ドワーフたちの、故郷を取り戻す旅の同行者は三人で、灰色に身を包んだガンダルフは言わずもがな、魔法使いであるため滅法強く、たくさんの知識を有している。 また忍びの者として同行する小さき人ビルボ・バギンズだが、見た目通り戦う力はゼロに等しいだろう。一応それなりに丈夫そうではあるが如何にもよそ行きの服を着ていることが、それを証明している。もっとも彼は忍びの者に指名されるほど素早いという話であるから、そもそも活躍する場が違うとも言える。 だが、ただ一人、異世界の人間だというにわかには信じがたいイツハ=グリンバーナという人物については、どれくらい戦えるかの推察は非常に難しいものだった。 違う世界での話だとしてもドラゴンを何匹も倒しているというし、ドワーフたちの長であるトーリンとも堂々対峙してのけることを鑑みれば、それなりの腕を持っていることは無論、想像に易い。それがどれほどの、とレベルを推し量ろうとすると途端に答えを出すに困るのである。 +++ 陽はとっぷり暮れ、夜の帳が下りる。 土と岩が目立つ山の一角、少し行った先は崖になっていて周囲の景色が良く見渡せるその場所が野営地となった。 食事を終えると調理器具を仕舞ったり馬の世話をしたりする者もいれば、周囲の様子を探るため斥候に出る者、今後のことについて話を詰める者など。体を休める前に銘々やるべきことをこなしていく。 そんな中、イツハは寝床作りを行っていた。場所が場所であるだけに石だらけで、しかもそれが風雨にさらされ丸くなっているならばよいのだが、なかなかに鋭利なのだ。それでなくとも寝心地は悪かろう。せめて平らなスペースをいくらか作っておかねばと、石や岩を適当に放り投げて確保中である。 「あ、そういえば」 さほど大きくないその呟きは、すぐ近くにいるドワーフにだけ届いた。彼はイツハの方を振り向くと、どうしたと言わんばかりの視線を投げてくる。一緒に寝床整備をしていた、斧が頭に刺さっているあの、ドワーフである。 「ええっと…ビフール、で合ってる?」 こくり。ドワーフが頷く。 安心するようにイツハは笑って、対面した当初より気にかかっていた件について彼に尋ねた。 「ずっと気になっていたんだけど、それって本物の斧?本当に刺さってるの…?」 「ーー…!……ーー…。…ーー……!」 ドワーフ流のおしゃれか、そうでないのであれば体は大丈夫なのか。問いかけるイツハに今度は初めて耳にする言葉を使い、身振り手振りでビフールが答える。 イツハは手元にあった石を放り投げながら、首を傾げた。 「うーんっと…、もしかしてそれ、刺さってるせいで普通の言葉…話せない?」 「ーー…!ーー…!」 「あぁ、やっぱりそうなんだね。それってドワーフだけの言語か何か?」 「…ーー……。……ーー…!…ーー!…ーー……!!」 「うんうん……そんなことが。そっか、じゃあその斧を刺した相手を探す目的もあって参加したんだ」 「ーー……、…ーー…?」 「そうそう。あちらでの言語はみんな同じ。まぁ、訛りとかはあるけど」 「……ーー…?」 「あ、それは私も不思議だった」 ビフールからの質問にイツハはひょいと肩をすくめてみせる。 「なんで言葉が通じるんだろうね?文字は勉強しないと読めなかったのに」 「「俺たちにはなんで知らない言語で問題なく会話出来てるのかが不思議だよ」」 声を重ねて割って入ったのは、薪を調達しに行っていたフィーリとキーリの兄弟だ。 夜を明かすに必要な分だけの薪を腕に抱え帰ってきてみれば、石やら岩やらを放りつつ、意思の疎通を行っている二人が目に入る。珍しい組み合わせだとーーーーイツハ自身頓着するタイプではないが、何かと自分たち兄弟やビルボ、ガンダルフの隣にいることが多かったーーーー最初こそ見守っていたものの、大した苦もなく会話を成立させている彼らに唖然としたのは言うまでもない。 しかもビフールが操るのは古代ドワーフ語であるし、何よりも身振り手振りのほうを多く用いた会話手法のため、彼と親戚関係にある者たちですら時折難儀しているところを見かけるというのに。 とうとう聞こえてきた言葉に堪え切れず、反射的に率直な思いをこぼした兄弟である。すると当人はきょとんとしたのち、指摘されて初めてその事実に気付いたとばかりの反応を取った。そしてどうしてだろうと真剣な表情で考え込み始めるのを見やって、青年ドワーフたちは呆れたように嘆息する。 結局、イツハは『フィーリング…?』と曖昧で不確かな答えを導き出し、さらに二人のため息を深くさせるのだった。 それからすぐに寝るに邪魔なものを取り除き終わると他の者たちもやるべきことを終えたらしく、次々整えたスペースにごろりと横になっていく。火の世話と見張りも兼ねて今回はフィーリとキーリが番をすると話がまとまっていた。 みんなが寝入る中、イツハは風除けのため岩壁にできた窪みに設けられた焚き火の側に腰を下ろす兄弟の横で、武器の具合を確かめる作業に没頭していた。眠る気配のない彼女に、引き続き呆れた様子でフィーリが言う。 「イツハ、眠らないのか…?」 「んー…武器の手入れが終わったらー」 手元から視線を離さず、少し生返事に近い言葉が返ってくるとフィーリはやれやれとばかりに苦笑した。 対してキーリは隣から興味深げに作業を覗きこんで、見たことない武器だと口にする。やはりこれにも視線を上げぬまま、手慣れた工程を続けつつ簡単に説明するイツハである。 