ぐるっとまわって

出会い編 - 2

 敷き詰められた緑を揺らし、 女と少年は移動を開始する。
 聞けば十人が十人とも嘘だろうと言うに違いないがーーーー仲間入りした女もそこは弁解しかねたし、する気も起きなかった。なにせ村の少年にしか見えないのだーーーーれっきとした海賊団船長たる少年の、食料調達の希望を受けてのことだ。女自身、非常に体力を消費していたのでこれにはすぐさま賛同して応じた。
 ただ、この島には店がない。そもそも集落がないどころか、誰も住んでいないのである。残念ながら食料を売ってくれる人間も、分けてくれるような人間もいない無人島だった。

 それを聞いた少年ーールフィは首を傾げたものだ。彼は女を島の住人だと疑わなかった。服装もあまり見慣れないものであったし、森で死にかけていた時も迷わず水場を示していた。ここにいるじゃないかと不思議に思って見やれば、彼女ーーイツハは笑って首を振る。
 イツハもまた、たまたま島に流れ着いた人間だった。ルフィよりも数日早くやって来たため島を知っていたにすぎない。

 二人は知らぬことだが、この島の周辺海域には船を遠ざける海流が走っている。どの航路に当たらないことも手伝い、海域の境界線にすら船が近づくことは稀である。そして島を訪れるには、いつも穏やかなこの海で滅多にない嵐のときだけ向きを変える海流に乗らなければならない。彼らはそうやって、ここに流れ着いたのだ。
 しかも、女と少年が遭遇した嵐は別のものだ。つまり立て続けに嵐が発生したことになる。珍しいなんてものではない。十年に一度、あるかないかのことだった。そんなある意味絶妙のタイミングでこの海域にそれぞれ船が近づき、嵐に巻き込まれて互いが島に辿り着くとはもはや、奇跡である。運命的、と言ってもよいかもしれない。

 さて、その運命の出逢いの果てに仲間となった二人にとって目下のところ重要なのは、『食』に関してだ。如何にして食料を手に入れるか。ーーーー無論、そんなものは決まっている。無人島における食料調達方法など至ってシンプルだ。
 嬉しいことにこの島が豊かなのは緑だけではなかった。食べ物には困らない。
 となれば最初に狙うは食事のメイン、肉だ。片や年頃の少年らしく大好物、片や持病後のエネルギー源として必要不可欠。満場一致で、と言っても二人しかいないのだが、即決だった。

「さあて、狩りといきますか」

 女の掛け声に、よっしゃあと意気高く少年が応じる。その姿に笑って早速、イツハはこの数日間の経験をもとに狩場への案内役を務める。張り切ってルフィが後に続いた。

 道すがら、どうして海賊になろうと思ったのかと聞かれたルフィはこれまでの経緯をイツハに語った。故郷のこと、故郷で出会った海賊団のこと、左頬の傷や麦わら帽子のこと。彼女との会話は何だか楽しくてーーーーイツハは非常に聞き上手な人間だったーーーー次第に身振り手振りも交え、夢中になって語る。
 そんな少年を微笑ましく見つめながら、熱心に話を聞いていたイツハだったが不意に浮かんだ疑問を口に乗せる。

「ん?あれ、今の話だと……ルフィ、君は悪魔の実の能力者なの?」
「ああ!ゴムゴムの実を食った!」
「へえ…!能力者なのかー!」

 感慨深げに声を上げ、改めて女は相手を観察してみる。ーーーー結果、『それらしさ』を見出すことはできなかった。彼には海賊同様、悪魔の実の能力者、なんて厳つい言葉はてんで似合わないのだ。
 そこで女は手っ取り早い方法で確かめることにした。すなわち、彼の両頬を思い切り横に引っ張った。

「おー!ほんとに伸びた伸びた」

 みょーんと面白いくらいによく伸びる。ぐいぐい引っ張っては緩めて、と遊んでみるがどうやら痛みはないらしい。手を離せば、ぱちんっ、と軽快な音を立てて元に戻る。まさしくゴムである。人間が持ち得ない特殊体質だった。
 イツハは納得して言った。

