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 後発組が補充されれば投げ飛ばし、始発組が目を覚ませば殴り飛ばし、それらを盾にする者あらば蹴り飛ばし、立ち上がる者あらばこれもまたぶっ飛ばす。

 正直に言おう。試験官(ごっこ)めっちゃ楽しい。

 俺を試験官と信じて疑わない純粋な参加者たちは、実は理不尽極まりないルールを敷かれているとも知らず、合格を目指して立ち向かってくる。しかし、例え真実を知ろうとも誰一人として俺を責めることはできないのだ。
 そう、なぜならば俺がルールだから! 俺こそが! ルールだから……!
 ハンター試験の試験官なんて、クソ生意気なルーキーと一緒に長期間拘束されるうえに無償ときている。はっきり言ってクソ喰らえと思っていた。無償とか舐めとんのかと言いたかった。
 さぞや高尚なハンター様が引き受けているのでしょうやと唾すら吐いていたが、なるほど。おおっぴらに新人イジメができると考えれば、引き受けそうな奴に心当たりがある。
 もっとも、そんな試験官が集まった年の受験者は堪ったものではないだろうがな。がはは。

 さて、当初の予定通り“一番乗りして他の参加者全員面接前に叩き潰す”という目標を達成した俺(たち)は、指定された時刻の十分前に会場へと乗り込んだ。
 正面玄関は施錠されておらず、かといって受付に人がいるわけでもないし、どこへ向かえとの指示があるでもなし。このままがらんとしたロビーで待てばいいのかとソファに腰を下ろした俺に、呆れ顔のコナンとシンイチから溜め息が漏れた。

「アービィさん。時間ないんだから早く行くよ」
「ここじゃねえの?」
「コンサートは時間厳守。開演五分前の着席がマナーです。つまり、正確な集合場所は大ホールの客席でしょう」

 いつの間にくすねてきたのか、パンフレットの会場案内図を指差してシンイチが笑う。ドヤ顔というやつだ。鳩尾にプレゼントを贈りたくなったが、時間もないので大人しく従うことにした。
 大ホールは目と鼻の先にある。空っぽのゲートにかけられたチェーンを跨ぎ、正面の扉に手をかける。恐らく周囲の雑音を防ぐためだろう。扉は二重になっているうえにやけに重い。こんな格式張った場所には縁がないので、ラフな格好でやってきた今日が最初で最後の来場になりそうだ。
 しかし、本日の主役はオーケストラではなく俺。お供二人を従え、客席と繋がる二つ目の扉を景気良く開けた。

「いぇーい。いっちばんのりー」

 ステージを中心にぐるりと一周する客席。緩やかな傾斜、高い天井、壁の凹凸。全てが音のために計算され尽されているであろう空間に、気負うことなく踏み込む。
 てっきり足元は絨毯かと思っていたが、下は足音すらよく響く固い床だ。反対に客席は柔らかく、座り心地も良さそうに見える。
 そして、全ての客席が見つめる先、中央のステージには一人のじじいがいた。

「おお! ようやっと来たか! アッパレ! アッパレじゃ!」

 一人分の拍手が、楽器のひとつもないホールに響き渡る。じじいはそこそこ高さのあるステージをひょいと飛び降りて、小走りにこちらへと向かってくる。おかげでステージの周囲に控えていたSPが慌てている。どこのじじいも元気なのは一緒らしい。
 ただし、ハンター協会のじじいは妖怪じみた元気さなので許容範囲外のものとする。

「ところであのじじいはどちらさま?」
「鈴木次郎吉相談役ですよ。ご存知ありませんか?」
「えっ……あ! そういやテレビで見た!」

 不思議そうな顔でこちらを見るシンイチの言葉に、俺はひっと肩を竦めた。つまりあれが今回の依頼主様だ。
 じじい改め依頼主様が走ってくるのに、俺が偉そうに棒立ちで待つわけにはいかない。俺にも美人なお姉さん以外に振る尻尾くらいはあるのだ。揉み手は時と場合によってはする。一番使うのはシャルナークのあんちきしょうに値引き交渉するとき。いや、あいつのことを考えるのはやめよう。縁起が悪い。
 俺は渾身の爽やかフェイスを顔面に貼り付け、依頼主に向かって歩き出した。ところでこの国のビジネスの挨拶はどうやるんだ。ハグか、握手か、合掌か、目礼か。よく分からんので適当に合わせよう。

