※灰原生存&諸々平和if











 私の幼馴染はいつも、考えたことを唐突に言葉にする人間だった。突然アイスが食べたいと言ってわざわざ帰路を遠回りしてコンビニまで歩いたり、野球観戦がしたいと言って急にチケットを取って球場に行ったり。そして自分もその全てに二つ返事で付き合った。
 だからだろうか、中学3年の時に意を決して「他の人間には視えないものが見える」「その能力を活かすために特殊な学校へ通う」などというどう考えても理解不能なことを突然言った私に、少し驚きつつも「そうなんだ」「建人にすごい力があるってこと?」「俺視えないから分かんないけど頑張ってな」と二つ返事で納得した。変人だの異常だのと言われてもおかしくない筈なのに、幼馴染は──ナマエはその後も何も変わらず、確かそのまま何の引っかかりもなくその話は終わり、やがてファイナルファンタジーの最新作の話題にでもすり替わった気がする。





「建人はさ、結婚願望とかあんの?」

 私の幼馴染はいつ何時も、こちらの心情など露ほども知らずただ私の心臓をぐさりと刺す。あの日からずっと同性の幼馴染に焦がれているこの馬鹿な男の言動から、何かを察しろという方が酷なのは分かっているけれど。

「……特にないですね」
「ふーん、そうなんだ」

 ナマエの前でだけ敬語を外していたのを辞めたのは、ナマエに初めて彼女ができた時から。ささやかな抵抗と反発だったがまあこの鈍感な人間がそれに気付くはずもない。「ナマエはあるんですか?」とでも聞くのが会話のセオリーだろう。お互いに25歳、多くはないがかつての同級生がちらほらと既婚者になっているのはなんとなく知っている。だからこそ敢えて聞かない。聞いたら「ある」と答えが返ってくるかもしれないし、「今は無い」なんて答えだったとしても将来的には結婚して家庭を持つのだと言外に告られるようで、また胸が締め付けられるから。

「建人モテそうなのになぁ」
「嫌味ですか?」
「違いますー」

 モテるのはナマエの方だろう、と思うがこれも言わない。大人になるとこうも言葉を飲み込んでじうものなのかと呆れてしまう。
 カフェのテラス席、女性からちらちらと目線が寄越されるのは私かナマエか。どちらでもいい。ナマエはともかく私は側から見て話しかけやすい見た目の人間ではないから、一緒に居ればナマエもそうそう話しかけられることはない。そもそもナマエは彼女がいたと言っていたはずだがしかし今日は指輪をしていないがもしかして別れたのだろうか。それに少し気分が良くなってしまう。幼馴染の幸せを願えず、独り身でいてくれることに淡く安堵する自分が酷く醜い。

 テーブルに置いたスマートフォンが震えた。ナマエは顔が広く友人も多いのでナマエの方のスマホかと思いきや、自分のものだったらしい。ナマエに軽く断りを入れてメッセージアプリを開くと同期で同僚の灰原からで、『今って青山辺りにいたりする?』『ごめん、先輩たちがそっち向かうかも』という脈絡も何もない、しかし端的で分かりやすい内容だった。間も無くして遠くに感じる覚えのありすぎる呪力と気配。例え避けようとしてもあの愉快犯@が面白がって追いかけてくるのは目に見えているし、あまりに視えすぎるあの眼からナマエを連れて逃げるのはそもそも不可能だ。今からすぐに店を出れば一旦は離れられるかもしれないがどうせ追いつかれて余計なだる絡みが増す。ならば此処で適当に対処してすぐ帰すのがいい。

「……ナマエ、ちょっと面倒な職場の上司が此処に来ます」
「へ? 上司? 俺、席外そうか?」
「いえ、此処にいてください。私から離れないように」

 一人になんかしたら面白がってあの愉快犯Aも便乗するに違いない。ナマエに接触し私との関係を根掘り葉掘り聞く……だけならいいが、ナマエに興味を持たれると思うとあまりにも苛々してしまう。



「やあ七海。デート中?」
「こら、悟。すみません、七海の同僚の夏油です」
「あ、初めまして、ミョウジです」

 まもなくして私の背後、つまりナマエの正面から声をかけてきた五条さんにため息を一つ吐いた。ナマエは馬鹿正直に名前を名乗っていて危機感がなさすぎる。いや、これが普通の反応ではあるのだがろうが。