「だから君、溺れたのか」

 悪魔の実の能力者とは言葉通り、悪魔の実、と呼ばれる実を食べた者の総称である。物騒な名称だが、その実を食べれば人智を超えた能力を一つ授かるというとんでもない実で、自然を操る力や爆発的な身体能力を得たりーーーー全身がゴムのようになったり、などなど、人間が思い描くあんなことできたらいいなー、を実現してしまう魔法のような代物だ。
 もちろん、神の実とか奇跡の実といった名前が付いていないのにはワケがある。悪魔の実は絶大な力を授ける代償に、食べた者を一生、泳げない体にしてしまう。水の中において彼らはただ、力なく沈むことしかできなくなるのだ。

「まーな!けどオレ、悪魔の実を食べる前からカナヅチだったからなー」

 能力者じゃなくてもお溺れていたかもと、からから笑ってみせる少年にイツハは呆れた笑みを送るしかない。悪魔の実は幼子でも知っているほどポピュラーだが、非常に希少なため入手は困難、普通の生活の中で能力者に遭遇することなど皆無に等しいくらいである。彼女の故郷でも誰もが知っていながら、誰も見たことのない存在だった。
 その貴重な実を食べた貴重な人間が目の前にいるのだから、なんというか、せめてお得感くらいは抱きたいところだが、この少年相手では無理そうである。もっとも彼らしいが。短い付き合いの中でそう思えることがまた、何だかおかしくてイツハは口元を緩めた。

「ーーそういや、目的、ってなんだ?」
「んー?」
「海に出る目的、ってヤツだ」

 あらかた自分の話をし終えたルフィはふと思い立って問いかけた。ああ、と相槌を打ってイツハは簡潔に説明する。

「探してるものがあってね」
「へー、探しものか」
「そ。絵本なんだけどさ」
「えほん??」

 こてん、と首を傾げてオウム返しする少年だった。探しものと聞いて思い浮かんだどれとも、まったく違う答えである。なにか、とてつもないお宝なんだろうか。ーーーー彼の基準はそこだった。
 少し笑ってイツハは頷いた。

「私にとってはね。持病を治す鍵がそこにあるかもしれないんだ」

 彼女が探しているのは故郷で作られたとされる絵本である。故郷でも忘れ去られたに等しい随分と古い言い伝えに登場する以外は文献にも残されておらず、消息を含め謎に包まれている。本当に実在するかどうかすら怪しいようなものだが、診せる医者診せる医者、匙を投げられた『病』を治せる可能性がゼロではないなら、お伽話であろうと何であろうと、賭けてみる価値はそれだけで十分だった。
 何より、ーーーー彼女はとても暇を持て余していた。

「暇なのか」
「暇なんだ」

 ならば、うだうだしているより海に出たほうがよっぽど建設的である。世界はきっと、彼女の想像など及ばないくらい広大だ。絵本は見つからなくとも、持病を治せる医者や薬は見つかるかもしれない。
 なるほど、少年は大いに納得した。

 樹々が途切れ、野っ原に出た。そこでは一頭の雄牛が独り占めするように悠々、草を食んでいた。遭遇した獲物に二人は会話を中断して顔を見合わせる。ルフィが歯を見せながら不敵に笑えばイツハも軽く口の端を持ち上げて頷いたあと、一歩下がる。
 ルフィが数歩、前に出た。すると雄牛は顔を上げて少年を睨み据える。その眼光も、直角に曲がった立派な角も鋭い光を放つ。しかし怖気づくことなく雄牛と対峙する少年の背中に、お手並み拝見とばかり女は見守る姿勢を取った。

