イツハは昔を回顧した。眠っていた好奇心を呼び起こされ、それを自ら解放することを選んだビルボに興味津々で尋ねられたからだ。 どうやって中つ国にやってきたのと彼は問うた。若い兄弟を筆頭に俺たちも聞きたいと何人かのドワーフが同調し、沈黙を保つ者も気にはなるらしい。意識を向けられているのを感じて内心苦笑をこぼしながら、イツハは人生の分岐点に思いを馳せた。 あれはしばらくぶりにドラゴンを狩りたいと標的探しをしていて、けれどあまりいい情報がなかったため武器の調達も兼ねて別の地域に飛ぼうとしたときのことだ。少し値は張るが長距離移動において非常に便利なポータルを、いつもの様にイツハは利用した。 体を包み込む感覚も移動中の感覚も到着後の感覚も、全てが何ら変わらず普段通り。だというのに、どういうわけか移動先に指定していないどころか見知らぬ大地に立っていたのだ。 初めは、ポータルの誤作動だろう。仕方がない、またポータルを使わねば。ーーーーそう思った。しかし後ろを振り返ればあるはずのポータルはなく、巨大な岩石が存在を主張しているのみである。 「そのときは何が何やら分からなかったんだけど、あとからよくよく考えてやっぱりポータルの誤作動でこちらに飛ばされてきたんじゃないかと思って」 どういう絡繰りでもって異世界にやって来るなどという摩訶不思議なことが生じたのか。己の見解を述べるイツハに耳を傾けていた者たちは少しも相槌を打つことなどできなかった。 けれど、年の功なのか一番の年長者白のドワーフーーバーリンがこほんと咳払いを一つし、それでも『あー…』とか『えー…』とか言葉に詰まりながらイツハへ口を挟む。それは誰もが抱いた疑問だった。 「…話の腰を折ってすまないが、ーーポータル、とは…?」 「え…?」 イツハはおずおず発された言葉にきょとんとしたのち、ああそうかと手を打つ。ごめんごめんと申し訳なさそうに謝り、どうやって動かすのかとかは省くね、と前置きして説明した。 「ポータルっていうのは移動装置のことだよ」 ドワーフとホビットの頭上に、はてなが一つ浮かぶ。眉がひそめられる。 「魔石と呼ばれるものを利用した装置で、ポータルがある地点同士の時空と時空を繋げてその間の距離をゼロにすることができるんだ」 今度は二つ、彼らの頭上にはてなが浮かんだ。さらにぐぐっと眉根が寄せられた。けれど異世界人はそれに気付くことなく説明を続ける。 「そしてその特殊な空間に体をシンクロさせるというか同調させることによって空間移動を可能にした、狩人は割りと頻繁にお世話になる装置でね。どこでも任意の場所にというわけではないけれど、いくら離れていてもポータルがあればその距離をゼロにしてしまえるんだもの。やっぱり誤作動しても使わずにはいられないというかだけどちょっと懐にはやさしくないというかーー」 「イツハ。これ、イツハ」 「ーーはい?」 少し熱が入りすぎて途中からポータルに対しての感想になりつつあった彼女を止めたのは灰色のガンダルフである。呆れた調子で名を呼ばれ、少し間抜けな返事をしてイツハは我に返る。必要ないことを喋り過ぎて肝心の結論がまだだったと反省と照れを見せて苦笑し、申し訳ないとこぼすイツハだったが、魔法使いはゆるゆると首を振って彼女のそれが的はずれであることを示した。 小首を傾げて不思議そうにするイツハにガンダルフはあれを見よと促した。視線を動かせば、どうしたことだろうか。一様にぽかんとしているドワーフとホビットの姿がある。彼らの頭上に『はてな』がひしめいていることを見て取り、たしかに己の弁明は的はずれであったらしいとイツハは悟った。 普段は強面の厳しい表情をしている者たちですらそうなのだから、彼女が思わず無言になるのも当然のことであろう。 ーーーーもちろんトーリンも例にもれず、眉間に深い皺を刻んだ状態ではてなを浮かべている。おそらくこれは非常に珍しい、ある種貴重ともいえる彼の表情かもしれない。 「…え?時空?」 「距離をゼロって、どういう意味だ?」 「シンクロ?同調??」 「あー、ちくしょうめ!わけが分かんねぇぜ…!」 「……空間、移動…?って、つまり??」 「移動装置?……装置??」 「ようするに、どうやって移動するんだ…?」 「俺に聞くなよ…!」 「時空と時空を…繋ぐって、何……??」 そんなことをイツハが思っている間に彼らは顔を見合わせあって戸惑いの滲む疑問を吐露していた。 嗚呼、やはり先ほどの彼らの反応は日常には登場せぬ言葉の羅列による困惑からか。理解して異世界人は現状を打破すべく、慌てながらもこうなれば一等シンプルな説明にしてやると声を上げた。 「つまり…!ポータルを使うと別のポータルへの瞬間移動ができてしまう、ってこと!」 