かちゃり、とケースの留め具を外し、中を確認する。見慣れたものがふたつ。ひとつを手にとり、懐かしい重みに唇が緩んだ。
人殺しの道具を前にして笑うのは不謹慎だと、咎める声はない。収められていたのは拳銃がふたつ。不備がないか確認してからケースに戻す。
「確かに」
唐沢は予め用意していた小切手をテーブルに滑らせる。目の前の男はそれを受け取り、スーツの内側に仕舞い込む。唐沢もケースの留め具をつけ、鍵をかける。あとは車でボーダー本部まで運ぶだけだった。
「しかし、貴方ほどの方なら、わざわざ私どもから買わなくたって手に入れられたでしょうに」
バーの喧騒に紛れるような密やかな声が届く。店自体が地下にあり、また奥まった席に座る二人のことを気に止める表の人間はいないだろう。ある意味では気心が知れている。どのテーブルも同じようなことをしているに違いなかった。
「なにか、組織の伝手を使いたくない理由でも?」
「そう勘繰られるようなことじゃないさ」
目の前のバイヤーは前職で知り合った男だ。前職、とは言っても、仕事を変えてほんの一年ほど。彼は唐沢がまだあの組織に所属していると思っているらしい。訂正はしない。本当のことを教える気はなかった。
「ちょっとしたお使いでね」
「貴方にお使いを頼める人がどれだけいるのでしょうか」
「私なんていつも誰かのお使いばかり、そう珍しいことじゃない」
まさか、清く正しい正義の味方が、兵器製造会社から直接買い付けるわけにはいかない。と、いうよりは。よりにもよってそういう会社に付け入られる隙を与えるのは困る、というのが本音だ。ボーダーのトリオン技術を知れば、彼等は喉から手が出るほど欲しくなるに決まっている。だからこそ、交渉の際は、あくまでも此方が絶対優位でなくてはならない。しかし、ボーダーはまだ、彼等に対して優位をとれるほど組織として安定してない。
すべて飲み込み、唐沢は笑みを浮かべた。
「詮索は損の元だ」
「……違いない、ですね」
「そうとも」
男は黙り、グラスの酒を煽った。商談中にアルコールは、表ではご法度な作法だろうが、ここではそのくらいがいい。もっとも唐沢の前に酒はない。これから運転するのだから、酒など飲めるはずもない。下戸だから、というのを隠すのに運転が趣味でよかったと時々思う。
「人を待たせているんでね、そろそろ」
「お引止めをして……申し訳ありません」
「いいや、久々に懐かしい顔が見れてよかったよ」
ここは払います、と男が告げたので、唐沢は席を立った。わずかでもここに居た痕跡を残さずに済むのならそれがいい。そも、酒代も代金のうちだろう。コートを羽織り、ケースを入れた鞄を持つ。
「最後に一つだけお聞きしても?」
「何を?」
「まだ銃はお嫌いですか?」
男が尋ねた問いは、銃を売ることを生業とする彼らしいものだった。銃は嫌いだと言って、男との交渉が頓挫しかけた初対面を思い出す。
「慣れることはないさ」
人殺しの道具を、誰にも憚らず好きだというには、唐沢は色々なものを見てきてしまったのだろう。
「それじゃあ」
「……お気をつけて」
男に別れを告げて、唐沢は店を出る。地下から地上へ。ほんの数十分ほどのことだったはずなのに、地上に出るとくらりと脳が揺れた。前職よりはマシとはいえ、やっていることは大差ないなと笑う。
唐沢が入手した銃は、直接は少年たちの手に渡らない。信頼されたエンジニアの元に届けられ、分解され、設計図が起こされる。そしてトリオンで再現されたものがようやく少年たちの手に渡る。人殺しの道具は街を護る武器になる。
助手席に鞄を置いて、車のエンジンをかける。ヘッドライトが街を照らす。
銃の方が戦いやすいのではないか。そう声をあげたのは、少年たちだったのか、エンジニアだったのか、あるいは大人たちだったのか。唐沢は知らない。所詮はお使いだ。
けれど、トリガーという言葉を思えば、いつかは必ず求められたものなのだろう。戦場で、引き金を引くのは少年たちだ。けれど、その引き金を引かせるのは間違いなく大人たちで、唐沢だ。
街を護る武器である以前に確かに人を殺す道具であるそれを、与えるのは唐沢だ。銃は嫌いだと言ったその口で、銃を手に入れたのも唐沢だ。
これが少年たちの力になることはわかっていて、それが喜ばしいとも思っている。それでもやっぱり、ケースの中のものを好きにはなれない。それはきっと正常な感覚なのだろうけれど、唐沢がその感覚を持つのは異常なことだ。
変なところで甘いとかつての上司に言われたことを思い出す。唐沢を手放した――ボーダーに引き渡したあの上司は、そのことをよくよく分かっていたのだろう。唐沢は裏で生きるには正義への憧れが強く、表で生きるには悪に慣れ親しんだ。
――境界線。成る程、と独りごちる。ここくらいが、丁度良いのだ。昼はヒーローのふりをして、夜は眠らず歩く。どちらにもいられないから、境界線上ぐらいが、きっと似合いだ。
いつか報いを受けるその日まで。昼と夜の間を――表と裏の境界線を、歩くのだろう。