 雄牛が荒々しく鼻から息を吐いた。ぐっと頭を下げて尖った角をルフィに向け、前脚で地面をかく。ルフィはやはり動じることなく、自然に構えを作った。
 先に動いたのは相手のほうだった。自慢の角で突き刺すべく、突進してくる。対して少年は大きく手を振りかぶった。後方でイツハは感嘆の息をこぼした。振りかぶられた手がぐんぐんと長く伸びていくからだ。全身ゴム人間というのは伊達ではない。反動を利用して加速した拳が、ピストルの言葉に相応しく凄まじいスピードで打ち出される。
 眉間に強打を浴び、雄牛は泡を吹いて草の大地に沈んだ。

 仕留めた獲物に嬉々として走り寄る少年の後ろをゆっくりとついていきながら、イツハは楽しげに目元を緩めた。ちょっとどうかと思うくらい海賊らしからぬ普通の少年のような外見ーーーー村の少年Aでまかり通るーーーーの彼だが、あっさり雄牛を倒してみせた動きだけでも、その強さを窺い知れる。実に頼もしい限りである。

「お?イツハ、あれも食料になるんじゃねーか!?」

 何かに気付いたらしいルフィが顔を輝かせて声を上げた。どれどれ、イツハは彼が指差す方向を見やった。ーーーー途切れた森が再び始まるちょうど境目の茂み、そこから、大きなトカゲの尻尾が突き出ている。
 イツハは首肯する。おそらく体長はルフィが倒した獲物と同じくらいだろう。食料として、申し分ない。

 彼女は腰に手をやった。専用のホルダーから提げられた、一振りの刀がその手に触れる。

「お前、剣士なのか?」

 女の腰にある刀を目にし、ルフィが問いかけた。するとイツハは、答えあぐねるように少しだけ唸って、一応そうだと頷いた。
 『一応?』と少年が聞き返せば、彼女は苦笑して肩を竦める。分類すると一応は剣士に当てはまるだろうってことだよとの説明を受けた少年は小首を傾げ、回りくどい女の言い方にとりあえず、変な奴だな、と素直な感想をもらした。これまた苦笑を返す女である。

「さてさて、行ってきますかね」

 イツハが一歩、踏み出す。ルフィは動かない。先ほどの女同様、完全に見守る態勢である。

 抜き足、差し足、忍び足ーーーーなんて、使う気配など、ちらとも見せずに女はしっかと草を踏みしめ、大トカゲに歩み寄る。もちろん、相手がその音に気付かないはずはなく、尻尾が引っ込んだかと思うと、ぬ、と大トカゲの顔が現れる。ぎょろっとした目で睨み付け、息が擦れるような声で威嚇してくる。
 ただ、数日をこの島で過ごした彼女は相手が逃げ出さないことを知っていた。ここに棲息する大型生物は、なかなかに好戦的なのだ。先の雄牛がいい例だろう。

 予想通り、大トカゲは悠然と茂みから這い出てくると、その大きな口を開いてみせる。びっしりと生え連なる無数の歯が、鋭さを主張する。
 何本くらい生えているのかなあ、なんて、暢気なことを考えながら女は腰の刀を抜き去った。途端、聞こえてきた『おおー!かっけーっ!!』という無邪気な声に小さく吹き出しつつ、なかなかの俊足でこちらに向かってくる相手を見据え、刀を構える。軽く踏み込み、彼女もまた走り出す。
 二度、彼女は刀を振るった。流れるように刀を鞘に仕舞えば、それを合図に大トカゲの身体が大地に伏せる。ずしん、と重い音が辺りに響いた。ついでに再び、かっけーっ、という少年のはしゃぐ声も響き渡った。

 どもども、とおどけるように笑って少年に応えてから、イツハは戦利品である大トカゲの尻尾を掴んで肩に担ぎ、指で方向を示して合図を送るとそちらに向かい歩き始める。ルフィも自身の戦利品である牛の角を握り直すと、ずるずるその巨体を引っ張りながら彼女の後を追った。