「…まったく、便利な魔法があったもんじゃわい」 半ば挑戦的にこれでどうだと言い放ったイツハであるが、実際のところ肩をすくめるようにして発したガンダルフの発言のほうが、ドワーフとホビットには分かりやすいものだった。なるほど魔法かと、それならば自分たちにその仕組みなど理解できるはずもないと、表情を一転。からから笑い出す面々を見やってがっくりと肩を落とす。 異文化交流ならびに異世界交流の難しさを噛みしめる彼女に、ガンダルフがぱちりと片目をつぶって合図した。助けてくれた彼にさすが本当の魔法使いだとイツハは苦笑をこぼして応じる。 「人が悪いよなぁ、イツハも」 「うむ、最初から魔法だと言ってくれればすぐに理解できたものを」 もっともフィーリとバーリンに、にかっとした笑みで言われて再び少しだけ落ち込む。 「…はぁ。今更そのポータルが誤作動して何故か異世界との時空を繋げちゃったみたいでこちらに飛ばされたー、とか言っても結局ぽかんとされたあと魔法で片付けられそうだよね。いや、絶対片付けられる」 「イツハ?どうしたのぶつぶつと…、どこか具合でも悪い……?」 「心配しなくても大丈夫だよ、ビルボ。ちょっと痛感しただけだから。気にしないで」 「ええっと、そう…?大丈夫ならよかった」 何でもないとにこり笑えば釣られるようにビルボも表情を緩め、安心したように頷いた。そしてやはり、とても難しい魔法が失敗して見知らぬ中つ国に来てしまった挙句、戻り方も分からないんだねと同情されてしまうが、彼の優しさにすっかり癒やされてしまうイツハである。 でも、知らない場所に放り出された状態で心細くはなかったのかと再び眉根を僅かばかり寄せて、ビルボはさらに問うた。もしも自分が同じ状態に置かれたらば、とても落ち着いてはいられない。怖くて不安で仕方がないはずだ。こうして大人数の冒険でさえ、未知なる場所へ踏み込むことにどきどきと心臓が落ち着かないのだから。ーーーー無論、好奇心による胸の高鳴りのほうが大きいことは確かだけれども。 イツハは少しだけ考えを巡らせるように顎に手を当てて視線を上にやり、間延びした調子でわりと大丈夫だったかなあと呟いた。 部隊を組んでの狩りもよく行ったが、基本的には一人で行動をしていることが多かった。何の情報もない未開の地を進むこともままあったので、悲観的にも取り乱すことにもなりはしなかったことは幸いだったと客観的にイツハは思う。 だからといって驚かなかったわけでも混乱しなかったわけでもない。当然、郷愁も募った。世界と世界と繋ぐ大それたすべなど、イツハ自身が持ち合わせているわけではないのだ。本当に帰れる方法があるのかさえ、定かではない。 もっともそれを全てそのまま伝えれば心優しきホビットが顔を暗くすることは目に見えている。呟きのあとは『一人旅には慣れていたからね』とだけ付け加え、ライトな説明に務める。 否、付け加えようとしたが近くから聞こえてきた声にイツハは意識を持って行かれた。 「ーーフィーリ、見たか。伯父上があんな顔するなんてな…!」 思い出すような口ぶりで、初めて見たとばかりに楽しげと嬉しげの中間のような顔をしてキーリが言った。聞こえてきたワードに伯父上とは誰のことか、問いかけるビルボと一緒にイツハも首を傾げる。 もっともそれはフィーリにとって、げっ、と顔色を変えるに十分な発言であった。キーリなりに声をひそめていたつもりらしいが興奮のほうが勝ってしまい、決して小声のレベルに収まっていなかったからだ。馬鹿野郎とそれこそ小声で弟を小突くがもちろん、時すでに遅し、である。 射抜かんばかりの視線と鋭い声音で名を呼ばれたキーリはぎくりと悪戯が見つかった子どものように、首をすくめる。急斜面の細い道を前にして、此処から先は無駄な喋りは無用だと。声を張り上げたわけでもないのに恐ろしく威圧に満ちたトーリンの声が落ち、キーリだけでなく他のドワーフ何人かにホビットもびくりと体を揺らした。 なるほど伯父上とはトーリンのことらしいと納得しつつ、彼にそんな顔をさせる羽目を作った張本人であるイツハは若干引き攣った苦笑いを貼り付け、心の中でごめんなさいと謝る。 崖にできた坂道のようなそこを、一人ずつ進んでいく。 まだまだ聞きたいことはあったがたしかに並んで通れる道でもないため、ーーーーそもそもトーリンの言葉に逆らうこと自体がとんでもなく恐ろしく、しっかと口を噤み残っていたビルボも道に入った。続きは後日に持ち越しとなる。 一方、キーリはあまり堪えた様子など見せず、しまったなあといったようにがしがし頭をかいてビルボの後ろについた。 「……なんか、キーリっぽいね」 「…兄貴の俺は肝が冷えるけどな」 最後の二人はそんな言葉を交わす。苦笑と一緒に肩をすくめ、苦労が絶えないとうそぶくフィーリにくすりと小さな笑みをこぼしてイツハも坂道に馬を進めた。
18.01.22
OP病弱主をのんびり修正中。