片思い殺人事件の続き







轟にかかってしまっていた個性は昨日、解除した。W自然に解けたWのではなくW解除したWから、確かめるまでもなく確実だし、しばらく轟は俺の個性にはかからない。

これは一応過去に実家のペットの猫で検証させてもらったことあるけど、最低でも3か月はかからなかったから、まあ人間も同様にそのレベルの期間で間違いはないはずだ。そういえばそのとき猫にチューしたのをファーストキスにカウントするかどうか、それは結構難しい問題だからここテストに出ます。



俺の個性は洗脳や催眠と違い、かかっている間の記憶は普通にあるので、たぶん轟は今頃、すごい後悔や嫌悪感に苛まれてると思う。まあものすごく嫌われている身で話しかけるのは勇気が要るけど、合同演習とかで気まずくなんのもやだし、次に実習で会ったときには、パパッと謝ろうと思っていた。

そう、とにかく、確実に解除したし、かなり長期的な再発防止策だったはず。だから、次の日にもB組の教室に来た轟に、俺は本当にびっくりして変な声が出た。

「好きだ」と昨日と変わらず言う轟に、クラスメイトたちはもう誰も反応しちゃいない。でもおかしい。昨日絶対に、解除のために、キ………、あーもう思い出したら恥ずい死ぬ……! 
でも本当になんで。俺が、俺だけが、この状況を分かってない。




そして今、一限目の授業が始まるチャイムの音に構わず、轟を連れ出していた。なんとなく足が向かった先は、昨日過ごした場所と同じ場所だった。授業に遅れることは謝った。

「……轟、おまえ、どうなってんの?」
「どう、ってなんだ?」
「ふざけんなよ、俺の個性は昨日、き、キス、で、絶対確実に解除したし!もう俺に、好きとか、言う必要ねぇだろ!」

きょとん、と首を傾げた轟は、しばらくしてぼっと顔を赤くした。なんだったら左からちょっと火出てた。危ないなコイツ。顔から火が出る、が比喩じゃなく現実に起こるのか。
ていうかどういう感情だよ。嫌いな奴、しかも男に、勝手にキスされたんだぞ。もしかして俺の恥ずかしさが伝染した?それは悪かった。

「あれ、やっぱりキス、だったのか……?」
「───そう、だよ。解除のためとはいえ、勝手なことして、悪かったって思ってる。気ィ済むまでぶん殴って良い」

「……わりぃ。殴らねぇしそもそも、個性はだいぶ前に解けてた、と思う」
「は……?」

いや、…………………は?

轟の言葉の意味を理解するのに、10秒はかかった。何言ってんだ、いや普通に冗談か、でも轟がこういう場面で冗談言えるタイプには見えないけど。夢、にしては自分の冷や汗と動悸の感覚がやたらリアルだ。

「個性にかかったらしいって時から10分経たねぇくらいに、それまでにあったふわふわした感覚はなくなってたから、ああアレがナマエの個性だったんだな、と思って」

そこで解けてたんだったらなんで。そのまま俺に近づかないでいてくれたら。話しかけなければ。俺がおまえから好きって言われることも、その結果おまえを好きになることもなかったのに。

ていうか、すぐに解けてたらなんで、次の日いきなり俺に好きって言ったんだよ。

「……なんでって、ナマエ、おまえ結構鈍いんだな」
「…………声出てた?」
「ああ」

轟は「わりぃ」と言って、俺との距離を詰めた。謝るのは俺のほうだと言うと、違うと首を横にふる。イケメンっていうのはそんな仕草もサマになるからずるいよな。

「俺、こういうことに頭使うのは苦手だったと思ってた。けど、自分が思うより狡いヤツだったみてぇだ」
「…………?」
「ナマエを騙したんだ。個性、かかってるフリして、一緒に、居たくて」

騙した、個性、かかってるフリ。だめだキャパに収まらなくて理解ができない。俺勉強はそこまでできない方じゃないんだけど。でも理数系だから国語は苦手だし、だからだろうな。

どうせ叶わないことだからって、たとえば流れ星とかが流れたら心の中で呟いてみるとか、ランプの精とかが願い事叶えるっつってくれたら一番に願ってみたりとか。轟が言おうとしてることが、俺にとってそういうレベルのことに聞こえてくるなんて、とうとう俺は頭がおかしいらしい。


