卒業後七海は一般企業に就職するらしい。
いや訂正。結構いいとこの企業に入ると聞いた。
これで私たちの世代の呪術師は私一人になるらしい。
「...まぁ呪術師なんてまともなもんじゃないんだから七海の判断は間違ってないと思うよ」
卒業を控えた秋、進路について呪術師にはならないと七海が宣言したと聞いたのは担任の口からだった。
優秀な人材を手放したくないのかなんなのか、説得できないかと託された私は、放課後たった二人ぽっちの教室でその台詞を吐いた。
「...なんですか突然」
面食らったらしい七海が私の真意を探ろうとしている。
「なんか担任に言われてさ、七海が呪術師辞めそうだから説得できないかって」
「先程の言葉が説得のつもりですか」
小さく笑った七海が持ち上げた鞄を机に下ろした。
どうやら少し話すつもりになったらしい。
「一般企業に入るんでしょ?いいじゃん、普通に生きていけるって良いことだと思うよ。こんな世界より多少マシなんじゃない?」
「さぁ、どうでしょう。たった数年の短い期間でもこの世界に身を置いたので普通に生きれるかは分かりませんがね」
「大丈夫、大丈夫。なんか根拠はないけど多分七海なら大丈夫だよ」
あてにならない返事ですね、とまた笑う。
本音だよ、と返せばそうでしょうねと謎の信頼で返されてなんとも言えない顔をしてしまった。辞めてくれなんか恥ずかしい。
誤魔化し半分で将来どんなプランなの?と聞けば
「40辺りまで適当に稼いであとは物価の安い国で余暇を過ごす、いいと思いませんか」
聞いたこともない穏やかな声が帰ってきた。
いいじゃん、幸せそうなんて口では返した。けど本当は少しだけ、本当に少しだけそんな考えが浮かぶ七海が羨ましかった。
「...苗字さんは呪術師を続けるんですか」
急に大真面目な顔をした七海が呟く。真っ直ぐにこちらを見る目は何とも言えない色をしていた。
「まぁそりゃね。私呪術師以外やれる気しないし」
「明日にも死んでしまうかもしれないのに?」
随分、冷たい声だった。胸に突き立てる様に鋭い言葉が投げられる。私の真意を捉える様に、言葉を引き出すようにしっかりと据えられた視線が痛い。
「そだよ、明日呪霊に食われて惨めに死ぬとしても、骨の一つ残らずに消えるとしても、私は呪術師として生きる」
本心だった。死ぬ覚悟なんてとうの昔に出来ていたから。呪術師の家系に生まれて、物心ついた頃から呪術師として在れと育てられた私にそれ以外の生き方がある訳なかった。さっきまで七海の話を聞いていれば尚のことそう思う。これから生きていく先に、呪術師として生きる以外の道が浮かんだ事はなかったから、こんな私では"普通"の生活など送れはしないのだと改めて思い至った。
そっと七海の目が伏せられる。一瞬見えたそれはきっと諦めの色だった。
私に呪術師を続けるかなんて聞いた理由はなんとなく分かる。それはきっと私が七海を説得しなかったのと同じ理由だ。
今日七海を引き留めなかったのは、言ってしまえば私の為だった。呪術師である以上自分の死はずっと覚悟していた。だけど仲間の、友人の死を覚悟が出来るか、と言われれば即答出来なかった。だからこんな場所さっさと見限ってしまえと、背を押したかったんだと思う。でもそれを言葉に出すのは多分、私達の傷を抉る行為だった。だから七海はそれ以上踏み込めずに諦めた。
狡いと思う、残酷だと思う。仲間の死を覚悟できないと七海の背を押しておきながら私は七海にその覚悟を強いるのだ。だから卒業すれば忘れてほしい、だとかそんな事を言うべきなんだ。呪術師なんて忘れて、私達なんて忘れて、穏やかに幸せに生きて欲しいと。
それでも何故か言えなくて、喉に詰まった様に吐き出せない言葉がじわじわと溶けて消えていく。
あぁ、駄目だ。違う、こんな台詞じゃない。
「まぁ出来るだけ死なない様にしとくよ」
口をついて出たのはそんな有り体の言葉。けどもう取り消す事はできないから、どうにか取り繕うしかなかった。いつもの様に口角が上がっていればいい。この雰囲気を誤魔化してくれればいい。そんな私の気持ちを察したのか、適当な宣誓にゆっくりとこちらを見た七海が少し目を見開いて、「そうですね」と小さく笑った。
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