ハロウィン 五条

「trick and treat」
背後から掛けられた言葉に思わずドアノブを掴んだ手が止まる。
そろりと肩越しに様子を伺うと確かに五条さんがこちらを見ていた。
「...五条さんそう言う行事参加するタイプですか」
「いや別に?特にそんな気はないけど思い出したからたまには乗ってもいいかなと思って」
そう笑う五条さんに焦る。悪戯だけは絶対に遠慮したい。なにさせられるか、なにされるかわからないぞ。バックの中を物色して手に当たった缶を取り出す。声をかけて差し出された手にころりと2.3個それを転がした。
「お菓子ありましたセーフですね」
「いや、フリスクじゃん」
「フリスクだってお菓子コーナーにあるんですから立派なお菓子ですよ」
「いーや、僕はフリスクをお菓子だとは認めないね」
仕方ない。と笑って五条さんが立ち上がる。
錆のきた椅子がギイと音を立てた。
「お菓子くれないなら悪戯しなきゃ。さてなににしようかな」
至極楽しそうな声をした五条さんが迫る。
慌ててまたバッグやらポケットに片っ端から手を突っ込む。
「ありましたよ!!どうぞ!!!」
指先に引っかかった包みをそのまま掴んで差し出した。可愛らしい色をしたそれは飴玉だ。先日野薔薇ちゃんに買いすぎたとお裾分けされたそれはお菓子と形容するに相応しい甘さだった。筈。
差し出した手から摘み上げられたパステルの包みが破られる。かろりと音を立てて放り込まれた飴に五条さんはどうやら満足したようだった。
持ってんじゃん、と笑ってまた椅子に腰掛けるのを見て肩から力が抜けた。無意識に強張っていたらしい。
飴玉一つで満足している間にさっさと帰ろう。
「まだ帰っちゃダメだよ」
へらりと緩い笑みの浮かぶ顔が呼び止める。
まだ何かあるのだろうか。ちゃんと甘いお菓子も差し出したじゃないか。
「なんでしょうか...私もう帰りたいんですけど...」
「僕言ったじゃん『trick and treat』って」
「ん..?いや間違えてますよそれ。ハロウィンと言えば『トリックオアトリートお菓子くれなきゃ悪戯するぞ!』でしょう」
「いや間違ってないよ『trick and treatお菓子くれたら悪戯するぞ』って確かに言った」
「は...」
詐欺では?喉に言葉が詰まる。お菓子を差し出したら悪戯される?そんなふざけたことあるか。
「いやぁ名前があんまり必死にお菓子探すものだから笑いを堪えるのに苦労したよ。そんなに僕に悪戯されたかった?」
「いや...いやいやそんな詐欺みたいな事あります?お菓子くれたら悪戯するぞって...タチが悪すぎる」
「でもちゃんとtrick and treatって言った僕にお菓子くれたんだから悪戯してあげないと」
「結構です!結構ですからお構いなく!そのお菓子も私からの普段お世話になってるお礼という事で!」
今一度190cm超えが迫る。もう逃げるしかないと背のドアノブに手をかけると更に上から一回り大きい手が押さえ付けた。
「あの...五条さん?手を退かしていただけると...「やだね」そうですか...」
所謂壁ドンに近い...だろうか。視界いっぱいの五条さんに逃げ道を塞がれた今色んな意味でドキドキする。主に命の危機的な方で。誰か助けて欲しい。
「名前」