五条との初めてのキスは、何が起きているのか分からなかった。触れるだけのそれに呼吸を置き去りにされて、気付いたら目の前に五条の顔があった。

 2回目のキスは胸がぐちゃぐちゃになった。好きだと言われ、誘われるように自分の気持ちを吐露して、それを最後まで言い終える前に唇が触れた。今思えば忍び込んだ舌には少し逸る気持ちが乗せられていて、五条の心情を表しているのかもしれないと思うとまた心臓が掻き乱された。

 そして、今。噛み付くようなキスは俺の舌や唇を甘く食んでは優しく触れて絡めて、そのくせ余裕なく求められているような切実さも感じる。呼吸がうまくできなくて苦しい。だけどそれより何より、心臓が痛くて苦しい。
 五条は合間に何度も俺の名前を呼んで、後頭部と腰に回された腕は縋るように俺を強く抱き寄せる。肌を隔てるジャケットやシャツを互いに纏っているのに、触れたところが溶けてくっつくんじゃないかと思うほど、ぴたりと抱きしめられてまた唇が触れる。

「……っん……は、ぁ」
「ごめん、……止まんない」

 思考も酸素も追いつかない俺に構わず、再び長い舌が捩じ込まれた。歯列をなぞって舌が絡められて、ぞくぞくと背中に快感が走る。気持ちいい。最近抜いてなかったし、だめだこれ、勃つ、かも。

「……我慢できなかった。ごめん」

 俺と同じとはいかないまでも珍しく息を乱した五条の、星を閉じ込めたように煌めく空色の眼の奥に、まるで空腹に耐える獣のような情欲が見える気がした。抱き抱えられるようにして密着しているからきっと俺のが当たっているのは気付かれているだろう。そして五条の熱も少し昂っていることにも気付いてしまったから、もう拒めそうになかった。










 シャワーを浴びたいという要望は聞き入れられず、もつれるようにキスしながらジャケットが脱ぎ落とされようとしている中で、スーツの送り主のことが一瞬頭に浮かんで「待って」と制すると、五条はほんの一瞬だけ僅かに唇を尖らせたけれどその手を止めてくれた。

「スーツ皺になる、から」

 せめてジャケットだけでも畳むなりどこかへかけるなりしたいということを言外に訴えると、五条は目に見えて不機嫌な顔をした。拗ねるという言葉を使うにしては少々獰猛な目つきをしている気がして、ライオンを宥める猛獣使いにでもなった気分になる。

 一瞬聞き入れてくれたと思っていた五条はやたらと丁寧な手つきで俺のジャケットを脱がせたかと思えば、多少なりともゆっくりと、だけどあっさりとそれをベッドの下に落とした。抗議する間もなく唇が塞がれて、そのままベッドのスプリングを背中で受け止めた。

「……冥さんとは、いつもああなの?」
「え……?」

 五条は俺に覆い被さってぽつりと言葉を溢し、そしてその後は何も言わずに首元に擦り寄った。肌を甘噛みされてはぬるりと舐められる。さっきは百獣の王を想像したけれど、しなやかに甘える仕草も相まって白銀の狼にでも懐かれた心地だ。たとえ懐かれていようが牙は間違いなく俺の肌をなぞっていて、きっと獲物を食べる機会を窺っているけれど。

 質問への回答を考えているうちに、五条は俺のシャツのボタンを外した。インナーの裾から手を差し入れられてたくし上げられれば、外気に触れた肌が少し震えた。スーツに関しては諦めておとなしくそれを受け止めていると、ぴたりと五条の動きが止まった。

「……何これ。香水?」
「え?」
「脱がせた瞬間に香るとか、えっろ……」
「っん、……っ」
「これ他の男と会う時はやってないよね」

 俺の腰元に鼻先をくっつけるようにして匂いを嗅ぐ五条にさすがに羞恥が募るが、ゆるゆると肌をなぞられるのが気持ちよくてどうしようもない。なんとか声を抑えるものの胸の先にその指先が触れて、今までの男に抱かれた時はそこまで感じなかったのに快感がせり上がってきて。やがて胎の奥が物足りなくてきゅうっと狭くなったように感じてしまう。

「…………ねえ、その顔さ、誘ってるって思っていいの?」
「……?」
「散々酷いことした僕の言えたことじゃないけど、今は無理やりはしたくない、から」

 堪えるような表情で俺を見下ろす五条の目は欲に濡れている。張り詰めた熱も視界の端に映ったのできっとそこそこ限界なんだろう。それなのに俺の答えを待ってくれるらしい。俺の中の浅ましい感情が、五条が自分で興奮しているという事実に唆されていく。──夏油じゃなくて、本気で俺を抱きたいと思っているなら。

「………ぃ」
「え?」
「……抱いて、ほしい……」

 言葉を選んでから発するまで、ほとんど無意識だった。言ってしまったのは自分なのに燃えるように顔が熱くて、五条の眼なんてまともに見られない。顔を晒して腕で目元を覆って、それでもやり過ごせない羞恥に逃げ出したくなっていると、五条が俺の手をゆっくりと退けた。薄く目を開けてどうにか見上げると、眉を寄せて苦しそうな、だけどどこか蕩けるような表情の五条と目が合った。

「……今日は、絶対に、優しくするから」

 限られた酸素から絞り出すように紡がれた声は、少し掠れていた。五条の唇が額に触れる。今はそれ以外何もされていないのにまるで深く求めるようなキスをされた時みたいに胸がぐちゃぐちゃで、苦しくて切なくて、そして怖いとすら感じるほどに幸せだと思った。