 +++


 二人は再び小川に来ていた。といっても吐血したり溺れたり一騒動あった場所から、だいぶ川下に移動している。こちらのほうが開けているため、作業しやすいのだ。
 作業というのはもちろん、獲ってきた食料を船旅に適した状態にする作業のことである。ルフィの船は小さいというから、そのまま積めば沈んでしまうし、日持ちもしない。ちなみにイツハの船はそこそこの大きさではあったのだが、この島に流されてきてすぐに運悪く壊れてしまっていた。

 端からルフィのことを当てにしてなかったイツハは、彼を放って実にてきぱき働く。まずは狩ってきた獲物をそれぞれ、五つくらいの肉の塊に分け、三つを焼く。この場で食べるためのものだ。そして残り二つを積み荷用として燻製にする。肉を焼いている間に数日をこの島で生活して培った知識を頼りに、果物など他の食料をかき集め、大樽に詰めていった。
 それらを終えて彼女が、さて食事をしよう、と肉を焼いていた焚き火の前に戻ると、すでに七割ほどの肉が、綺麗さっぱりなくなっていた。イツハは呆れ返った。犯人は言わずもがな一人しかいない。

「君ねぇ…、少しは遠慮ってもんがないの?」
「いやあ、わりーわりー。気付いたらもう、食っちまってた」
「…………」

 少しも悪びれた様子を見つけられない、清々しいほどの笑顔でのたまう少年に、やれやれと首を振る女である。彼を放っておいた自分が悪かったらしい。早々に仕方がないと諦め、残っていた小さめのブロック二つをしっかり確保して食事を開始する。あれだけの量を胃袋に収めていながらまだ食い足りないらしい少年の手が、にゅっと伸びてくるが無論、叩き落とした。

「私だってずっと森の中であんな状態だったし、血も吐いてかなり腹が減ってんの」
「イツハ〜、少しでいいからくれよぉお〜っ」
「だ・め」
「ケチ」
「でっかい塊、四つも食ってんだから我慢しろ」

 ばっさりぞんざいに言い捨て、イツハは肉を口へと運ぶ。もぐもぐ、ごくん。ただ焼いただけだが、十分に美味い。羨ましそうな、恨めしそうな、熱心に注がれるそんな視線もばっさり無視して食事を堪能する。

「ーーというかさ、ルフィ。食欲やばくない?」

 これじゃあいくら食料を確保しても一日で全部なくなってしまうぞと、心底不安な表情でイツハが言ったものだからルフィも腕を組み、真剣に考え込む。

「けど、食べねえと力でねーしなあ…」
「…それは、分かるけど。腹が減っては戦はできぬ、って言うしねえ」
「だろ!?」

 女が同意する様子を見せた途端、勢いよく少年が身を乗り出す。反射的に体を退いて、女は沈黙した。数拍後、ゆるゆると深い嘆息をこぼす。彼の食欲はどうにかなるものではないらしい、と悟ったのである。頭を切り替えた。

「ま、なるようになるさ、ってわけだね」
「おう!そういうわけだ!」

 どうにもならない気もするが、女も割り切れば物事をあまり深く考えないタチだった。一応の忠告をし終えれば、少年の異常な食欲問題をあっさり脳から追い払う。

 一つの塊で何人分の食事がまかなえるだろうかという量の肉を、イツハはきっちりニブロック分食べ切り、小川の水で喉を潤して一服すると、最後の作業に取り掛かった。燻製にした肉をさらに小さく切り分け、香草で包んでいく。
 その間、ルフィには彼女が所持していた皮製の水袋二つに、飲料用として水汲みを命じた。樽の中身に手を出しそうだったからである。同じ轍を踏んでやるつもりはない。わざと遠くに水汲み場を設定して、彼女は手早く作業を続けた。