「僕は五条悟。悟くんって呼んでね〜」
「わかりました」
「平然としすぎててウケる、さすが七海の幼馴染」
「何もウケません、ナマエも呼ばなくて良いですから」
「あ、そっか……。建人の上司だもんな」
「そこに関しては敬う必要はないです」
「酷くない?」
「自業自得だろう」

 五条さんはその容姿だけで言えばそこらのモデルや俳優も目ではない。高身長なので威圧感もあるだろう。そんな人がサングラスを少しずらして自己紹介をするのはいつものことであり、そしてその少々人間離れした瞳も相まって恐怖とまではいかずとも圧倒される人は多い。ところがナマエは少し戸惑いながらも普通に対応していて妙なところで肝が座っている。五条さんはそれを指してWウケたWのだろうが笑えない。

 それにしても距離の詰め方がバグだと毎度思う。自分がナマエから建人と呼ばれるまでにどれだけの月日を費やしたことか───いや今はそんなことを考えている場合ではない。

「さっさと何処かへ行ってください。そもそも何でわざわざこんなところに来たんですか」
「いや七海が幼馴染と遊んでるって灰原が言うからさぁ、先輩として挨拶しなきゃと思って」
「必要ないです」
「ハイバラ?」
「あ、灰原は七海と仲良しの同期ね」
「……同期……」

 ほんの一瞬、ナマエの表情が曇ったような気がして少し動揺してしまう。数回瞬きをしたらいつも通りに戻っていて、気のせいかもしれないと思った。先輩方はやがてひとしきり邪魔をしたのち「ゲーセン行ってくるわ」と言って去っていった。どうやら術師である自分と非術師の幼馴染がつるんでいるのが珍しかったらしいが、良い迷惑である。


:


 互いの行きたい店に付き合ってカフェで休憩をした後は、つまみを買い込んでどちらかの家で飲むのがナマエと会う時の定番である。ナマエは料理が上手いので(本人は簡単なものしか作れないと言うが)だいたいナマエの家にお邪魔して手ずからつまみを作ってもらうことが多い。大手企業の次期役員候補らしいナマエは都内の一人暮らしの中では広い部類に入るだろう賃貸に住んでいて、来客用の布団もあるのでありがたく泊まらせてもらっている。

 家で飲む理由はいくつかあるが、一番の理由はナマエがあまり酒に強くないことだ。私がザルなのでそれに合わせたペースで注文してしまうとすぐに酔って眠くなってしまう。過去に居酒屋で眠りこけたナマエを自分の家に連れ帰って寝かせたことがあり謝り倒されたが、好いた相手を持ち帰った男への謝罪ほど不要なものはない。

 そこから家でそれぞれのペースで飲むようになり今に至るのだが、今日のナマエはどこか様子がおかしい。どこがと言われると難しいのだがなんとなく上の空な気がするし、ともすればもう酔っているかもしれない。そういえば飲むペースが速いような気がしたのでやんわりと酒を持つ手を止めて水を勧めようとするけれど、既に酔っぱらっていて自我が危ういのかぼんやりとしたまま酒を離してくれず、珍しくこちらの言うことは聞いてくれそうになかった。

「ナマエ? 大丈夫ですか」

 声をかけるとナマエはぱちぱちと瞬きをしたのち、ようやくテーブルに缶を置いた。そして隣に座っていた私の肩にことんと頭を預けた。近付いたアルコールの匂いとナマエから香るかすかな香水の匂い、そして触れた場所から伝染する体温に私の心臓は煩くはなるが、飲んでいると少し甘えたになるナマエがこういった仕草をするのは初めてではない。会社の飲み会が時々あるようだから、もしかしたらこういったことを他の誰かにもしているかもしれないと思うとどす黒い感情が湧いてくるけれど、ただの幼馴染である自分にそれを咎める権利はないので何も言えない。

「……建人、職場の人と、仲良いんだな」
「え?」
「ハイバラさんって人は、もっと仲良いの」
「……まぁ、数少ない同期では、ありますので」
「そっか。……なんか、俺、……」

