京都校へ戻ってきて数ヶ月が過ぎた。戻ってきた当初、生徒たちには「もう東京にかぶれたのかと思った」「そのまま引き抜きにあったんだろうなと思ってた」などと散々な言われようだったので、とりあえず手合わせの相手をしておいた。

「みょうじ先生、もしかして東京で彼女できた?」
「……うん?」
「なんか心ここに在らずって感じじゃない?」

 遠距離恋愛でもしてるのかと思って、なんてませたことを言う真依にため息を吐いて「馬鹿なこと言う暇があったら鍛錬しろ」と頭を小突いた。

 それにしたって、心ここに在らずなんて言葉を自分に対してかけられるとは思わなかった。今の俺は周囲にどう見えているのだろうか。五条のことを考えないつもりでいるのに、それがつまり五条のことを考えていることの証明な気がしてしまっていけない。

 とにかく、生徒にまで何かを勘付かれるのはいただけない。前と違うことはなんだ。そう考えて行き着いたのは、欲求不満なのだろうか? ということだった。東京にいた時はたしかに週1回は行為に及んでいたから、体が欲しているのも不思議ではないかもしれない。そういう気分にならなかったと感じて特に何もしていなかったが溜まるものはあるはずだ。

 スマホを開き、もう暫く会っていなかった男──おれを初めて抱いた男に連絡した。

 もちろんその男に会うのは一年振りで、本命が出来ていて断られる可能性なんかもあったが、結果として数十分後に了承の連絡が来たので日時を決める端的なやり取りをしてメッセージアプリを閉じた。

 初めてのこの身体に優しいセックスをして快楽を刻んだ男。改めてその男に優しく抱かれれば、五条に抱かれた残り香を上書きしてくれれば、心からも体からも記憶を追い出して忘れられるかもしれないと思った。











 久しぶりに感じる行為後特有のだるさを感じながら目を覚ます。互いにメリットを求めるだけの都合の良い関係なのに、わざわざ腕枕なんてものまでして隣に寝ている男。

 この男とはバーで知り合って、初対面だと言うのにやたら熱心に口説かれたのを覚えている。五条を忘れられるかもしれないと思って誘いに乗ったのがそもそもの始まりだった。

 自分には好きになってしまった男がいるから無理だと言う俺に対し、代わりでもいいしセフレでいい、絶対に気持ちよくするからとなんとも直情的な言葉だらけの口説き文句だったけど、まあ結果として所謂処女(もちろんそんな可愛らしいものではないことは重々承知しているけれど)ではなかったことで五条と繋がることができたのだから経験しておいて良かったのかもしれない。

 ただのセフレとはいえどれだけ回数を経てもムードを大切にする奴で、いつもまるで恋人同士みたいな触れ合いをする。
 最中は唇へのキスこそ俺が許可していないものの、体中に口付けて「かわいい」だの「好き」だのと甘やかす言葉を忘れない。前戯は丁寧過ぎるほどに時間をかけ、挿入してから動くまでは一呼吸置いてナカが質量に慣れる時間をくれる。奥を突く時はそれなりに容赦がない時もあるが、それでも時々止まってくれて息をしろと促し、その間は一切動かずに額やら頬にキスをする。

 こうして事が終わっても俺のことを置いてベッドから居なくなることはない。基本は俺の方が早く目が覚めるけど、俺よりも早く起きた時には腕枕をしながらスマホをいじったりしているらしく、起きたら笑顔で「おはよう」と言って、身体は平気かと毎回気遣われる。


 全て正反対だ。こういう男を好きになれたらきっと違っただろう。五条を除けばこの男以外に抱かれる気はもう無いから特別であることは間違いないが、じゃあ好きかと言われると少し違う。

 いつだったか、男に「なまえはその人のどこが好きなの?」と五条のことを聞かれたとき、あの精悍な顔立ちや美しい眼や唯一無二の強さじゃなくW脆さWと答えそうになり、「解らないけどなんとなく、側にいたいだけ」と答えた自分はそれこそ訳の分からない人間に映ったに違いない。
 




「ん……、おはよう。まだ夜だけど」
「……おはよ」
「身体は大丈夫?」
「問題ないよ」

 男の言葉通り1時を示す時計が視界に入り、変な時間に目覚めてしまったらしいことが分かる。行為のあと少しだけ眠ってしまったのだと推測できる。「シャワー浴びてくる」とベッドから降りようとした時、男の腕がやんわりとそれを制した。後ろから縋るように抱きつかれ、うなじにキスをされる。今まであまり俺の行動を制限するようなことは無かったので意外なその仕草に戸惑っていると、ベッドサイドに置いていた俺の携帯が着信を知らせた。
 ───W五条Wというその名前を見て、呼吸が止まる。

「すごい時間にかけてくるね。仕事の人? 出てもいいよ」
「……いや、大丈夫」
「………、ふぅん?」

 声をかけられたことでようやく我に帰り、少し指先を彷徨わせた末に赤の終話ボタンを押した。

 男が後ろからそっと俺の腰を抱き、もう一方の手が胸の辺りをゆるゆると触るので、端的に昨夜を思い起こされて息が詰まるけれど、なんとなく好きにさせる。上塗りしてほしいという願望があるのかもしれない。そのままキスを求められるような体勢になり、今までは拒否していたそれを受け入れた。男は俺の行動に驚いたのかぽかんとしていて、それが少し可笑しかった。











 明け方に帰路につけば、家の前に誰かがいる気配がする。適当に充てがわれた戸建ての家だが表札なんか出していないし、そもそもこの家を知っている人間なんてそう居ない。
 不審には思うものの、たとえば一般人であれば必要に応じて捻じ伏せればいいし、呪力は感じないがもし万が一呪霊なら祓えばいいだけ。

「………は、」

 だけどそこにいたのがもう二度と会いたくないと思っていた人によく似ていて、思わず足が止まる。いつも通りの真っ黒な服を着ているけれど、それよりもその体を折りたたむようにしてしゃがみ込み、腕に顔を埋めていた。

 暗闇でも分かる銀髪は五条以外ありえないのに文字通り小さく見えて、俺はさっきまで一緒にいた男に過去に言いかけた、五条のW脆さWを思い浮かべた。