※未来if








 御影家は俺の唯一の居場所で、拾ってくれた旦那様には一生をかけて仕えても返しきれない御恩があった。つまりその御子息である玲王様は御影家の唯一の宝であるので、俺にとっても唯一無二の光だった。初めてまともにご挨拶をしたのは玲王様が小学4年生の頃、俺が中学3年に上がって早々に推薦入学を決め、執事教育が本格的に始まったタイミングだった。

「玲王様、初めてご挨拶をさせていただきます。私、ミョウジと申します。よろしくお願いします」

 こちらをじっと見上げる玲王様は齢10歳にして既にどこか雰囲気を感じる方で、歳上だというのに自分の方が緊張してしまう。

「……名前は?」

 少し高い幼い声が自分の名を聞き返した。声変わりなど数年先のことであるはずのその声は既に凛としていて、御影コーポレーションの英才教育の片鱗を見たことを覚えている。

「あ、ミョウジと、申します」
「それ名字だろ? 名前のほう聞いてんだけど」
「え、ぁ、ナマエ、です」
「分かった。ナマエだな」

 玲王様は片膝を立ててしゃがんでいる俺に近付き、俺より小さな手を差し出して「よろしく」と言った。名前をまともに呼ばれたのは初めてだったかもしれない。屋敷の方々は非常に良くしてくださるが、それでもあくまで仕事上の関わりなので名字で呼び合うのみだった。それを軽々と飛び越えた玲王様のその瞳は今と変わらず意志の強い光を秘めていて、俺はきっとこの人に仕えるために生まれてきたのだと大層馬鹿なことを本気で思った。


:


 玲王様は基本的に人当たりの良いお方だ。初対面の方々が集うパーティーにも学生時代より参加されており、流石は御影家の御子息だと取引先も唸る完璧な振る舞いを見せていた。見目も華々しく愛想も良く、有数の進学校である白宝学園にて主席クラスの成績を常に保ち、華道や茶道などの芸道にも優れピアノ等の楽道にも明るく、何よりも人を惹きつける力があった。おそらくカリスマ性というのはあの方のためにある言葉だと思う。
 故にパーティーなどの社交場では旦那様の側に控えるだけでなく挨拶回りをも任されそしてそつなくこなすその様を見ては、同年代の娘がいるという話を持ちかけられる場面は珍しくない。時には数名のご令嬢に囲まれて熱烈な視線を受けることもあり、縁談の申し込みも数多くある。

 しかし玲王様はそれらの縁談や見合いを受けたことはない。その真意を俺のような一介の執事が知ることはないけれど、無関係とは言い切れないところに自分がいることは自覚している。

「俺、明日はオフだから」
「畏まりました」
「凪と食べて帰る予定だから晩御飯はいらない。21時までに帰る」
「承知いたしました。お気をつけていってらっしゃいませ」

 身支度をしながらこちらを一瞥することなく淡々と言う玲王様の言葉に熱はない。だからその言葉の意味を理解してしまったとて平坦な声で返さねばならない。

 玲王様と俺は恋人同士という間柄だ。休暇を明日に控えた日の夜、玲王様は必ず俺を抱く。頻度としては週に1回か2回程度。最中に甘い言葉を交わすことなどもないただの性欲処理なのでセックスフレンドという身も蓋もない関係性に限りなく近いが、玲王様は俺に「恋人になれ」と言ったので一応恋人で間違いはないのだと思う。いつかどこかのご令嬢と結ばれる日のために経験を積むという意味であれば女性が適任であるのは明らかだが、合理的な玲王様のお考えであればたとえば男であれば万が一のこともないためリスクが低いと判断なされたのだろうと思う。

 事前に玲王様の練習スケジュールは把握させていただいているにも関わらず朝にわざわざ伝達してくださるのは、夜帰るまでに準備をしておけということ。コンドーム、ローション、俺の寝室のベッドメイク、そして俺の身体。玲王様によって開かれた俺の後ろは柔らかくなってはいるものの、平均よりも大きな玲王様のそれを呑み込むには準備が必要だ。中を綺麗にして、解れやすくする温感成分入りのローションで温めながら拡げる。自分の指ではそれほど奥までは届かないけれど、とりあえず入口だけでも玲王様のモノが挿入れば後はどうとでもなる。

