五条は体調が回復したと同時に任務を充てがわれ、出張へと向かったらしい。上層部は馬鹿なのか? 五条がいくら強いからって、体調が万全でなければ呪力操作も鈍るし、そもそも術式を使うのだってそれが強力であればあるほど集中力を要する。

 五条は呪力のコントロールと体術とを含めたその全てが完璧と言っていいほど上手くて強くて、多少の無茶は六眼と無下限で押し通せるってだけ。同じ人間なんだから、万が一だってある。絶対大丈夫なんて言葉は、たとえ五条にだって当てはまりやしないのに。

 つまるところ、嫌がらせだろう。ずっとあの強さの元に守られて生きてきたくせに、上の連中は本当に馬鹿だ。

 とはいえ五条は俺が心配なんてしたらまた不審に思うだろうから、担当の補助監督を調べてメールで連絡を入れることにした。遠方であってもスケジュール調整や呪霊の発生場所、そしてその場所への立ち入り交渉などを兼ねて、補助監督が同行するケースは多い。
 担当は伊地知くんだった。たしか2つ下の学年なのであまり関わりは無かったけど、日頃五条の無理難題を一番間近で見ている人間ということは東京へ来て早々に知ったので、彼なら話は早い。

『お疲れ様。五条は大丈夫? 病み上がりだから一応、様子を気にかけてもらいたくて。
 あと、俺から連絡したことは内緒にしておいて』

 簡潔にまとめて送信して、自分の仕事に戻る。そもそも五条がいる前ではなかなかケータイは見られないだろうしすぐに返事は返ってこないだろうと思っていたけど、案外すぐに返信が届いた。

『体調は大丈夫だと本人は仰って、確かに問題なさそうに見えるのですが、それにしてもいつもより静かで、それが余計に怖いです』

 とりあえず五条の体調に関しては心配いらないということと、伊地知くんが日々どれだけ胃を痛めているのかということが分かった。返事に対するお礼を返信したのち、帰りに薬局へ寄って胃薬とおすすめの栄養ドリンクでも買ってあげようかと思案しながら仕事へと向かった。





 今日は1年生の乙骨の任務に同行する日だ。呪力量が極めて多く、まだ未熟な体術を補って余りある。噂として聞いた話では特級仮想怨霊に呪われていたらしいけど、実際に話を聞いてみると乙骨が女の子呪っていたらしい。術式の自覚がないまま呪ってしまってそれが特級の怨霊になるなんて、無意識に暴発したとしてもとんでもない呪術の才能だ。五条とは縁遠い親戚らしく、その鬼才ぶりに納得した。

 特に危なげなく任務も終わり、帰路に着く。今回は近場だったことと俺の同行があったこと、あとは車が出払っていたこともあり、補助監督の付き添いはなかったので帰りも当然、公共交通機関を利用することになる。タクシーを呼ぶほどの距離でもなかったから人がまばらな電車に乗り込んで世間話をしていると、噂にしか聞いたことがないW里香ちゃんWの話になった。

「五条先生が言ってたんです。愛ほど歪んだ呪いは無いって」
「あぁ……。確かに、そうかもな」

 その言葉を聞いてまず思い浮かんだ人物に、我ながら呆れた。五条は誰かを呪っているのか、誰かに呪われているのか。誰か、なんて白々しい言い方をする自分にもまた辟易する。

「先生にもいますか?」
「え?」
「呪ってしまいそうなくらい、大切な人。先生にもいたりするのかなぁ、って」
「……そうだな」

 大切、なんていう綺麗な感情じゃないかもしれない。御三家なんていう術式と才能がすべてだと言っても過言ではない家に生まれ落ちたその環境、強すぎてきっと孤独だっただろうその背景とそしてただ一人その隣に並んだ友人さえも手にかけざるを得ず、それでも揺るがない信念をもったあの男に抱く感情は、どうしたってそれだけでは終わらない。

 ひとつの執着かもしれない。唯一無二の思慕かもしれない。恋愛なんて何度かしてきたと思っていたけど、こんな風に強烈なまでに脳に焼き付いた人はいなかったから、実際のところこの気持ちが何かは分からない。

「一人だけいるかな。俺なんかには到底、呪えない人だけど」

 結局その話の間中ずっと、たった一人しか思い浮かばなかった。触れたいのも触れられたいのも、それこそ呪われてでも、側にいたいのも。

 たとえば俺が五条に殺されれば彼を想う気持ちで呪いとなってそばに居られるかと、実際に逆の形でことを為した乙骨を見て一瞬考えたけれど、五条はそんなことは望んでいないし何より、それならいま五条の側にいまあの男がいないわけがないので、意味のない思考はそこで止めた。

 乙骨がじっと俺を見ていることに気付き、笑って誤魔化した。あまり深く突っ込まれてもこれ以上話せないので体術の話へと話題を変えた。
 そして彼への助言を口にしていてもなお五条のことが気にかかり、何気ない会話に間があれば携帯を開いて五条へのメールを作成しかけるけれど、結局何もせずただ携帯を閉じるということを繰り返していた。