DとEの変遷



 ミランダの手によって村人たちがライカンに変わり果てて以来、商人であるデュークは些か暇を持て余すようになっていた。以前は村の支配者たるマザー・ミランダとそれに使える四貴族から何も知らない哀れな村人たちを相手にそれなりの忙しさであったというのに。
 齷齪と余裕がないのはみっともないが、やはり商人としては店に閑古鳥が鳴いている今の状態は好ましくない。いよいよ村に見切りをつけて新規開拓に本腰を入れようかと思案していたところに現れたのが、ミランダが器として攫ってきた赤ん坊の父親────イーサン・ウィンターズだった。
 デュークは村一番の商人であり情報通だ。このイーサンという男がダルヴェイのバイオテロ事件の生き残りであることや、BSAAという組織の保護下にいたこと。そのBSAAの隊員であり命の恩人だったはずのクリス・レッドフィールドの襲撃によって妻を殺害され娘を連れ去られ、そして流れ流れてこの村にやって来たということは把握済みだった。とはいえ、丸腰の一般人がライカンで溢れたこの村でどこまで持つことやら……と初めのうちは大した興味も関心もなかったのだが、イーサンは持ち前の悪運としぶとさでライカン共の猛攻を凌ぎ、更には捕らえられ四貴族の一人であるハイゼンベルクの悪趣味なショーを掻い潜りーーーーまぁ、これはハイゼンベルクの思惑のお陰が大きいがーーーー美しく残忍な貴婦人の待つドミトレスク城まで来たとなればデュークも彼の評価を改めざるを得ない。だから商人として彼の前に姿を現したのだ。

 これは企業秘密なので詳しい仕組みは言えないが、デュークが店と定めた場所にライカンを始めとした化け物は勿論のこと、四貴族ですら足を踏み入れることはできない。なので、このドミトレスク城の一室はイーサンにとって唯一敵に脅かされないセーフハウスとして機能していた。絢爛豪華な城内は広く複雑で、探索に出たイーサンは休息を取りに何度もこの部屋に訪れており、警戒心を露わにしながらもデュークの商品をじっくりと見ている様はまるで懐かない野良猫のようだ。
 イーサンというは男はデュークの予想よりずっとタフで、諦めが悪くて、そして普通の男だった。イーサンが城に侵入したのと入れ替わるように武装した兵士が何人かこの村に入り込んだようだが、彼らのように鍛え抜かれた選りすぐりの兵士に比べて、イーサンは多少は戦闘の心得があるだけの、デュークから見ればまだまだ青年のような面持ちのどこにでもいる人間にしか見えなかった。
 そんな平凡そうな男が、ただただ娘を助け出すという一心だけで武器を手に取り、普通に生きていれば味わうこともなかったであろう肉体的、精神的苦痛に歯を食いしばって耐えながら前に進む姿が、どうにもデュークを強く惹きつける。今となっては顧客はイーサン一人ではあるが、彼ならば各貴族の領地に眠る秘宝の数々を探し出せるかもしれないし、ついでに四貴族の何人かを打ち倒せるやもしれない。そんな打算と好奇心がデュークを村に留まらせていた。

 ……と、これまでの経緯を振り返りながら商品の目録に目を通していると、ふと部屋の中が妙に静かなことに気づく。商品の売買以外でイーサンがデュークと言葉を交わすことは殆どない。部屋にいる時は各々好きなように過ごしているのだが、先ほどまでタイプライターで何事かを打ち込んだり、机に向かって娘の救出に役立ちそうな情報を一生懸命にノートに綴ったり、かと思えば部屋に置かれた迷宮模型に興じてみたりと常に動き回っている彼の物音がパタリと止んでいるのだ。
 部屋から出て行った覚えはないのにはて……。不思議に思い僅かに身体を起こして部屋の中を見渡すと、そう広くない部屋だ。目当ての人物はすぐに見つけることができた。