 玲王様は甘い言葉をかけたりキスをしたりはしないけれど、行為そのものはとても丁寧で優しい。準備してあるにも関わらずいきなり挿入されることはなく、必ずローションを足してその長い指で後ろを解してくれて、挿入した後も馴染むまではゆっくりと動いてくれる。俺が絶頂を迎えて快感に震えてしまっていたら暫くは動かずにいてくれるし、後ろだけで甘イキをして絶頂の波が引かない時には労わるように身体を抱きしめて、落ち着くまで頭や背中を撫でてくれる。気持ちよくて訳がわからないままに「れおさま」と呼べば「ナマエ」と甘い声で名前を呼んでくれるので、俺は行為中おそらく何度も玲王様の名前を呼んでしまっているが、それについて咎められたことはない。

 その優しい行為だけなら勘違いしそうになる。けれど俺は間違いなく玲王様に好かれていない。それも全て自分のせいなのだろう。


:


「ほんとお前は昔っから使えねーな」

「お前の飯飽きた。外食してくる」

「ばあやに頼んで他の奴に変えさせてもいーんだぜ?」

「なあ。何のために此処にいんだよ」

 玲王様が『ばあや』と慕うあの方のように、玲王様の言いたいことや欲しているもの全てを汲み取ることができれば、きっと玲王様は俺にもまた違う言葉をかけただろう。しかし力不足だったようで、玲王様は度々俺に少し強めの言葉をぶつけた。一般企業であればミスをすれば再発防止のための改善策を提示しなければならないが、日常的なことなのでただただ申し訳ございませんと頭を下げることしかできない。

 使えない、というのは確か買い物の帰りに事故渋滞に巻き込まれて玲王様の帰宅時間に間に合わなかった時だ。
 飯に飽きたと言われた日は食べる前の出来事だったから、テーブルに並べた和食が気に入らなかったのかもしれない。
 他の奴に変えてもいい、は何の場面だったか。何のために此処にいるのかと問われた時には、俺は何と返したのだったか。

 きちんと反省しなければならないと思ってはいるけれど、それでも少し慣れてしまうほどには俺は玲王様の機嫌を損ねることが多かった。ただそれでも夜の行為だけはいつも優しいものだったから、もしかしたら自分が此処に居られるのはこの身体が玲王様にとって具合がいいお陰なのかもしれない。それはつまり、もう少しきちんと仕事をすれば、あとはこの体さえ差し出して玲王様がそれに飽きない内は、ずっとお側にいられるかもしれない。


 そんな浅はかなことを考えたのがいけなかったのか。ついに、玲王様に見限られる日がやってきてしまった。

「……主人が帰ってきたのに寝落ちしてるとかまじありえねえ。働く気ないなら日本帰れよ」

 他の奴に担当を変えてもいいという話や、辞めるか? という内容なら何度か言われた。けれど「日本に帰れ」という明確な拒絶と辞令は初めてだった。
 玲王様はマンチェスター・シティとの契約更新をしたばかりで、あと3年はこのイングランドでご活躍される筈だ。つまり日本に戻るのはオフシーズンに帰省するのみであり、本格的な帰国はまだまだ先のこと。
 そんな中で俺だけが日本に帰るということは、つまりそういうことだ。いつかこんな日が来ると分かっていたのに、いざ玲王様の口から言われると随分と呼吸がしづらい。

「……申し訳、ございません」

 何十回目かの陳腐な常套句で謝罪を述べた後、玲王様の顔が見られなかった。

 玲王様にお伝えするつもりはないが、言い訳をするとしたらその数日前から体調が悪かった。朝晩の気温の変化に対応しきれなかったためか微熱と頭痛と喉の痛みがあり、咳こそ出ないのでまだ良かったが嚥下の際に激痛が走るため食事をまともに摂れていなかった。行為の日以外はもちろん玲王様はご自身の寝室で休まれるのでご迷惑はおかけしていないと思うが、寝苦しい夜が続いており少々寝不足で、だから楽な体勢を取ってしまうとこうなる可能性は理解していたのに、ソファに座ってしまったのがいけなかった。

 熱のせいもあってか回らない頭で、どうにか考える。日本に帰れという辞令、これはいつまでが期限だろうか。引き継ぎをある程度行ってからでないと帰れはしないので早く代わりの執事を呼ばなければならない。その際に女性の方がいいのか引き続き男性がいいのか分からないが今それを玲王様に聞ける雰囲気ではないので、まずは執事長に相談すべきだろうか。数名の人選が完了したら玲王様にその者を紹介して経歴や屋敷での役割やスキルをお伝えしてお選びいただき、問題がなければ仕事を覚え次第スイッチする。

