年越しだったり正月だったりというイベントには今まで特に縁がなかった。しかし今年は大晦日に冥さんからの頼みでどこぞの会員のみ参加するパーティーにパートナーとして出席することになり、年の瀬をやたら煌びやかな予定が彩る。五条は京都の実家に顔を出す必要があるらしく、ちょうど東京へ行く俺とすれ違う形になった。
このパーティーの話をした際に五条はものすごく嫌がっていたが、『僕が選んだ服を着てくれるならいいよ』という条件付きで許可が降りた。五条が嫌なら冥さんにはそう説明するとも伝えたけれど、オフを合わせるため時々冥さんに協力してもらっているので無碍にするのも違うという考えらしい。
パーティーを1ヶ月後に控えた11月下旬。仕事終わりに買い物デートと称して言われるがままに高級な店に入り、よくわからないVIPルームのようなところに通されて肩やら身幅やらを採寸された。その横で五条は何やら呪文のような専門用語を交えながらスラスラと店員と話をしているがまるで分からない。
いくつかのブランドの販売員らしき人が何人か来てスーツからシャツから色々と試着している間に五条が当たり前のようにブラックカードで決済をしていたのはもう見て見ぬふりをした。そのまま何も受け取らずに店を出て、五条は「2週間ぐらいで届けてくれるって」と至極当然のように言った。購入してそのまま持って帰るという買い物の仕方しか知らなかったけれど、これが富裕層の買い方らしい。
そこまでしなくてもと正直思ったけれどまあ惚れた弱みというやつか、恋人に着飾られるのが嬉しい気持ちもあって、特に反論もせずこくりと頷いた。
そうして軽い気持ちで五条の買い物(内容はほぼ俺のだけど五条が楽しそうだったので)に付き合ったのだけれど、財力を理解できていなかった俺は2週間後に届いたものを見て暫し固まった。
宅配なんかで来るのかなとぼんやり思っていたけど、五条の家にいる時にいたブランドの販売員とその上司らしき人が商品を届けてくれたことに驚いた。そして届いた商品の説明をしてくれているが、スリーピーススーツとシャツだけでなく革靴やネクタイやベルト、カフスに靴下、クラッチバッグまでもが購入品として説明されていくので、吃驚したどころの話ではない。
靴に関しては確かに店で試着した際に一旦履くだけだからと促されて足を入れた記憶はあるけれど、他は本当に知らない。けれど五条が店に要望したのだろうし、要らないと言うわけにもいかなかった。
「うん、いいね。よく似合ってる」
「……ありがとう」
「これでいいよ。わざわざごめんね」
「とんでもございません。またスーツのメンテナンス等ございましたらお呼びくださいませ」
仕立てたスーツのサイズの最終確認とのことで一式を着て見せた俺を見て五条は満足そうに頷いた。嬉しそうなその顔は好きだけど、今自分が身につけているものの総額を考えるとどうしていいやら分からない。だけどそもそも住んでいる世界が違って、生まれ持った資産から違う。感覚としてはきっと、俺にとっての一万円が五条にとっての百万円なのだ。
「あの、ご……、悟、ありがとう」
「……ん。あとこれも付けてね」
せっかく五条が俺に似合うものをと選んでくれたので改めて素直にお礼を言うと、五条は少し照れたような表情を見せた。二人きりの時は名前で呼ぶと決めたのでわざわざ言い直したけれど、それなりに意味はあったらしい。そこまでは良かったのに、どう見ても高そうな腕時計を渡されてまた固まる。いったい総額いくらのものを身に付けることになるのかとヒヤヒヤした。
そうして迎えたパーティー当日、冥さんは俺に会うなり「素敵なスーツだね」と目を細めた。
「スーツだけでなくシャツやカフスまで一級品だ。相変わらず愛されているね」
「……パッと見て分かるものですか?」
「白蝶貝のボタンや襟の運針の数なんかを見れば、高級で上品な品だというのは分かるものだよ。ちなみに、その時計の値段は聞いたかな?」
「…………敢えて聞かなかったのですが、今の冥さんの言葉で余計に聞けなくなりました」
「懸命な判断だ。パトロンが後ろにいると思わせるには十分だろうね」
