今日もいつも通り、夏油の代わりとして抱かれて、行為が終われば服を整える。時刻は深夜2時。終わるのは大体が今日みたいな時間だが、数時間後にはまた出勤しているとはいえ、シャワーを浴びたいし明日の着替えがないしで、当たり前だがいつも一旦家に帰る。

 基本的に俺が自分のタオルで身体を拭いたり服を着ている間、五条は何も話さないし、こちらを一切見ることなくスマホを弄っている。それはそうだ。出来る限り気配を消そうとも、ごそごそと支度をする疎ましい俺の存在をどうしても感じてしまう。最愛の親友を抱いた後に嫌いな人間の後処理を視界に入れるなんて考えられないだろう。
 当たり前に俺には目もくれずスマホを熱心に見ているから、次の任務の詳細でも確認しているのかもしれない。

 それがお決まりのルーティンだったのに、今日は違った。

「シャワー、浴びていきなよ」
「………」
「……ねえ。聞いてるの」
「……え、あ、俺……?」
「きみ以外に誰がいるんだよ」

 五条がこの部屋で俺に話しかけるなんて無かったから、驚いて思考がフリーズした。一瞬こちらを見たがすぐに元のスマホを弄る体勢に戻り、依然として目線は画面を見続けたままだ。

「ごめん、少し驚いただけ。シャワーは悪いから良いよ。タクシー乗ればすぐ家だし」
「………そう」
「うん」

 余韻に浸ることなんか俺には許されてない。この部屋にいる間はW夏油傑Wとしての役割しか与えられていないから、みょうじなまえとしての会話は必要最小限にすると決めている。そもそも、会話を弾ませるような仲じゃない。世間一般に当てはめる関係を探すのなら、セフレという関係が一番近いだろう。誰かの代わりという点で、むしろそれ以下かもしれないけど。

 抱かれるのは初めてじゃないから、身体の負担は気にならない。それこそ、五条への気持ちを拗らせすぎて、バーで誘ってきた非術師の男と関係を持ったこともある。一番最初に相手にしたその男は慣れていて、初めての行為は終始気持ちがよかったのを覚えている。
 好きな人がいるからその代わりに抱いてくれと興醒めするようなことを言った俺を受け入れ、何度か夜を過ごしたその男とはもう関係を持っていないが、あれは恐らくセフレという部類に入るだろう。

 少なくとも五条との行為や五条の俺への感情に比べれば、ひどく愛情に似ている気がすると錯覚するほどの、どろどろに甘く、心も身体も蕩けるようなセックスだった記憶がある。

 服を着て荷物を持って、何も言わずに部屋を出て行く。やけに視線が刺さった気がしたけれど、たぶん思い過ごしだろう。





 そう思っていたけれど、そのとき感じた違和感はどうやら気のせいではなかったらしく、五条はその頃から少し、様子が変わっていった。何をしていてもなんとなく、視線を感じるのだ。

 生徒に呪具を使った体術を教えているときに関しては見張られているのだろうなと思っていた。だけど、自分の任務の報告書を書いている時、スマホを触っている時、京都校の後輩と任務のことで電話をしているときなど、今までは五条の視界にすら入っていなかったはずの場面でも、見られている気がする。

 何かしただろうか。思い当たる節が何一つ無く、しかしだからこそ何かしでかしたんだろう。理由が分からなければ改善することもできない。

 この数ヶ月で、五条の機嫌を損ねることはだいたい判るようになっていたつもりだった。ただでさえ忙しい五条のストレスになりたくない。それに五条の虫の居所が悪くなると補助監督たちも怯えるだろうし、生徒にも少なからず悪影響だろう。
 そしてこれは私情だけど、たとえ夏油の代わりだとしてもどうせ抱かれるのなら最初から最後まで優しくされたいし、五条にだって気持ちよくなってほしい。気分が沈んでいる時や苛立っている時には手放しで快楽を享受できないだろうから、だからこそ普段の生活で五条に迷惑がかかることや、五条の生徒に影響することはしていない。

 極力こちらからは接触せず、かといって避けすぎると何か隠し事があると思われるから適度に目に止まる範囲で行動する。それを心がけていて、家入さんに話してしまったことで起こった最初の一回は失敗したけれど、その後は何事もなく過ごせていたのに。

 しかし見られているというだけで、五条から特に話しかけてくることはなく、俺からそれを指摘するのもそれこそ機嫌を損ねそうで出来なくて、理由も経緯も何も分からないままに時間は過ぎていった。