今、彼女が手入れをしているのは弩をかなり小型にしたもので、腕に装着して使用する武器だ。常に装備する武器ではなく、決められたときのみ使用するものであるがその使いどきに整備不良となれば笑えない。そのため毎日こうして手入れをしているのである。 「あちらでは狩人には欠かせないものだよ。でも高いから、狩人たちはまずこの武器を手に入れられるように腕を磨くんだ」 「へぇ…、腕、ね。ーーちなみに、イツハの腕ってどのくらいなんだ?」 「狩人の、ってこと?」 「んー…だったらまずはそっちで」 先を促すドワーフの口調におやとようやく顔を上げてイツハは彼を見やる。黒髪と精悍な顔がそこにあった。 生え揃わぬ髭がキーリの若さを示すものらしいが、それを特段気にした様子もなくあっけらかんと教えてくれたのは袋小路屋敷での一緒に片付けをしていたときのこと。年が近いように見える兄の方はしっかりと豊かな髭が伸びていて口髭を編んでいることを考えれば、彼の髭がそうなるのも近いのかもしれない。 そんなことを頭の隅で思いつつ、踊る炎を映すキーリの瞳に好奇心の灯火を見て取り、また炎を挟んで反対側に座るフィーリも似たような瞳をしているのも確認してイツハはぽりぽりと頬をかく。作業の手を止めて、口にするべき言葉を探した。 ポータルの一件で、あまり変わらないようでいてやはり、互いの日常には文化的に大きな差異があることを痛感している。またあのような反応をさせてしまうのは、本意ではなかった。 もっとも言葉探しはあまり順調ではなく、少しばかり顔をしかめながら言う。 「そうだな…。うーん、こちらに合わせて答えるとなるとちょっと考えちゃうよねぇ」 「…そんなに難しいものか?」 かく言う自分たちも彼女の力量を判断できずにいたことは棚に上げて、首をひねってみせるフィーリである。 イツハは頷いた。中つ国にはたくさんの種族が混在し、概ね住み分け合っている。だから種族ごとの社会が作られ、皆が皆、密に交流を持っているわけでもない。 「そっちの世界は違うのか?…そういや、ドワーフもホビットも知らなかったって言ってたっけ」 キーリの言葉にそうだとイツハは肯定して、簡単に違いを説明する。 彼女たちの世界にはキーリの挙げた二種族に加え、エルフや魔法使いという存在もなかった。大別されるのは人か人ではないかだ。もちろん人ではないものはもっと細かく分類されるのだけれども、今は不要な情報だろう。 つまりは自分たちと似た容姿を持つ他種族などいないわけで、構築される社会は規模が大きい。おまけに狩人は最も職業人口が多いため、一部は組織的であった。 「狩人のほうも狩られる獲物のほうも、ある程度ランク分けされててね」 「…強さの共通基準が作られてる、ってことだな」 「うん。だからだいたいそれで強さの判断をするんだ。…でも、ここでは通用しないでしょう?かといってこちらのことをあまり知らないから、それに変わるものとなると、ね」 「たしかに…難しい、か」 考え込むようにこぼれたフィーリのそれに、まあそういうことです、とおどけた調子で頷いてからイツハは肩をすくめてみせた。 己の世界でもそうであったが、ここ中つ国においても旅には危険とされる者たちからの襲撃が付き物のようである。道中で必ず戦いに及ぶことがあるだろうから、そのときにでも分かるさとイツハは告げる。 そのとき、きらりと青年ドワーフ二人の目が輝いた。その前に試してしまうという手もあるぞと、不敵に笑う。 いつ、どんな形でどれほどの敵と戦うことになるかが未知数な以上、先に彼女の実力を測っておきたいというのが、年長者たちの本音だろう。フィーリとキーリにとっては単純に手合わせしてみたいという好奇心のほうが勝っての発言だったけれども。 途中から手入れを再開していたイツハだったが青年らの言葉に動きを止める。そして『あー…』と小さくもらした。明らかに乗り気ではないその声に、兄弟はおやと思う。 ドワーフの男たちに混じっても何ら臆しない豪胆な彼女は狩人という職業柄なのか、自分たちとどこか似通っているところがあると二人は考えていた。賭けのときの表情や言動もそう考える一端で、だからこそすぐさま彼女も賛同すると踏んでいたのだが困ったように頬をかいてどうしようかと悩んでいる。 「喜んでやろうって言いそうだと思ったが」 「だよな」 青年たちが思ったことを素直に口にすると、苦笑しつつ肩をすくめるイツハだった。 「戦うのってあまり好きじゃないんだよね」 「「どの口がそれを言う」」 「ドラゴン狩りだとあれだけ嬉しそうにしてた奴が、好きじゃないだって?」 「まったくだ。言い訳としてはお粗末すぎるぞ」 心底呆れた様子でじっとりと見据えられても苦笑を湛えたまま、イツハは自分たち部族の性質なのだと説明する。 根本的に緑の民は戦いを厭う。特に人に対し武器を向けることを大いに嫌った。 もちろん緑の民にも狩人を生業としている者は少なくないし、狩人としての腕を上げるための鍛錬においては仲間同士手合わせをすることも勿論ある。だがそれは避けて通れぬ道であるからこそで、避けられる場合はとことん避けるのがスタンスなのだ。 またそれ故に緑の民の狩人たちは皆が生粋の狩人であるからして、どの部族よりも狩りを楽しむのである。 まあそういうわけだから、実践で自分の腕を判断してくれとやんわりとした口調ながら断る彼女に、無理強いする趣味もない青年たちは、仕方ないかとあっさり引き下がった。
18.01.22
OP病弱主をのんびり修正中。