いつも冥さんから送られてくる高そうなスーツも緊張するけれど、今回は恋人から贈られたスーツや小物を身につけていると思うとなんだかそわそわする。
それを悟られないようにしながら暫く冥さんをエスコートしていると、ふいに会場の一角が騒めいた。著名人でも来たのかと思ってふとそちらを見ると見慣れた銀髪が目に入って、グラスを待つ手を離しそうになった。
「五条……?」
「二週間ぶりだね。それ、やっぱりよく似合ってる」
「え、え? なんでここにいんの……?」
「まあ、たまにはね」
髪をセットして高級そうなスーツに身を包んだ五条がそこにいて、あまりに驚いてうまく話せない。すると答えになっていない返答で誤魔化した五条は、俺が手に持っていたグラスを俺の手ごと持ち上げて鼻を寄せた。アルコールの匂いに鼻を顰めた五条にグラスが奪われるのを他人事のように見つめる。
「冥さん、そろそろイイでしょ。返してもらうよ」
「構わないよ。挨拶回りもある程度終わったからね」
「え……?」
「WなまえW、おいで」
人がいるところでは名前呼びをすることはなかったし互いに触れないようにしていたはずなのに、五条はあっさりと名前を呼んでから俺の腰を抱いて歩き出した。慌てて歩く速度を合わせるけれどその表情は見えない。パーティーの会場だったホテルの宴会場を後にすると、五条はロビーへ向かわずそのままエレベーターに乗った。
「あの、五条……?」
「W悟Wでしょ」
五条に連れられて着いた部屋は階層的にもたぶんスイートルームで、透明な扉の向こうにあるバスルームにはバラか何かの花びらが浮かべられていた。一泊せいぜい10万円程度までのホテルしか泊まったことがないので相場が分からないけど、リビングやベッドルームと何かよく分からない部屋がいくつかあるようなこの広さと煌びやかな雰囲気は、間違いなくこの高級なホテルの中でも高額な部屋であることだけは確かだ。
「招待されてない人間がパーティーにがっつり参加するのはダメだけど、まあ色々誤魔化して迎えに来るぐらいなら良いよって冥さんが言うからさ」
「わざわざ着替えて迎えに来てくれたのか?」
「……冥さんばっかりズルいでしょ。僕だって、いつもと違う恋人と過ごしたいと思うこともあるし」
ちょっと拗ねたようなその表情は華やかな格好とのギャップがあって、今日はセットして前髪を分けているのでより分かりやすい。
いつもと違う恋人、というのは五条もだ。仕事着でも格好いいけれど、華やかなスーツを着た五条は心臓に悪い。サングラスをしていないので綺麗な蒼い眼がきらきらしていて、そこから目を逸らしても首元がなんとなく色っぽくて落ち着かない。
「……あのさ、そういう顔しないでよ。ゆっくり過ごそうと思ってたのに、今すぐ欲しくなる」
「え、しないのか……?」
「………」
あ、間違えたかもしれない、とは思った。少し呆れたような表情の中に欲を潜ませたその眼は言葉より雄弁で、ぜんぶを食べられる未来を予感した。
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昔から大晦日なんてものには大した興味はなく、ただの変わりない一日だという認識だった。幼少期は新年早々、家のよく分からない行事に連れ回されたのでそもそも年明けはめでたくもない。当主になってからはある程度好き勝手できるので、まあ年が明けたらどこかのタイミングで顔を出せたら出そう、ぐらいの間隔だった。教師になってからは生徒にお年玉をあげたりするので年の瀬になると多少その準備をする、その程度。
けれども今年はなまえが申し訳なさそうに「ごめん、大晦日なんだけど……」と切り出されてしばらく話を聞いてようやく、なまえが年越しを自分と過ごそうとしているのだと気付いた。なまえの中で一般的な恋人はそうするものだろうと考えているということを意味していて、それに一般的とはかけ離れた自分をも入れてくれたのだと思うとむず痒かった。
冥さんから声をかけられているというのは気に食わないが、しかし冥さんにはなまえとの休みを合わせるために仕事を肩代わりしてもらっている。他の術師に適当に押し付ける時もあるが、一級以上の術師にしか頼めない任務だってある。そういう時は報酬の3倍を支払うことで引き受けてもらっているのだ。時は金なり、とはよく言ったものだ。二人の時間は特別であり、たとえ金があっても時間というものは生み出せない。……いや、ある意味では金で時間を買えているとも言えるけれども。
