以前の出張のレポートを出すべく、1人残業していた日の帰り。店の鍵を返していると、目に入ったのは隣のショップの名字さん。いつも競合店の動向を聞きにショップへ行けば、俺のことをお客さんと間違えて挨拶してくる人。そして、俺がずっと気になっている人。

勢いで声を掛けてしまったはいいけれど、彼女の奇行ぶりに止まらないツッコミ。明らかに強まる警戒心に、関西人として生まれたことを若干後悔しながらも、何とかいいところを見せたくて、半ば強引に彼女をその場で待たせた。

急いでタクシーを捕まえて、再び傘を持って彼女を迎えに行くと、寒そうにストールに顔を埋めていて、萌えポイントは急上昇。


「名字さん。遅なってすみません。」
「…なんで、名前」


驚く彼女に、またやってしまったと後悔。隙あらば彼女の胸についた名札を凝視し、休憩室で同僚に呼ばれる名前と一致するかまでこっそりと確認してしまった俺は、少々キモいのか。


「名札…名札です。名札見て、それで。」
「あ、そっか。私いつも付けっ放しやからか。」


アホで、と言うと語弊があるかもしれない。やけど、名字さんがアホでよかったと心底思った。

狭くて小さい折り畳み傘。普段は頼りないけど、今は有難い。タクシーを停めている場所までの100メートルちょっと。名字さんの肩が、時折俺の腕に当たり、全神経が左腕に集中していた。

黒色のタクシーに、名字さんを乗せる。彼女がどこに住んでいるのか知らない俺は、タクシー代の検討がつかなかったけれど、一万円あればなんとかなるやろうと思い、財布からお札を1枚抜き取った。おかげで小銭しかない財布。シケてんなぁ。


「や、いいですいいです!」
「足りますか?」
「こんなに多すぎやし、ほんとに、いらないです!近所なんです、家!」


必死に抵抗する彼女の手を掴み、一万円を握らせる。冷たくて、小さい手。キラキラとしたラメのネイルは、彼女らしくて嫌いじゃない。むしろ好きや。というか、名字さんならなんでもいい。


「ほな、余ったお金で今度ごはん行きましょ。じゃあ。」


一方的に告げた後、返事を聞く前に扉を閉めた。困ったように眉を下げるその顔に、またしても萌えポイントは上昇中。お互い軽く会釈をして、発進したタクシーを見送った。
ほんまにごはん行ってくれるやろか。


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