ゼリーを完食した五条に薬を飲ませ、布団に押し込んだ。冷却シートも貼ってやると気持ちよさそうに目を細めていて、もともとの顔の良さからかそれがなんとも可愛く見えて、キスをしたくなった自分に気付いて死にたくなった。病人相手に何を考えているんだろうか。

 これ以上ここにいると本当に何かやらかしそうだと本気で思う。恋は盲目なんて言葉があるがまったくその通りだ。具合が悪い同僚に盛るなんてこと、正気の人間ならまずやらない。呪術師に正気なんてものを求める人間の方が、そもそもまともではないかもしれないが。

「……じゃあ、お大事に」

 とにかく見舞いの役割は果たしただろうと思って定型句を告げて立ち上がったら、服の裾をくん、と引っ張られる感覚。もう一度ストンと膝をつくことになり、不意を突かれたとはいえ随分と情けない体勢だと他人事のように思う。

 振り返ると五条が布団の隙間から手を出して俺の服を摘んでいて、まあもちろんこの場には五条しかいないのでそれに驚きはしなかったけど、それよりも一連の行動の意味を考えても分からず首を傾げた。

「どうした?」
「……もう、帰るの」
「うん」
「……、任務?」
「いや、任務は明日の夜まで無いけど……。何か必要なものでもある?」

 時刻は14時。この後は特に予定もないので時間的に余裕はあるけど、此処にいてもできることがない。米さえあればお粥とかなら作れるけど生米から作るのは時間がかかる上、俺の手作りなんかまず食べたくないだろうから却下。そもそもインスタントのを買ってきたので不要だ。
 着替えも枕元に用意したし替えの冷えピタも水もスポドリも枕元に置いてある。ゼリーはもう一つあるので、それもベッドサイドのテーブルでスタンバイしている。

 この家はコンビニもスーパーも、風邪をひいた人間が歩いて行くには少し遠い立地だから、何か必要なものがあれば代わりに買ってくることくらいはできるけど。

「食べるものなら一応、お粥買ってきてるから。2食分」
「……おかゆ……」
「うん」
「食べたい」

 食べたい。そんな辛そうな状態で言われると思わなくて数回繰り返してしまった瞬きにより、部屋を漂う沈黙が波打ってしまう。

「……え、今から?」
「…………あとで」
「うん……?」

 熱のせいか疲れのせいか、頭の回転が速い五条にしては珍しく、色々と支離滅裂だ。これはインスタントだから食べる時に作ればいいだけなんだけど、と色々説明しても、五条は分かったのかどうなのかぼーっとしている。
 もう適当に寝かせてしまおうと思って五条に布団をかけ直せば、ぽつりと五条が呟いた。

「お粥、つくって」
「え……? いや、でも」
「おまえの作ったのがいい」
「は、」
「それで、僕がおきるまで、ここにいてよ」

 その言葉を最後に五条は眠ったようで、穏やかな寝息が部屋に満ちた。もともと白い頬や首元は赤くなっていてまだ熱はありそうだけど、さっきまでより少し呼吸が楽になったようで、薬が効いていることに安堵する。

 さっきの言葉はどういう意味だろう。少しは信用されていると考えていいのだろうか? 分からなくてその寝顔を見つめるけれど、芸術品のように綺麗な顔があるだけだった。

 閉じられた睫毛は小さなベッドサイドの微かな照明すら反射してきらきらと光る。この髪と睫毛と、そして今は見えない蒼の瞳に、一目で捕らわれて頭から離れなくなった日のことはきっと忘れられない。

 そしてだからこそ、分かってる。

「……すぐる……」

 五条の寝言が寝室に舞って消えた。大丈夫。最初からちゃんと分かってる。あの頃から五条にとって、何にも代え難い一番の親友。この世の全部の術師を合わせても届かないんじゃないかとすら思えるほど強い五条の、その隣に立つことを赦された唯一。

 ちゃんと分かってる。熱に浮かされて甘えるような声が、素直でいじらしいとも思えるような言葉が、まさか自分に向けられたものなんかじゃないってことぐらい。