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「ん……」
腕の中の恋人がみじろいだ。今日は早めに目が覚めたので、なまえを腕の中に招いてしばらくその体温を堪能していた。
「おはよ」
「……はよ……」
とろりと眠そうにしながらも瞼が持ち上げられたけれど、またゆっくりと目を閉じた。眠ってしまってもいい。大晦日に続き元日も休みを抑えてある。
「……さとる」
「ん?」
「あけまして、おめでとう……」
半分寝そうになりながらではあったけれど、なまえは確かにそう言った。実家でも仕事初めの時にもよく聞く言葉だ。けれども新年の一番最初に恋人から聞くその言葉は、年の終わりと始まりを一緒に過ごしたことの実感をくれた。
なまえは相当眠いようで、また目を閉じて動かなくなった。まあ、昨夜はそれはもうWお楽しみWだったので仕方ない。
昨日はスイートルームに着くなり、スーツがシワになるからと中断を促すなまえに構うことなく、自分が送ったそのスーツのままベッドに押し倒した。シャツのボタンを2つ3つ開ければ自分がいつか残した痕がちらりとこちらを煽っていたので止まれないのも仕方ない。そこへ顔を寄せて少し食むようにして吸い付けば、ぴくりと肩を震わせて大人しくなった。
なまえの抵抗が弱かったので、スーツはどうせクリーニングに出すからと説き伏せて行為を始めたけれど、シながら色々話をしていくとスーツ姿の僕に組み敷かれるのは悪くないと思ったらしい。かわいかったので、この堅苦しいスーツもたまには着てやろうかなと思った。
スーツのまま何度か繋がってから、せっかく大きなバスタブがあるからと風呂に誘ってイチャイチャして、上がってからバスローブに着替えたなまえを攫ってまたベッドに閉じ込めた。なまえは驚いてはいたもののこれが大晦日マジックか、後半は自分から僕の上に乗ってくれたりして文字通り乗り気だったので、興奮してつい無体を敷いてしまった自覚はある。とはいえ珍しく積極的ななまえに欲情するなという方が無理があるのでまあいいだろう。
「……当たってるぞ」
ようやく目が覚めてきたらしいなまえがまだ寝起きでぼんやりしているくせにそんなことを言うものだから、「おはよう」と再度呟いてから額にキスをして、ついでに熱を押し付けた。
「なまえの所為だから」
「何もしてないけど」
「昨日のこと思い出したらこうなるよ。しかもバスローブめちゃくちゃはだけてるし」
つう、と鎖骨のしたを指でなぞるとなまえの手でぺち、となんともやる気のない静止の意を示されて「お腹すいたから何か頼みたい」とはだけたバスローブのままルームサービスのメニューを見ていた。
「ねえ、とりあえず服着て」
「ルームサービスってそんなにすぐ来るのか?」
「違うよ。僕の目に毒でしょ。ホントに襲うよ」
「……さっきの、冗談だと思ってた」
「は? 本気だけど」
無防備ななまえがぱちぱちと目を丸くして驚きながらそんなことを言うので本気だと訴えたら、トコトコとこちらへ戻ってきて呑気にベッドに乗り上げたので、ひとまず腰を抱き寄せた。
「昨日あんな何回もしたのに、物足りなかった?」
「そんなわけ無いでしょ」
「……まあ、その、一回だけなら」
「………お腹空いたんじゃないの?」
「食った後にやるよりは先の方がいいかなって」
熱を受け入れる時には内臓が押し上げられる感覚があると聞くので、そういった意味での提案なのだと分かっている。けれども、疲れはあるはずなのに僕の要望を先に叶えようとしてくれること、そもそもまた行為に溺れることを当然のように組み込んでいることが、なんとも言えない興奮を煽る。
「……悟。一回だけだからな」
僕の何かを感じ取ったのか、もう一度諭すようにそう言葉にしたなまえの口を、自らの唇で塞いだ。実家には大晦日に既に一度帰っていることだし、数億程度つぎ込んで明日の仕事も冥さんに押し付けようか。なまえの肌に指を這わせながら、頭の片隅でそう呟いた。