※アシンメトリーに愛してあげたい!(R-18)の設定







 出久が目を覚ました頃には、広いベッドには自分と恋人のナマエしか居なかった。耳をすませば生活音が聞こえ、それでも隣に眠るナマエは目を覚ます気配はない。

 キッチンに立つ爆豪は、規則正しい生活を信条とする人間だった。他の二人に強要することはないが日課となっている朝のランニングと筋トレは早朝に済ませてシャワーを浴び、後から起きてくる二人の分も合わせて朝食を作る。他の二人に早起きを強要したりしない。何故なら3人は所謂W昨日は朝までお楽しみWだったからだ。

 爆豪は学生時代は才能マンなどと言われてはいたが努力を怠らない男だった。出久も鍛えてはいるが休日でも生活習慣を乱さないその生真面目さから爆豪の方が早起きなのは常だった。ナマエは体力面でも行為の負担という点を考えても比べるまでもない。

 ちなみに料理の腕前や手際の良さは経験値に応じた習得度を軽く超えており、紛れもない才能マンたる所以だが。本人曰く「これぐらい普通だ」とのことだった。

 彩の良いサラダとドレッシングまで手作りのものが出来上がり、パンはホットサンドメーカーにプレスされている。じゃがいものポタージュはコトコトと煮込まれており、その匂いにつられてか外の明るさを感じてか、出久が目を擦りながらリビングにやって来る。

「かっちゃん、おはよう」
「おう」
「いい匂い……。シャワー浴びてくるね」
「ナマエは」
「まだ寝てるよ。昨日無理させちゃったしね」

 そうして出久がシャワールームへと向かった頃には朝食はほぼ作り終え、あとは3人分のコーヒーがドリップされるのを待つのみだった。IHコンロの主電源を一旦切ったことを確認し、爆豪は寝室へ足を向けた。

 換気により情事を思わせる匂いはさほどないけれど、布団から出たナマエの肩口を見るだけで昨晩の行為がどれほどのものだったかが伝わるようだった。肌に残る赤い鬱血痕や噛み跡は間違いようもない行為を匂わせており生々しく、二人に抱かれるナマエはひどく艶かしいものだと思い起こさせるのに、寝顔は年相応よりも少し下の年齢に見える幼さがある。

 爆豪はこうして恋人を起こす朝は嫌いではなかった。誰の目から見ても爽やかな好青年であるナマエをいやらしく男を誘う雌の顔にできるのは自分たちだけであり、そしてこの寝顔のかわいさを知っているのもまた自分たちだけだという優越感をより一層感じられるからだ。

「ナマエ、はよ。朝飯食うか」
「んー、……」
「まだ寝ててもいいけどな。食いてえなら連れてってやる」
「んー……ごはん……」

 爆豪は無理やり起こすのも忍びなく思い、小さな声で囁く。頬を軽くつねるもその眼はウトウトするのみで、ただし猫のように擦り寄ってくるので判断に困る。肩を叩いたり軽く揺さぶったりを何度か繰り返していると「みずのみたい」と呟くので体を起こして、ベッドサイドのミネラルウォーターを飲ませた。口の端から飲みきれなかった水がほんの少し溢れたがシーツはどっちみち今日洗濯する予定なので今更だ。

「んん……」
「……朝飯食い損ねたとか言って拗ねんだろ。とりあえず連れてくぞ。食った後また寝かせてやるから」

 再び眠りかけたナマエに対して爆豪は怒ることなく一等優しい声でナマエに声をかけた。昨日はそれはそれは無理をさせた自覚があったからだ。何度も繋がったために腰はおそらく立たないだろうことは容易に想像できるし、起きてすぐには歩けない。ゴムは付けていたので、ゴムを付けずにした日のようにナマエが歩くと──何とは言わないが白濁のそれで──床やラグが汚れるということもないが、本人が希望するなら抱いて風呂にも入れてやるつもりだった。二人の性欲に振り回されながらも必死に、そして愛らしく応えてくれた恋人を労ってご機嫌を取らなければならない。間違っても機嫌を損ねて「暫くお触り禁止」などと言われては困るのだ。

 以前もこうしてナマエが起きられない時があったが、その時は時間の限り寝かせてやったら「俺も一緒に勝己の作った朝ごはん食べたかった」と可愛らしいことを言われて拗ねられたことを学習している爆豪は、一旦抱き上げてリビングに連れて行くという選択肢を選んだ。