けど目の前に、俺よりもっと頭がおかしいかもしれない奴が一人いて、そいつの口は、いつものクールさからは程遠いほどつらつらと言葉を並べてくもんだから、俺は置いてかれたままだ。ちょっと待って。スピード落として。俺追いつけてないんだよ。


「……好きだ。ナマエがずっと好きだった。誰かを好きになったことなんかなかったから、どうしたら良いか分からなくて、クラスの奴に相談したら、『お前なら目を見てW好きWって言えば落とせる』って言われたから、言ったけど……。一回言っただけじゃお前落ちなかったから、ずっと言い続けねぇと振り向かせられねえと思って」
「……………」
「けど毎日言うには、個性にかかったことにしねえと、さすがに引かれると、思ったから」

俺が今とんでもなく情けない顔をしているだろうことは、鏡を見なくても分かった。ちなみに、轟からの好き、は通算23回目になる。
とりあえず言いたい。

「……回数の問題じゃねーだろ……」

他にも言いたいことは色々あったけど多すぎて逆に分からず、そう呟いた。嘘です。回数の問題でした。チョロすぎる俺が悪いなこれは。

ああクソ、顔が熱い。俺が轟の個性だったら火でてると思う。その轟が俺の頬に触れる。触れてから、徐々にひんやりとした程よい冷たさになる手。ああ、右手か。便利な個性だなホント。

「好き、だ。俺に、ナマエの個性があったらって、ずっとそういう最低なこと考えてた。でもそれぐらい好きだから、だからナマエも、俺を好きになってくれ」

轟の手は冷たいはずなのに、冷やしてくれてる筈なのに、俺の顔は熱くなる一方だ。好きになってくれって、そんな告白あるか?ないわ。いくらイケメンっつったってそんな告白、アリかナシかで言ったらナシだ。けど俺はたまたま、偶然、そう偶然にもこのイケメンと同じ気持ちだったから、とりあえず頷いた。ここにたどり着くまでに25回目も言わせちまったけど、それは轟が悪い。

俺が首を縦に振ったことに、轟は首を傾げる。天然王子め。

「……なってる」
「え?」
「もう、好きに、なってる」
「……………」
「……………」
「……………」

「なんか言えよ」
「……抱きしめて、いいか」
「…………どーぞ、」
「………………キスは」
「……………………………どーぞ」

かばっ、と前振り無しで抱きしめられて、身体がぶつかる感じの感触がした。力加減が下手くそすぎない?あと手の位置が腰の下らへんだから何か変にざわざわすんだけどわざとか?いや無意識だろうな。余計にタチ悪い。

しばらくそうしていると腕が緩んで、身体が離れた。顎に控えめに指が添えられて、一瞬視線がぶつかる。あーマジでイケメン。睫毛なが。そりゃモテるわ。「ナマエ、目、閉じてくれ」と轟が恥ずかしそうに言う。確かにじっと見すぎたかもしれない。轟のWお願いWを聞いてやると、すぐにふに、と触れる唇。

こないだのも悪くねぇけど、コレをファーストキスだってことにする、と嬉しそうに言う轟に、俺は苦し紛れに「俺のファーストキスは実家の猫だ」と言っておいた。






「……そういえば、10分で個性解けたって言ったっけ?」

そう、魅了のかかり方や期間は、それはもう明確な個人差がある。これは実は、クラスの奴らにも詳しく説明したことがない。
だから当然、轟も知らない。

「あぁ……、さっきは10分って言ったけど、たぶん実際には5分ちょっとくらいだな」

俺のことが好き(もちろん親愛・友愛の意味で)な人間のほうが効果は薄くて、逆に俺を嫌いな人間のほうが、その反動で魅了されやすい。振り幅も大きく、期間も長くなり、お願いも効きやすくなる。


「お前の個性、もうちょっと効き目長くなかったか?」
「あー、うん、かかり方に個人差、あるからな………」

この個性が5分そこらで解除されたことなんて、未だかつてない。つまり、まあ、そういうことらしい。

容疑者:X、罪状:恋

愛という名の終身刑に処す

Thank you 5,000 hit.
2019.05.18