 気持ちが沈んだような声が鼓膜を揺らす。だんだん小さくなって最後には言葉を聞き取れなかったものの、どこか拗ねたような声音に聴こえるのは流石に欲目だろうか。
 私の幼馴染はいつでも唐突なので、発言の意図は分かりかねるものの話題が飛ぶのはある程度いつも通りだ。ただいつもと違うのはその声や言葉、そしてそれだけではなく、寄りかかっただけだったはずなのにふいに私の胸元に倒れ込み、顔を寄せて擦り寄るような仕草を見せた。長年の片思いをいっそどうにかしたい気持ちと、何度も互いの家で寝泊まりしたけれど我慢し続けて築き上げたこの幼馴染という関係性。それらを天秤にかけるとどちらに傾くかなんてそもそも考えてはいけないのに、無防備な幼馴染を見ていると手を伸ばしたくなる。

「おれ、建人の一番が、いい……」
「……は……」
「意味わかんないこと、言って、ごめん」

 顔は見えない。だからこそ言葉だけを鵜呑みにしてはいけない。分かっているのに、あの愉快犯たちに脳内で感謝を述べそうになる。何故なら、都合良く解釈するならばナマエは灰原を含む私の友人や先輩に嫉妬しているらしいということになる。それが友人にとしての独占欲だったとしても、ナマエから何か特別な感情を向けられたことが嬉しい。
 
「同期や先輩方は確かに大切ではありますが、私の一番の親友はナマエだけですよ」
「……、………ゃだ」
「え?」
「親友とか、幼馴染、とか……そういうの、いやだ」
「……? どういう、」

 どういうことですか、と続けようとした言葉は何かに遮られた。下から掬い上げるようにして唇を重ねられているのだと気付いた時にはもう離れていて、名残惜しさを感じる暇もないほどに処理が追いつかずただただ混乱する。

「ごめん」

「すきになって、ごめん」

 まっすぐに私の目を見てそう言ったナマエの瞳は水の膜を張っていて、特級愉快犯のあの碧眼のような特殊なものではないはずなのに、ただ目が離せない。

 やがてその瞼がゆっくりと閉じられ、ナマエは完全に力を抜いてこちらに倒れ込んだ。まもなく穏やかな寝息が聞こえてきて、時間差でようやく事態を理解したがその上で、夢なのではと思ってしまう。じりじりと日照る頬はいっそ冷水を頭から被ってでも冷まさなければならないほどに熱を持っているが、いくら赤くなろうがここには眠るナマエしか居ないから構わないだろう。
 ひとまずベッドに運ばなければと思って持ち上げると、自分や同僚達に比べると華奢な腰や肩を意識してしまって居た堪れない。やましいことは何もしない。寝込みを襲うなど、たとえ恋人同士だったとしても許されざることだ。

「……けんと……」

 だから、そう。寝言で私の名前を呟くなどというあざといことをするその薄く開いたその唇に吸い寄せられるようにして唇を触れさせてしまうのも、先ほど感じたはずの柔らかさがあまりにも一瞬だったので、それを確かめる必要があっただけなのだ。

あなたの夜をも誤魔化して




 翌朝、腕の中の存在がかすかに身じろいだことで意識が浮上した。昨夜はあまりに離れ難かったため客用の布団を借りる気になれず、ナマエの布団で一緒に眠らせてもらったのだと記憶が蘇る。幼馴染はどうやら私が眠っている間に腕の中から抜け出そうとしているようだったが、子猫の抵抗に等しい。眠ったふりをしたまま少し力を込めてみればびくりと身体を揺らしたものの、その後はおとなしくなった。
 もう少ししたら起きなければと思いつつ名残惜しさから手放せない私に抱きしめられたまま再び身じろいだナマエは、「建人」と呟いた。起床を促すというよりも独り言のようなそれに反応すべきか迷っていると、「好きだ」と掠れた声が届いた。……こちらの気も知らないで、無防備なことを言う。
「……私も好きです」
 おはようという挨拶も飛ばしてそう言った私に、顔を真っ赤にしたナマエは慌てて本気で腕から抜け出そうとしたが、それでも小さな成猫の戯れに過ぎない。「敬語やだ」と脈絡のないことを言う元幼馴染に少し笑い、「好きだ」と言い直してまた抱きしめた。


2023.04.22





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