「おやおや」

 城主であるドミトレスク夫人が選んだ高級絨毯をベッド代わりにして、イーサンはまるで胎児のように身体を丸めて眠っていた。耳を澄ませば辛うじて聞き取れる規則正しい寝息がなければ、力尽きたのではないかと思ってしまうほどに静かで、死体のような寝姿だ。

「ウィンターズ様」

 いつもの調子で呼びかけてみるが、反応はない。この村では命取りになほどに無防備に、深く、泥のように眠っている。
 無理もないだろう。自宅を襲撃されてから不眠不休で村や城内をくまなく探索し、いつ襲ってくるかも知れないライカンやドミトレス夫人、その三姉妹たちを警戒して常に気を張り続け、そして何より最愛の娘の安否も分からない状況は彼の精神を酷く摩耗させることだろう。気丈に振舞ってはいるものの、昨日まで平穏な日々に身を置いていたイーサンの心と体は本人の意志よりも素直で顕著だ。

「随分と顔色も悪いですなぁ」

 元々色素が薄いというのもあるだろうが、それを差し引いても蝋燭に照らされたイーサンの貌は哀れなほどに青白い。珍しいもの見たさに淡いブロンドの長い睫毛が白い肌に落とす影を眺めていると、不意にイーサンの肩が小さく震えだす。屋外よりマシとはいえ、豊かさの象徴たるふくよかさを持つデュークと違い細身なイーサンにはこの寒さは堪えるのだろう。暖を求めて砂埃や血液で汚れた上着を必死に手繰り寄せる様がなんとも哀れで、デュークは見かねて商品棚ではなく私物を収納した棚から一番厚手のブランケットを取り出して縮こまって眠るイーサンが起きぬよう、慎重な手つきで掛けてやる。すると眉間に寄っていた皺が徐々に解れていき、険しかったイーサンの寝顔は蕾が綻ぶかのように穏やかで幼げなものへと変わっていく。
 一刻も早く娘を助け出したい彼の気持ちを汲むのならば、すぐに起こしてやる方がいいのかもしれない。しかし、デュークはイーサンという男に期待し、そして投資するつもりなのだ。デュークに更なる利益を齎すために、彼にはこんなところでへばってもらっては困る。

 ーーーー調理器具の準備をしておきましょうか。食材はウィンターズ様にご自分で獲ってきてもらうことになりますが、まぁライカンや四貴族を相手にするよりはるかに楽でしょう。代わりに、腕によりをかけた料理を提供致しますとも。

「おやすみなさいませ、ウィンターズ様。たとえ一時の休息であれ、よい夢を」

―――――――――――――――――――――――――

その2

「お待たせしました、三位一体のミティティでございます。ささ、冷めないうちにご賞味あれ!」

「あ、ああ……本当に何でもできるんだな、あんた」

 皿に盛られた湯気の立つ挽肉団子を前にして、イーサンは瞳を輝かせてデュークを見上げる。先ほどまで最愛の娘が四分割にされ無機質なフラスクに詰められるという変わり果てた姿を目の当たりにして取り乱していたが、フラフラと危うい足取りで村の探索に出掛けていったかと思えば結晶化した頭骨やら高価なトレジャー品と一緒に鶏と魚、獣の肉を引っ提げて祭祀場まで戻ってくるなり「腹が減った」と宣ってきた。
 空腹は生きている証。腹が減っては戦はできぬ。元より食材さえ調達してくれれば料理は引き受けると提案したのはこちらのため、新鮮な肉を受け取りこうして二人で簡易テーブルを囲んでいる。
 イーサンは出来上がった料理に感心しているものの、中々口にしようとしない。自分はあくまでも商人でありイーサンともミランダどちらかに肩入れしない中立の立場であると再三示してきたものの、それを信じるかどうかは彼次第である。まぁ、さすがに口にするものに対して慎重になるのは仕方がないだろう。
 デュークはナイフとフォークをで自分の分のミティティを切り分けて口へ運ぶ。食べ応えのある肉の弾力と口の中いっぱいに広がる肉本来の旨み、そしてニンニクとお馴染みのハーブの味付けが食欲をそそる。あとはワインでもあれば完璧なのだが、大事な顧客が飲めない状況で自分だけが飲むのは失礼というもの。後でイーサンがいなくなったらこっそり飲もう。
 料理の方は我ながら惚れ惚れする出来栄えだと一人満足していると、その姿に触発されたようにイーサンも恐る恐る料理を口にする。小さな肉の欠片を緩慢な動きで一回、二回。三回と咀嚼していく。ごくん、と喉仏が大きく上下する。途端、明かりが灯ったかのようにイーサンの表情がパァ、と華やいだ。