 そこらにあった自身のシャツを適当に羽織らせて所謂お姫様抱っこという体勢で抱き上げると、自然と爆豪の首にナマエの腕が回る。身を預けて甘えることに慣れたナマエの仕草に抱き上げやすくなったなと実感するとともに、あまりに軽くて少し心配になった。ちなみにナマエは細身ではあるが一般的な体型に収まる程度の体格であるが、同級生にも職場にも鍛えられたヒーローしかいない上、まさにネコのように愛らしい恋人に対して小さくて軽くて脆いという印象しか抱けない爆豪は、晩ご飯などをしっかり食べさせようと思いながらナマエをソファへと下ろした。しかし、首に回された腕はそのままに体を引き寄せられる。

「ナマエ? どうした」
「………して」
「あ?」
「……おはようのちゅー、して」
「………」

 爆豪はナマエに気付かれないよう深呼吸をした。あざとさは猫をも殺す。なんて言葉はないが爆豪の頭にはまさにそんなフレーズが浮かんだ。何せ本物のネコである。彼シャツという図らずも扇状的な格好をした恋人に少し照れながらキスを強請られて、平気な男がいるだろうか。しかも、首だの胸元だのちらちらと見え隠れする肌に痛々しいほどの痕と、こちらは何も纏わず曝け出された脚。その脚にも黒いボクサーパンツの裾に限りなく近い際どい位置から点在する鬱血痕や噛み跡がありどう足掻いても事後そのもの、爽やかな朝に似つかわしくない夜を纏っている。

 昨夜はとびきり盛り上がって長々と楽しんで身も心もすっきりしたのは間違いないが、それはそれこれはこれ。爆豪の中にもう一度この身体を組み敷いてやりたいという欲が迫り上がる。

 しかしここで盛ってしまうとまたこの身体に負担をかけてしまい機嫌を損ねる可能性があるので、あくまでキスだけ。軽いキスだけで済ませようと心に誓い、恋人の望むままに唇をくっつけた。爆豪は見た目に反して可愛らしいリップ音を鳴らし、あくまで戯れ程度のキスで唇を離そうとした。
 けれどナマエがちろりと舌を出して爆豪の唇をなぞり、そして爆豪のしまわれた舌を追いかけた。それをあっさりといなしてやれるほど爆豪が大人であれば、そもそもナマエは立てないほど体を痛める事態にはなっていないのであって。

「ん、ぁ……っ」
「……おら、口開けろ。てめえが煽ったんだろが」

 ナマエの口から情事を思い出させるような艶かしい声が漏れ、爆豪は心の中で「あくまでキスだけ」と唱えながらも段々と深く口付けていった。

「あれ、朝からえっちなキスしてる」
「……っはぁ……コイツが強請った上に舌入れてきやがったんだよ」
「そうなの? おはよ、ナマエ。僕ともしよ」
「いずく、ぉはよ、っん……」

 シャワーを浴びてまだ水気の残る髪をそのままにやってきた出久がソファの反対側に座り、ナマエの口を塞いだ。生々しい水音がナマエの鼓膜を犯し、奪われる酸素が思考を鈍らせていく。出久がたまらず太腿に指を這わせたところで、「オイ」と爆豪が唸った。

「ナマエ、朝飯食わねえのか」
「……お腹空いてないかも。もうちょっと寝たい」
「ならベッドで寝とくか?」

 ナマエがこうして朝ごはんを食べられないことは時々あった。普段は朝からしっかり食べる健康な若者ではあるが、行為の翌朝は本人曰く『内臓が押し上げられてる感覚がまだある』ようで空腹感を感じていないらしい。ちなみにそれを伝える際、自身の言葉選びによって恋人にどれほどのダメージを与えるか理解していないナマエは「二人のがまだ入ってる感じしてお腹いっぱいだから要らない」と明け透けな言葉を選んでしまい、ヒーロー二人は朝から、片や額を抑えて俯き、片や目元を抑えて天を仰いだのは言うまでもない。

 とにかく過去にもそういったことがあったので、ほら、と爆豪が所謂W抱っこWを誘導するようなポーズをするけれど、ナマエは少しむっとして首を横に振った。

「二人が朝ごはん食べるなら、ここで寝る」
「ソファだと寝づらくない? 腰とか痛いだろうし……」
「……せっかくの休みだろ」
「……? まあ……、連休合うなんざかなり久しぶりだな」