 あっけない。玲王様の恋人としてこのイングランドに住み、身の回りのお世話をし始めて約2年半ほどだろうか。分かっていたことだ。玲王様に手に入れられないものなどないから、手放せないものもそうそう無い。おそらく宝物である凪様と、一等のめり込んだサッカーぐらいのものだろう。それ以外の優先順位などどれも同じだ。俺でも新しい執事でも、玲王様にとっては等しく大した価値のない存在。

 その日は作り置きのおかずを前菜として皿に盛り、メインの魚料理は玲王様がそちらを食べられている間に仕上げをした。うたた寝する前に仕込みだけでも終えていて良かった。ついでに不味いだとか飽きただとか少し攻撃的な言葉が飛んでくるかもしれないと思ったがそんなことはなく、美味しいとも言われなかったが完食していただけた。



 翌日、練習の休憩中だろうかという時間にメッセージが届いた。『凪が和食が食いたいって言うから、練習終わったら家に来る予定』という内容で、『承知いたしました』とすぐに返信する。風邪をひいている自分が料理を行うのは少し気が引けたが、幸いにも咳は出ないタイプの風邪のようだしあまり近くでお話ししないよう距離を取ればいいだけだと開き直った。

 和食という幅広い形のリクエストではあるが凪様が以前「俺これ好き」と仰っていた料理をいくつか思い浮かべる。凪様が来られる時は千切様も来られることが多いので『千切様もいらっしゃいますか?』と返信すると『来るかもだからそのつもりで準備しといて』とのことだった。凪様や千切様が以前いらっしゃった時の反応から好まれる味が分かるのに、玲王様の好きな料理だけが分からない。執事失格だなと自嘲しながら風邪薬を流し込んで、車でスーパーへと向かった。


「ただいま」
「ただいまー」
「玲王様、おかえりなさいませ。凪様、ようこそいらっしゃいました」
「俺もおかえりでいいのに」

 メッセージが送られてきた時間通りに帰宅されたお二人を出迎える。どうやら千切様はいらっしゃらないらしい。荷物を受け取ってリビングまで運ぶ。料理の仕上げをしてテーブルに並べた。手を洗ったお二人がテーブルに着く。凪様は今日は宿泊はされないのか、お二人ともノンアルコールビールのリクエストだった。

「あ、これ俺の好きなやつ」
「お口に合えば良いのですが」
「……うん、美味しい。ナマエさんほんとに料理上手だね」
「ありがとうございます」

 凪様のお褒めの言葉を受けつつ給仕し、キッチンに下がる。お二人が談笑しながら食事を取られるその様子を見ながらカウンターで食後のデザートのティラミスを準備して皿ごと冷蔵庫へと入れる。玲王様は食後酒としてノンアルコールのシャンパンを嗜まれることもあるのでそちらはバケツ型のワインクーラーで適温を保っている。あとは玲王様が入られるタイミングでお風呂が沸くようにセットした。必要なことは一通り準備し終えただろうか。

 そこで少しホッとして気が緩んだからだろうか、それとも単純に薬の効果が切れたせいだろうか。顔を歪める程度に強い頭痛と倦怠感、そして激しい目眩を感じて立っていられなくて、思わずキッチンにしゃがみ込んだ。視界がぼやけるのは高熱のせいか、早く解熱剤を飲まなければいけないのに、立ち上がれないまま意識が朦朧とする。

「ナマエ……!?」

 音を立てずにしゃがみ込めたと思ったのに気付かれてしまったようで、玲王様が俺を呼んでいる。返事をしなければ。ここ最近は夜にベッドの上でしか呼ばれなくなっていた俺の名前を、久しぶりに呼んでくださったのだから。
 だけど意識を保てなくて、体が鉛のように重くて、見上げることも何もできなくて。

「れおさま、ごめんなさい」

 きちんと発音できたか自信がないけれど、玲王様に伝わっていることを願いながらどうにかそれだけを呟いて、意識を手放した。


:


 目を開けたら視界はぼんやりと暗く、どうやら少し離れたところの間接照明の明るさだと気付く。額にぬるくなった冷却シートと思しきものの感触があって、首の後ろには氷枕のようなほのかな冷たさを感じる。

「……ナマエ、起きたか」
「れおさま、……もうしわけ、ございません」
「………」

 ああやってしまった、と思ったけれど体が怠くて起き上がれそうにない。今は何時だろうか。凪様がいらっしゃった筈だが玲王様がここにいらっしゃるということは、もう凪様は帰られたのだろうか。申し訳ない。俺の謝罪に、玲王様は何も言わない。聞く価値すらないということだろう。分かっている。だけど熱に邪魔をされてか、正常な判断ができない。呆れられて捨てられるなら、最後にもう一度だけ。

