恋はリモーネ、愛はランポーネ



誰が定めたのか、今日はいわゆる愛の日、バレンタインデーだ。普段はどこか厳格な雰囲気の漂う海軍本部も、今日ばかりは朝から心なしか緩んだ空気を感じる。
それは、目の前で水色の紙袋を宝のごとく掲げているコビーも例外ではなかった。
恋人になって初めて迎えた去年のバレンタイン。イベント事にも恋愛事にも疎いコビーがバレンタインの贈り物など用意しているわけがないと予想したおれは、突如として覚醒した見聞色の覇気のコントロールや慣れない職務で忙しく気の休まらないコビーの息抜きになればと、まぁまぁ値の張るレストランのバレンタイン限定アフタヌーンティーに誘った。すると、コビーはようやく今日が愛の日で、一般的に恋人がいたら相手に何らかの贈り物をするイベントだと気づいたらしい。

「うぅ……美味しい〜……こんないいところに連れてきてくれてありがとうございます! 来年はぼくがヘルメッポさんに贈り物を用意しますから!! 絶対に!! 楽しみに待っててくださいね!」

意気込んだりベソをかいたりフォンダンショコラを頬張ったりと、感情と仕草が忙しいコビーで目を楽しませながら、手元にあったピンク色のマカロンを口に運んだ。
コビーはちゃんとこの時の約束をちゃんと憶えていたようで、二月に突入してからは珍しくその手の娯楽雑誌や広告と睨めっこをしていた。当初の予定では去年の俺のようにレストランに行くつもりだったらしいが、大佐に昇進し更には英雄と持て囃されるようになったコビーの忙しさは去年の比ではなく、とても休暇をとれる状況ではなかった。
愛の日だろうとなんだろうと、海賊は大人しくはしてくれない。今日も今日とて元気に海賊を捕まえ、空き時間に部下の訓練を見てやったり書類作業を進めたりと忙しく過ごし、ようやく先ほど仕事にキリがついたところだった。背もたれに寄りかかり、事務作業で凝った肩と背中を思い切り伸ばしていると、同じく作業に追われていたコビーがそわそわと落ち着きのない様子でこちらをチラチラ見ている。

「いやぁ、疲れましたねぇ! あ、そういえば疲れた時には甘いものを食べるといいってよく言いますよね!」

「あー……そうだなぁ。甘いもん食いてぇなぁ、チョコレートとか……」

「!! ふっふっふ……! 今年は忘れませんでしたよ! さあ、どうぞ受け取ってください!」

「お、おう」

物凄く不自然で強引な誘導尋問だったが、海軍本部大佐でも英雄でもなく、自分の用意した贈り物を早く渡したくてうずうずしている年相応の少年らしいコビーの表情だったり、俺のことを想って今日まで色々と準備してくれたことを思うと可愛くてしかたがない。

「開けていいか?」

「もちろん! お店の人と一緒に選んだので、ヘルメッポさんのお眼鏡にも適う自信がありますからね」

確かに自分はこだわりが強い方だが、コビーがくれるなら購買で一番安い菓子だろうとその辺に落ちている石ころだろうと、何だかんだ言って嬉しいし大事にするのだが。自信満々なコビーを前にしてそれを言うのも野暮だろう。おれは紙袋から箱を取り出し、涼しげなセレストブルーの蓋を慎重に外す。すると、中には淡い黄色とピンク色の小さな缶が二つ、寄り添うように鎮座している。そして照明の光を反射してきらりと輝く小さな黄金の匙が一本添えられていた。

「おっ、なんだこれ? 二つも入ってんのか」

「ふふ、こっちの黄色がレモン風味で、ピンクの方がラズベリー風味だって。お店の人がぼくたちのことを知ってたみたいで、ぼくとヘルメッポさんをイメージしてどうですかって選んでくれて。味見してみたらすごく美味しくて……ほら、ヘルメッポさんも食べてみてください!」

コビーに促され、おれは二つの缶を見下ろす。おれたちのことをイメージしてということは、きっと黄色が自分でピンク色がコビーなのだろう。おれはピンクの缶の方を手に取って蓋を開ける。

「おぉ、なんかトロトロしてんな」

「変わってて面白いでしょ? このスプーンで掬って食べるそうです」

はい、と手渡されたスプーンを受け取り缶の中のチョコレートを一口掬い口元に運ぶ。ひんやりとしていてなめらかな舌触りと、コクのあるチョコレートに混ざるラズベリーの心地の良い甘酸っぱさが疲れた身体にじんわりと染み渡った。

「ん、美味いなこれ!」

「えへへ、でしょ? こっちのレモンのも美味しいよ」

そう言ってコビーはもう一つの缶も差し出してくる。

「お前も食えよ、コビー」

「ええっ、でもこれはヘルメッポさんへのチョコだし……」

「おれにくれたんだろ? 一人で食ってても味気ねぇし、一緒に食おうぜ」

「……はい! あ、それならもう一本スプーンを持ってこないと」

食堂にでも取りに行くつもりなのか立ち上がろうとするコビーを手で制し、おれは持っていたスプーンで黄色の缶のチョコレートを掬いコビーの口元へと持っていく。贈り物も勿論嬉しいが、せっかくの愛の日なのだ。もっと分かりやすくイチャイチャしたいと思うのは普通だろう。
こちらの意図を察したのかコビーの頬がぽぽ、と赤く染まる。

「え、いや、ちょっと、ヘルメッポさん……?!」

「んだよ、嫌なのか?」

拒まれないと分かっていて敢えて意地悪な聞き方をすると、コビーは「あー」とか「うー」と呻き声をあげて逡巡した後、パクンとおれの差し出したスプーンにかぶりついた。
ジト、と文句を言いたげにこちらを睨みつけているが、耳や首元まで薄らと上気しているせいでちっとも怖くない。むしろ可愛いし、そそる表情だ。

「おれにも味見させてくれよ」

「だから、そもそもヘルメッポさんのチョコだって────……っ!?」

鍛えているとはいえ未だに少年らしさが残る華奢な肩を思い切り抱き寄せ、一気に縮まった距離を更に縮めてゼロにする。
ちゅ、と軽く重ね合わせた後にコビーの唇を舐めてみると、甘ったるいチョコレートに混じって抜けるようなレモンの爽やかな酸味が舌と脳を刺激する。

「んっ……! ふ、ッ……」

もっと深く味わいたくて、今度は舌の先でぴったりと閉じたコビーの唇をノックする。いかにもおずおずといったふうにぎこちなく開かれた唇の隙間から舌を差し入れ、ゆっくりと咥内を舐っていく。どちらともなく舌を絡めると、おれのラズベリーとコビーのレモンのチョコレートが口の中で溶けて混ざり合う。普段とは違う甘美な触れ合いに脳がじん……と痺れた。

「っ、は……」

「ぷはっ……!」

名残惜しく思いながら唇を離すと、すっかり蕩けた表情をしたコビーが上目遣いでこちらを見つめてくる。

「お味のほどはどうですか、コビー大佐?」

「……美味しかったです、」

もっとくださいと紡ぐ唇に堪らず、再び食らいつくのだった。

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