「う、美味い……!」

 食事もろくに摂れないままあれだけ動き回っていれば腹が空いていて当然だ。おっかなびっくりだったのが嘘のように、みるみるうちに皿が空になっていく。

「はぁー……染みる……」

 満たされた表情で腹をさするイーサンが、初めてデュークの前で挑発的でない純粋な笑顔を見せた。並みの食材で作った料理でここまで喜んでもらえるなら手間をかけた甲斐があるというもの。喜んでいただけて何より、と軽口を叩こうと顔を上げたが、それが言葉になることはなかった。

「今になって思い出したよ。これ、前にミアが作ってくれたのと同じ料理だ。慣れない土地に引っ越しさせられて、それでも地元の料理を学んで前向きに馴染もうとしていたのに……俺は過去のことばなりほじくり返して、不安にさせて、すれ違ったままあんなことに……彼女の最後の料理も食べられなかった……俺は、夫として最低だ……」

 泣き顔を晒したくないのだろう。イーサンは両手で顔を覆い、平静を装ってはいるが嗚咽を我慢しているでろう声は震えていた。
 そんなふうに自分を責める必要はないことを、デュークは知っている。彼の妻であるミア・ウィンターズには、イーサンに話していない秘密がいくつもあるのだ。元をただせば、今回の件も三年前のダルヴェイでの件も、ミアが所属していたとある犯罪組織に起因する。巻き込まれたイーサンとローズは気の毒だが、彼女の自業自得と言われても仕方がない部分は大いにある。だから、イーサンが気に病む必要など本来はないのだ。しかし……、

 ――――たとえ彼女が秘密を打ち明けていたとしても、貴方は彼女を見捨てたりはしないのでしょう。

 彼女の正体が清らかなイヴではなく悪魔であることを、イーサンだけが知らない。誰も彼もがイーサンに真実を教えてはくれない。何もわからないまま、ただ娘を想う気持ちだけでイーサンは奔走する。文字通り、その命を削りながら。

「……後悔しているようですなぁ。では、このデュークめがよいことを教えてあげましょう」

「なに……?」

「ローズ様をお救いになったら、お嬢様に奥様の料理を作ってさしあげればいい。そうすれば貴方もローズ様も奥様の努力を、想いを感じることができるでしょう」

「それは……そう、かも?でもクリスたちに家を滅茶苦茶にされたから、レシピとか残っているかな……」

「ご心配なく。特別に我が家に代々伝わる秘伝のレシピを貴方に授けます」

「マジかよ」

「商人は嘘をつきません。まぁ、多少はお代を頂きますが……」

「結局金取るのかよ!」

 あはは、とイーサンの笑い声が静かな祭祀場に響く。目元は赤いが、顔色も良く表情は幾分か明るくなったように思う。デュークはプロの商人だ。特定の組織、個人に入れ込むようなことは絶対にしない。所詮、デューク自身もイーサンに真実を隠す人間の一人でしかない。そんなことも知らずにまるで友人に向けるような親しみを向けてくるイーサンに罪悪感を感じたりもしない。
 彼にはこの朽ちかけの村から宝物を探し出してもらい、最大限デュークに貢献してもらわねばならない。その為ならば武器を揃え、彼の使い易いように改造し、今日のように料理も振舞おう。所詮は商人と客、利害関係が一致しただけの関係。

 だから、デュークは叶わない未来の話でイーサンを勇気づけてやるのだ。彼が残酷な真実を知るその時まで、希望が潰えないように。



- 9 -


prev | list | next

top page