「……起き上がれるか。水飲んだほうが、」
「玲王さま、おれはいつまで、ここに、いられますか」
「……は……?」
「さいごに抱いて、いただけませんか。すぐにシャワーを、あびてくる、ので」
「おいナマエ、落ち着け、何言ってんだ」

 どうにか腕を突っ張って起き上がろうとする俺を、玲王様が慌てて止めようとする。しかし俺の様子がおかしいと思ったのか力づくで抑えつけるのではなく、起きあがろうとする俺を支えるようにして背中に手が添えられた。これまでたくさんの努力を重ねてきた手。その手で優しく触れられるのが堪らなかった。

「すき、です」
「……え、」
「玲王さまのことが、すきです。あなたに捨てられるならもう、人生ぜんぶ、どうでもよくなるくらい」

 玲王様の目が見開かれる。俺の気持ちには少しも気付いていらっしゃならかったらしい。御影コーポレーションの御子息の付き人という職業の給与と安泰に目が眩んだ人間だと思われていたのかもしれない。だけど旦那様と奥様に拾ってもらった御恩はあれど、あの日初めて俺の名前を呼んでくださった玲王様だからこそ仕えたいと思ったのだ。

「玲王さま、おれのこと、お嫌いでしょう」
「は……?」
「後任は、さがしています。引きついだら帰国して、おれはあなたのまえに二度とあらわれません。だからもう一度だけ、抱いて、ください」

 下がりきっていない熱のせいにするには情けない涙が目尻を濡らした。みっともない懇願だと分かっている。玲王様が口癖のように言っていた「ダサい奴は嫌い」の理論で行けば、間違いなく受け入れ難い愚行だろう。その証拠に玲王様は言葉に詰まっているようだった。こんな我儘で主人を困らせるなど、そもそも執事としても人間としても駄目だ。

「……もうしわけ、ございません」
「ナマエ」
「おれ、やっぱりもう明日にでも、日本に」

 帰ります、というあとたった数文字が言葉にならなかった。唇には自分の今の体温より少し冷たい何かが触れていて、空気のこぼれる隙間もなく塞がれていた。アメジストのような鮮やかな紫がぼやける視界でも分かるほど近くにあり、俺の呼吸を堰き止めているのが玲王様であると理解する頃にはくちの中にぬるりとした何かが忍び込んでいた。

「んぁ、ふ、ん……」
「もっと口、開けろ」
「は、ぁう、んん……っ」

 唇は少しひやりとしていたのに捩じ込まれたらしい舌は熱く、俺の舌との境目が分からなくなるんじゃないかと思った。情事の際に玲王様が俺の胸を舐めるときに聞こえてくるようなくちゅくちゅといやらしい水音が響いて羞恥が募る。呼吸のしづらさも相まって頭が回らない。
 俺は何故、玲王様とキスをしているのだろう。何度身体を重ねても一度だってされたことがなかった。だけどもし許されるなら、キスをしてほしいと強請りたかった。
 蠢く舌の温度も湿度も、上顎を擦るようになぞる舌先も、後頭部を掴まれる有無を言わさぬ力強さも。感じたことがないほどの幸福に脳が痺れて、もうこれだけで達してしまうのではと思った。

 気付けばシーツに体を横たえる体勢に逆戻りしていて、玲王様は俺の額に貼られていたぬるくなった冷却シートを剥がし、そこに唇をくっつけた。

「……口ん中は熱かったけど、ここは冷てぇな」
「な、なにを……?」
「熱、ちょっとは下がったのか」
「っあ、玲王さま、風邪が移ります、明日も練習、あるのに……っ」
「セックス誘ってきた奴が何言ってんだよ」

 「もういいから大人しく寝てろ」と言って玲王様は替えの冷却シートを俺の額に貼って、部屋を出て行った。そのひんやりとした冷たさが心地よくて目を閉じると途端にやってきた眠気に、おとなしく身を委ねた。
 これ以上好きにさせないでほしいなどと言える立場ではない。あのキスに意味なんかない。玲王様がこれまでもこれからも数多くの出会いや行為をなされる中の一人。最初から傷付くことは分かっているのに、直向きに勝利を追いかけて煌めく玲王様の側にいて支えたかった。帰国は先延ばしになるらしい。果たして、諦めきれる日が来るのだろうか。


