※主死ぬ・ちょっとオリキャラ補助監が出ます。菊間和以(きくま かずい)
術師だった伊地知さんの等級捏造
夢を見ていた。目の前には学生服を着て幾らか若い自分が立っている。遠い昔のような最近の話。これは、そう、長雨がようやく止んだ日の事だった。湿った土の匂いがする山奥、行きの車の揺れが酷くて気分も最悪だった何度目かの任務。
離れたところで見ている私の視界に次々映っていく場面は数年経った今でも鮮明に描かれている。
呪霊に襲われた村人、濃い呪力漂う村、経験のないトラブル。緊張なのかうまく動かない体、そして私を背に庇う苗字さん。彼女は他の呪霊と戦闘を終えた後で既に満身創痍だった。
「さて、伊地知。次君はどうすればいいかわかるかい」
「は、次は、つぎ、」
「はは、そう焦らないで。…大丈夫だよ。ここは私がどうにかする。君は菊間さんの所に早くいって」
そう言ってぼろぼろの姿で笑う苗字さんをよく覚えている。
まだ片手で足りるほどの任務経験しかない自分が初めて同行者として向かった二級呪霊の討伐任務。
何事も無く終わるかと思われたそれは、予定に無かった推定一級呪霊の発見によりその難度を増した。
まだ四級の自分と無力な補助監督では苗字さんの足手纏いでしか無く彼女を一人残して住民達と避難したあの日。
「良い?伊地知、アンタは絶対生き残って。私が戻らなかったらアンタが他の人達を守りながら増援をまちなさい。…まぁ負けるつもりはない、けど。もしもの話ね。無理はしない事。絶対生き残るの」
約束ね、そう言って私を押した手が次の瞬間には帳を下ろした。
その後すぐ呪力のぶつかり合う感覚だけがして、振り返っても見えない苗字さんの背を見ようとして、結局学生の私は補助監督と共に村の外れに走った。村の住民達に事情を説明する補助監督を横目に周囲を警戒して神経を削る。
瞬きを一つ。次の瞬間にはボロボロになった先輩が居た。ハッとして駆け出そうとしたが足が地面に張り付いたように動かない。その代わりのように夢の中の自分が苗字さんに駆け寄っていった。そのまま辛うじて息のあった彼女に懸命に声をかけて流れ出る血を必死に堰き止めようとしている。
けれど、どれだけ私が手を尽くしても彼女の命が流れ出てしまって止められない。反転術式なんて使えない私には彼女を助ける手段がなかった。ただ祈りながらがむしゃらに手を動かして彼女の意識を繋ぐ為に呼びかけるだけ。
駆け寄ってきた補助監督が高専へ連絡を急いでいる。どうか間に合えと何も出来ない歯痒さに握り込んだ拳からは血が滴っていた。
「い、じち」
ぽつりと気を抜けば聞き逃しそうな程の声が耳に入った。
「いじち、いる?」
「居ます。居ます苗字さん。私はここにいます。もう少し頑張ってください。もう少しで助けが来ます。だから」
ぼんやりと開いた目に光は無くなにかを探すように緩慢に視線が動く。僅かでも戻った意識にほんの少しだけ安堵してそれが切れないように声を返した。
「ごめ、もう…みえ なくて。いじち、」
今にも止まってしまいそうな呼吸を挟んで苗字さんがはくはくと口を動かす。音にならない何かが漏れていった。
「いき、て。いじち。どん な かたち、でもいい ...」
今にも自分の命が消えるその瞬間にも私に生きろと言う先輩に、貴女こそ生きてくださいと溢れた自分の声がする。
「 ごめん 」
その謝罪ははっきりと聞こえた。あの時の先輩の口元には確かに微笑みが浮かんでいたのを覚えている。でもその謝罪にどんな意味が込められていたのか私には分からなかった。
それきり苗字さんは何も話さなくて、彼女の小さな呼吸を、意識を止めないように必死に言葉を紡ぐ私の声だけが聞こえていた。
そこでふと目が覚める。朝日を取り込む為に開けられたカーテンからは柔らかな光が差し込んでいた。予報通り今朝で長雨は終わったらしい。
忘れてくれるなと言う苗字さんからのメッセージなのかはたまた自戒なのかは分からない。ただ毎年この時期になると彼女の夢を見る。なにもあの日を見ることもないだろうにとぼやけた頭で考えるがきっとこれも毎年思っていることだった。
高専から新幹線の駅へと向かう道中。五条にしては珍しく静かで小さくかけたラジオの音が聞こえるような車内。
「伊地知」
「どうしました?」
少しだけ開けた窓から流れる景色に目をやった五条の声は普段よりも小さくて、油断すれば聞き逃していたかも知れなかった。
「…今年はさ、僕も硝子も今日中に行けないんだよね。花は高専に届くから行くなら一緒に持っていって」
「分かりました」
ちらりと後部座席にミラー越しの五条を盗み見るとその視線はまだ窓の外を向いている。何かを考えるように黙り込んでいた五条がそう言えば、と運転席に目をやった。
「当日は来れなくても後日顔出すから待ってろよって言っといて」
任務報告書
二○○七年六月某日 〇〇県△△市□□村
担当術師:東京校三年苗字準一級術師・東京校一年伊地知四級術師
同行補助監督:菊間和以
概要:〇〇県△△市□□村にて変死体が複数発見される。
窓や補助監督ら等の協力により三級呪霊複数体及び二級呪霊1体を確認。
被害者は呪霊に襲われたものと思われる。
これにより東京高専3年の苗字準一級術師を派遣。同時に補佐として同校1年伊地知四級術師の同行を決定。菊間補助監督が同行。
結果:□□村にて戦闘。三級呪霊:5体。二級呪霊:3体。推定一級呪霊:1体を確認。全て祓除済み。
複数体発見された遺体は推定一級呪霊の術式による物と断定。
□□村の住人三人が呪霊により死亡。その他十余名負傷者アリ。菊間和以補助監督により病院等手配済み。軽症者から回復後復帰済み。
菊間和以補助監督の要請により東京校3年家入術師を派遣するも苗字準一級術師の死亡を確認。
伊地知四級術師:軽症。補助監督菊間和以:軽症。
後に窓及び東京校二年七海二級術師により□□村で呪具を発見。□□村に存在した××信仰に関する呪具と確認。東京校に回収、封印済み。
報告者:補助監督 菊間和以
同行術師 伊地知潔高
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