに人が出歩いていた。こじんまりしたカフェのテラス席では、大学生くらいの女の子ふたりがケーキの皿を空にしておしゃべりに花を咲かせている。雑貨屋らしき建物の店員と窓ガラス越しに目が合って、軽い会釈をする。雑貨屋の隣で売られているものが、見たところ『レコード』に見えて、少し目を剥く。

 ――町は波のように生きている。

 椿は、そんな言葉を思い出した。それは思えば、自分が著作に残した一文だった。

「椿、クリームソーダすき?」
「うん、結構」
「じゃあここにしよっか。ビー・エル・ティーサンドが美味しいんだよね」
「バナナ、レモン、トランポリン……」
「ベーコン、レタス、トマトだよ。ってかトランポリンって何?」
「わかんない。何か出てきた」
「椿ってかなり適当に喋ってるよね」
「バレちゃったか」

 「何食べたい?」と聞くメルに「なんでもいい」と言いかけた椿は、そういうのはやっぱり良くないなと思い直してカウンターのメニュー表を覗き込んだ。先程メルが話していたクリームソーダの文字の横に、『当店イチオシ!』とポップな字体でシールが貼ってある。ラミネートされたメニューを、視線だけでなぞっていく。

 飲み物はクリームソーダにするとして、きっとソーダのアイスクリームを食べたら塩分を取りたくなるだろう。椿は、選択肢からフルーツサンド系統を一番最初に除外した。

 他に目に留まったのは、ベーコンエッグサンドと、エビアボカド、それからローストビーフ。ちなみに椿はサンドイッチに入っているトマトがあまり好きではなかったので、ビー・エル・ティーサンドは選択肢には入れていない。

 ベーコンエッグサンドは、一番無難な選択だ。卵のほのかな甘みとベーコンの塩味、それを端の焦げたパンで挟むと食感が軽快になって、食事のテンポが嬉しくなる。
 エビアボカドは、どうせ新しい店で頼むなら商品も目新しい物にしようか――と思った選択だ。アボカドもエビも、ゴロゴロとしたカットをしているため、食べるには難航しそうだが、新鮮さとしてはピカイチだ。
 最後にローストビーフだが、お昼にしては豪勢で特別感がある。一口噛むと肉汁が溢れて、ソースと混ざりあって頬が落ちそうな満足感を味わえるだろう。

──── さて。

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