 イツハがすべての燻製肉を香草で包み終わると、ルフィも水袋をそれぞれ両手に握り、たぷたぷ水音をさせながら帰ってきた。そのまま手頃な岩に腰掛けたルフィは、肉が大樽に詰められていくのを自然と目で追っていたが、ふとイツハの腰にある刀に視線を止める。先ほどの大トカゲ戦がパッと思い出された。

「そういやお前の刀、なんか変わっててカッコよかったなー!」

 きらきら顔を輝かせてそう口にする少年に、女は笑う。
 彼女の刀は少年が言うように少し、変わっていた。刀身は真っ黒で、その切っ先は宝石のような、緑青色の透き通った石になっているのだ。最初に見たときは儀礼用か何かかと思ったものだが切れ味はお飾りとは到底言えぬほど、抜群だった。

「どうやったらそんな刀ができるんだ?」
「さあてね。私が造ったわけじゃないからなー」
「ははは、それもそーか!」

 肩を竦めるようにして答えれば、笑い声を上げてルフィは納得する。もっと食いついてくるかと思いきや、それで満足したらしい。ーーーーいや、というより刀に纏わる話にはさほど興味はなく、刀を握ってみたい欲求のほうが大きいようである。しきりに貸してくれとせがむ少年に、小さな子どものようだとイツハは喉を鳴らして笑う。
 しかしながら彼の要求には却下を告げた。危ない、というのがその理由だ。もちろんルフィは不満そうに唇を尖らせるが、素知らぬ顔で最後の肉を樽に詰め、蓋をする。これで準備は整った。

「では、船長。樽を舟に積んで出発しようか。次の仲間を探さないと、だろう?」

 しれっと話題を変えて促せば、『船長』と『仲間』という単語に反応した少年の顔がぱっと明るくなる。話を逸らされたことにも気付かず威勢良く応じる声に、イツハはそっと笑いを噛み殺して頬を緩めた。



 +++



 手をかざしながら、女は空を見上げた。綺麗な青空に白い雲がたなびき、太陽がまばゆく輝いている。流れゆく海風は心地よく、陽射しはぽかぽかと暖かかった。文句無しのいい天気である。

「ーーそれなのに」
「オレたち、さっそく遭難しちまったな!」

 ここは何処、陸地はどっち、状態だ。
 ーーーーといっても、片や航海術の『こ』の字さえ勉強するという考えが頭になく、強くなることに心血を注いで海に出た少年と、片や船の操作はフィーリングだ、パッションだ、ファイティングスピリットだと、航海術とも呼べない適当な操作で今まで海を旅してきた女。無人島を出発する際、立てた小枝が倒れた方向、という恐ろしい手段で進む方角を決めている時点で、出発前に遭難してるも同じである。
 少年は航海開始早々、すでに二度目の遭難であるが本人は至って気にしていない。少しは気にしろ、という人間もこの場にはいない。同船者たる女には、自分たちがかなりの暴挙に出ている自覚は一応のところ、あったからだ。

 そういうわけでーーーーというのも本来おかしいではあるのだが、彼女もまた遭難したことに関してはまあ当然かとまったく気にしていなかった。ただ、流石に目の前に映し出された光景には予想外だと肩を竦める。

 巨大な渦潮。それに、二人を乗せた小舟は巻き込まれていた。

「いやー、うかつだった。まさか、こんなところに大渦があるなんてなあ」
「これだけ大きいと気付かないものだねえ。まあ、いい陽気で少しうとうとしてたけど」

 何ともどこか抜けた、そして暢気な会話である。
 大渦を前にして少しも動じない二人だったが、助かる算段があるから落ち着いていられる、というわけではなかった。ルフィは悪魔の実の能力者のため泳げず、イツハが彼を抱えて泳ぐことはできるが途中で持病に見舞われ力尽きる可能性がすこぶる高い。彼らが平常心でいられるのは単に、その性格ゆえである。大した胆力の持ち主と言えよう。