いつかこの恋が終わる瞬間を夢見ている




「……もしもし? ばあや、久しぶり」
「うん、そう、……ナマエが自分の後任を人選するよう進めてるらしいけど、必要ないから。そっちでストップしといて」
「ナマエが日本に帰ったあとのポストを用意するも必要ない。……よろしく」

 おそらく眠っただろうナマエの部屋に入るのは一旦やめて、迷いなく過去の付き人に連絡を取る。要件だけ告げた俺の話に驚くことなく承諾の返事をするばあやにはおそらく全てお見通しなのだろう。
 キッチンで立てそうにないほどに弱ってうずくまったナマエを見た時はさすがに肝が冷えた。寝室に運んだあと、心配そうな顔をした凪には「せっかくナマエが凪のために作った料理だから全部食え」と伝えたが俺はそれどころではなく、結局自分の分はラップして冷蔵庫に入れた。ナマエが薬を飲んでうまく誤魔化していたとしても、従者の──ましてや恋人の不調に気付けないのは主人としても男としても駄目だと反省する。

 ナマエはその優秀さから、父やその下の幹部の秘書もしくは次期幹部候補を任されるはずだったが、それを無理やり引き抜いた。御影コーポレーションのいくつかの事業の広告塔としてプロサッカー選手である自分を売り込み、試算した利益予算をもって「ナマエを俺の執事にしてほしい」と言って納得させて側に置いた。
 ナマエ目当ての縁談も数多く来ていたが、全て裏で断った。御影コーポレーションを支える執事の中でもナマエはとりわけ整った容姿をしていたし、パーティーで父親の側に控えながらも来場者のフォローをさりげなく行っていてその有能さには気付く人間は気付いている。俺との交流目当てで参加した令嬢がナマエを見て頬を赤らめていたことも知っているし、鈍いナマエがそうと知らないだけでアプローチをかけていた令嬢も少なくない。それらを本人は何一つ知らないが俺は欲しいものは全て手に入れるのだから、早く俺のものにしなければと思った。まかり間違ってもポッと出の奴に掻っ攫われてたまるか。

 ナマエは俺の両親に恩があり、俺にも従順だろうということは知っていた。俺の家に住まわせれば必然的に他の人間はいないので俺だけを見るようになる。であれば半ば同棲のようなものだとして「俺の恋人になれ」と言えば驚きながらも素直に頷き、恋人なのだからその役目の一つだと言ってベッドに組み敷いた時も何も言わなかった。それらはその従順さ故だと思っていたけれど。自分への関心を確かめたくて、何があっても側にいてくれると思いたくて。思ってもいない強い言葉を浴びせた次の日もその次の日も、変わらず自分を支えてくれるその姿にホッとしていた。
 冷たく接して、優しく抱いて。まずは体からでもいいから手に入れて、タイミングを見て優しく甘い言葉をかけてやって。それでも、好きになってもらうには更に時間がかかると思っていたのに。

──玲王さまのことが、すきです。あなたに捨てられるならもう、人生ぜんぶ、どうでもよくなるくらい

「……あー……、今すぐ抱きてえ……」

 相手は病人だとどうにか欲を押し留めるが、好いた相手が自分に縋って自分を求める誘いはあまりに魅惑的だった。思い出すだけで下半身が重くなる。
 ずっと焦がれていた男が手に入って浮かれていたので早々に手を出し、初夜にはほんの少しだけ快感を得やすくする薬を盛ったがナマエにはもともと才能があったのかすぐに気持ちよくなれたようで、快楽に押し流されながら譫言のように自分の名前を呼ぶたびに体だけでなく心も手に入れたいと思っていた。それなのに俺に捨てられるなら他はどうでもいいなどと熱烈なことを言い、挙げ句「最後に一度だけ抱いてくれ」なんて健気にも程がある。暫くはこの脳内再生だけで抜けるなと本気で思った。

 勝手に後任を探して勝手に日本に帰ろうとしていることを知った時には少し焦ったが、流石にそれは言いすぎた自分の失態だ。ここまでこぎつけたのだから、これからは甘やかして恋人なのだと自覚させて俺だけを見て俺だけを愛するようにして、時間の許す限り抱いて俺でなければイけないようにして、女なんか抱けない身体にして縁談だって自ら断るようになってくれなければ。
 ナマエの世界にはこの先も、俺だけが居ればいいのだから。

(この愛に終わりがないことをただ一人だけが知っている)




title by BACCA
2023.05.11





list


TOP


ALICE+