 ナマエの言葉は意図的に遠回りするようにぽつりぽつりと零された。付き合いの長い出久と爆豪はその行間を読み取ろうと思いながら、次の言葉を待つ。

「……緊急の呼び出しあったら行かなきゃいけないし」
「……うん、そうだね。いつもごめんね」
「ちがう。そうじゃなくて、……」
「ゆっくりで良いから話せ。ちゃんと聞きてぇから」

 ナマエは言うべきか否かを葛藤していたが爆豪の普段よりも随分柔らかい声に絆された。一人暮らしをしていた頃は平気だったのに、負担になりたくない気持ちと恋人と会えない時間を過ごすことへの寂しさがぶつかることが多くなっていた。幼馴染はヒーローとして日々めざましい活躍を見せている。華やかなようで、常に危険と隣り合わせの職業でもある二人を広い部屋で待つのはいつも少し寂しかった。一人きりのベッドなどは更にそれを助長させるものだった。

「ヒーローだから好きになったんじゃないけど、二人がヒーローとして頑張ってるの、格好いいし好きだよ」
「……おう」
「ぁ、ありがと……」
「……だから、普段はみんなのヒーローでいいから、休みの日ぐらい俺の恋人として、ずっと一緒にいてよ」

 顔を逸らしながらそう言うナマエは耳まで赤く、その格好も相まって二人たちを煽った。ストレートな褒め言葉と、普段は照れてなかなか言ってくれない好きという言葉。そしてそのあとの健気なお願い。好きだ愛してるという感情は悶えながらもなんとか返したので、腰やお尻に楽な体勢でテレビを見始めた呑気な恋人は二人の抱える劣情など知る由もない。

 体が資本のプロヒーロー達は出来立ての朝ご飯を食べている間、ソファに寝そべるナマエの生足やシャツの裾から見えるボクサーパンツを見るばかりで朝の天気予報すら見る余裕もなければせっかくの豪勢な朝食の味も分からなかったし、だと言うのにナマエが情報番組を見て「あ、ショートだ。相変わらず格好いいね」などと言うものだから少し妬けた。

アイラブユーすら物足りない!




「ワガママ言ってごめん」
 ナマエがそう言ったのは、ベッドに連れてきてやって添い寝するような態勢になり、俺の胸元に擦り寄るように抱きついてきた時だった。性格で言えば自分も大概我儘で頑固で自分勝手だと自負しているので、むしろナマエの言葉には欠片ほどの面倒くささも嫌悪も感じていないが、本人にとっては違うらしい。
「こんなもんがワガママに入るかよ」
 デクが洗い物と洗濯をしている今、この寝室には二人だけだ。眠そうな声は今にも瞼が落ちそうなんだろうなと思いながら、子どもをあやすように一定のリズムで背中を叩いた。俺の体温が心地良いのだと、眠る時はよくこちら側にくっついて来るので、文字通りナマエを寝かしつけるのは俺の役割になることが多い。
 明るくて人に好かれる奴だ。友達だって多いんだろう。そんなナマエが、眠れなくなることがあるらしい。プロヒーローとして生活基盤ができた頃に3人で同棲し始めて、そこで初めて知ったことだ。
「もし緊急出動が、あったらさ」
「おう」
「いってきて、いいからさ、……ちゃんとかえってきて」
「当たり前だ」
 ヒーローである俺らのことを応援している。誇りに思っている。ナマエはよくそう言うしそれは嘘じゃないんだろう。ただ、万が一何かが起こったらと不安になって眠れない。この二度寝の数時間の間にだって俺もデクも呼び出される可能性はあって、「起きるまで側にいてやる」なんて軽々しく言えやしない。
 守らなければとは思っていた。だが、守るだけでは駄目だ。無事にここに帰って来なければこいつは泣く。それでは意味がない。眠気から舌足らずになるナマエを抱き締める力を少しだけ強めた。
「もう寝ろ。ちゃんとここにいるから」
「……もいっこ、わがままいってい……?」
「なんだ」
「おきたら、かつきのつくったごはん、たべたい」
 だからそんなものは我儘に入らないというのは、この健気すぎる恋人はいつ気付いてくれるのだろうか。



2023.05.10





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