「というか、あれだ。これだけ渦がでかいと、泳げる泳げない関係ないよね」
「あっはっはっ!たしかに意味ねーな!」
「こらこら。一応、笑い事じゃないぞ」
「そうだなー。このままだと、大渦に呑まれて死んじまうもんなあ」
「船長、何かいい案ないですかねー?」

 イツハの言葉を受け、ルフィは腕を組んで考え込んだ。もっとも予想通り、ものの数秒で思考をやめるや実に船長らしく堂々、ない、と言い切った。船長らしさを発揮するところが違うだろうと、内心突っ込みを入れるイツハである。
 ため息一つ。諦めの早すぎる船長に代わり仕方なしに打開策を考える。元来の暢気さが無駄に顔を出し、次の仲間は頭脳派がいいなあ、と人のことをとやかく言えないくらいすぐに思考が脱線し始めるも幸い、彼女の目にあるものが映った。

「そうだ、これだ…!ルフィ、これで乗り切ろう!」
「これって、この樽のことか?」

 イツハが頷くと少年はしげしげ大樽を眺めやる。この舟、唯一の積み荷だ。島を出るときに十分な食料を詰め込んできたはずのその中は、すでに空となっている。配分を考えての食事などルフィにできるはずがなかったし、配分を考えてルフィに食べさせることを面倒だとイツハが放棄した結果だった。

「この樽をどーすんだ?」
「もちろん、中に入るんだよ。運が良ければ助かるさ」
「んじゃ悪ければ?」
「そりゃあ、樽が割れてあの世行き、だ。運試しってことで、どう?」

 にっ、と挑戦的に女が笑いかければ、少年も即座に笑みを浮かべてみせた。その笑顔と瞳が雄弁に語っている。ーーーー面白そう、と。これで決まりである。

 よしと一つ頷いて大渦を見やったイツハは、げっ、と声をもらした。釣られて巨大渦潮に視線を向けようとしている少年を引っ掴み、問答無用で大樽に押し込む。何やら聞こえてきた声を黙殺し、彼女も樽の中に飛び込んだ。
 今度こそはっきりと、上から降ってきたイツハに押しつぶされた少年の『ぐえっ』という声が耳に届いたがそれもまた黙殺すると、大急ぎで樽の蓋をきっちり閉めた。閉め方が甘かったがために少しずつ海水が侵入して溺死、なんて最高にダサいことこの上ない。

 これでもかというくらい念入りに蓋が閉まっていることを確認したのち、ようやく女は肩の力を抜いた。次いで、下から上がり続けていたくぐもった訴えに、そういえば乗っかったままだったと、あまり申し訳無さの篭っていない謝罪の言葉を口にして、脇に体を移動する。
 ただ大樽とはいえ二人で入るには少々狭く、イツハが脇にどいてもルフィが体を起こすのには少しばかり、時間がかかった。

「んだよ、急にぃ…」
「悪かったって。もうすぐそこまで、渦の中心が迫ってたからさ」

 ほら、その証拠に。ーーーーと、女は少年に耳を澄ますよう促す。彼女に従いルフィが耳に意識をやればたしかに樽の外から、ごうごう、大きな音が聞こえてくる。それは秒単位で大きくなっていた。大渦に呑み込まれるのも、時間の問題だろうことが窺える。

「さてと、寝ますかね。することもないし」

 狭いスペースの中、器用に伸びをしてイツハがそんなことを言った。これから大渦に呑まれ運が悪ければ死ぬかもしれないという状況で、ーーーーむしろ、あんな巨大な渦潮では助かる可能性のほうが低い状況下における言葉としては、かなりおかしいのだが、この提案に船長はにっかり笑って同意するのである。

「はっはっはっ!起きてたら死んでねーといいけどな」
「いやいや、ルフィ。死んでたらまず、起きられないぞ」
「あ、なあるほど。そういやそうだなー」

 どこまでもマイペースに、緊張感の欠片もなさすぎる会話の後、二人はあっさり眠りの中に落ちていった。

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 18.01.22 » OP病弱主をのんびり修正中。


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