「はじめまして。アービィ=アイレと申します。お会いできて光栄です」
「儂の名前は鈴木次郎吉じゃ。お主、ずいぶんと日本語が達者じゃのう」
「お褒めに与り光栄です」

 俺にとってはハンター語なんだけどなあ。この違和感はいつまで経っても消えそうにない。
 差し出されたジロキチさんの右手をほどほどに握り、相手が離すのを待つ。どうやらハグの文化はないようで、一歩分空いた距離はそのままだ。
 そして、ニホンの文化に疎い俺は、次の言葉にも大して疑問を抱かず従ってしまった。

「どれ、もう少しよく顔を見せてくれんか」

 まあ確かに、俺の背はこの国では高い方であるし、ジロキチさんくらいの年になれば老眼などでよく見えないのかもしれない。相手の顔をよく見るのがこの国のマナーなのだろうと素直に身を屈めてしまった俺は、次いで取られた行動への理解が遅れた。
 誰だって、初対面の人間に千切れんばかりに頬を引っ張られるとは思わない。

「いや待っていひゃいいひゃいいひゃい!! 俺なんかひまひた!?」
「ぬう、彼奴の変装ではないか。しかし、まさかかの有名な高校生探偵まで来てくれるとは思わなんだ!」
「ぼ、僕は変装では……いでででで!!」
「それにキッドキラーの小童まで」
「ボクに変装するのは無理じゃないかなあ!?」
「……まあ、それもそうか」

 もうやだこのじじい、妖怪じじいと大差ないじゃねえか。
 手始めに俺の頬を思う存分引っ張ったじじいは、すぐさま隣のシンイチにもその魔の手を伸ばした。そして最後はコナンの頬を……というところで、突然の襲撃は終わりを迎えてしまった。
 引き千切られかけた可哀想なほっぺたを両手で押さえ、唯一難を逃れたコナンを二人で睨みつける。じじいがやらないなら俺がやるからな。後で覚えてろ。
 怪盗キッドが変装の達人であることは、事前にゲンタたちから聞いてはいた。だから今のも必要な確認であったのだろうことは分かるが、それにしたって加減とかなんかあるだろう。「失礼、少々確認させていただいてもよろしいかな?」とか一声かけるのがせめてものマナーではないのか。このじじい、油断してると何するか分からんぞ。

 慣れているのかなんなのか、俺より先に立ち直ったシンイチが咳払いと共に平静を取り繕い、じじいに話の続きを促した。それと同時に、けたたましいアラーム音が鳴り響く。

「六時半になったか。結局、ここへたどり着けたのはお主ら三人だけというわけじゃ。本当なら、ここからいろいろと腕試しをする予定じゃったが……」
「えへへ」
「アービィといったか、お主が無茶苦茶しよったお陰で準備したものが無駄になってしまったわい。おまけに“試験官”なぞと大ボラまで吹きよって。監視カメラで全て見させてもらったわ」
「ほんのお茶目です」
「こやつ、本当に大丈夫か? 小童がいるならと大目に見たが……」
「大丈夫大丈夫! アービィ兄ちゃん、性格はあれだけどすっごく強いし!」

 性格はあれだけど。と、小声で念押ししてるところ悪いが全部筒抜けだからな。シンイチまで大丈夫かよみたいな目でこっちを見ているが、仕事となれば真面目に働く男だぞ俺は。
 第一、俺のお陰で表の連中を突破できたというのに、こいつらときたら人をヤベー奴みたいな目で見やがって。
 本当にヤベー奴は幻影旅団みたいな奴だ。この場でじじいを締め上げていない時点で奴らとは違うのである。

 ひとしきり話したところで、ここからは車で移動して今回俺たちが守る宝石を見に行くこととなった。SPに手早く指示を出し、表で転がっているであろう挑戦者のために医者の手配も済ませたのち、乗り込んだ高級車は展示先を目指して走り出す。
 ジロキチさんは何度も怪盗キッドと対決しているようであるし、もしかしたら他の国で盗みを働く連中にも詳しいかもしれない。そう思って道中、“幻影旅団”という名前に覚えはないか尋ねてみたが、手品師の一団か何かかと聞かれて終わった。

 奴らが盗みに入ってニュースにならないはずがないことは重々承知。しかし、一度動き始めてしまえば結果がどうなるか分かっている以上、見て見ぬふりができるわけもない。できるだけ多方面から情報収集しておきたいというのが心情だ。
 ひとまず、今すぐ動かなければならない事態ではないことには安堵した。だが、その横で小生意気な探偵が“幻影旅団”という言葉を脳裏に刻み込んだことには、残念ながら気づくことができない俺だった。



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