※mha短編「愛では済まされないものの幾つか」のその後の話
名前を呼べば少しはにかんで微笑む様は、ナマエの顔立ちを見てファンになった女どもだって知らない表情だ。ベッドの上で見せるエロい表情なんかは女どころかコイツと仲の良い同期の誰も知らないし、これからも俺以外が知ることはない。
俺は他人の感情に興味は無いが視野は広い。興味が有る無いに関わらず、WそういうことWには気付くタイプだ。ナマエに好意を抱くどっかの局のアナウンサーの本気にもすぐに気付いたから手回しして降板させたこともあるし、馬鹿な女優がナマエとのことをSNSで匂わせだかなんだかをする前からそいつに近付いて、ギラギラとアイシャドウを塗りたくったその視線からナマエを外させた。
後者に関しては後にそれはそれは面倒なことになったが、押しに弱いナマエが女に迫られる前に対処できたから結果オーライだ。
まあつまりこの目は色んなものを色んな角度から見れる訳で、ナマエが俺のことを本気で好きなのは、それこそ見ていれば分かる。俺にだけ見せるその顔も優しさも何もかも全部、自惚れでも惚れた欲目でもなく事実だ。
だからこそ分かる。ナマエはあの日以来、自分から俺に触れることに躊躇している。全部、俺があの日ナマエからのキスを拒んだ結果で正に自らが蒔いた種だ。それは甘んじて受け止めるつもりで、長い目で見て待つつもりだった。学生時代の短気な性分に比べたら随分と丸くなって気が長くなったと自分でも思っているし、それなりに我慢強くなった自覚もあった。
だから、耐えられると思った。ナマエが自分の意思で俺に触れたくなるまで、馬鹿なことをした俺を赦す日が来るまで。
「ナマエ」
「爆豪……?」
「……W勝己W」
「……、あー、勝己。どうした?」
耐えられると思っていた。
任務でも私生活でも、周りに頼ることは必要だと理解しつつ、誰かに依存するなんざ自分の性分じゃない。結局最後に信じられるのは自分だけ。自分以外の誰かが自分の人生を揺るがすなんてことはあってはならないし、そんなことにはならない。
だから恋人だなんて関係になったってコイツは所詮他人であり、その他人に少しぐらいよそよそしく、されたところで。
「………」
「疲れてる? 早めに寝たら?」
「……疲れてねえわ」
気付いたらソファに座って仕事用のスマホを弄るナマエの隣に座っていて、それに対して特に反応しないナマエに焦ったくなってぐりぐりと肩に額を押し付けていた。頭の中でどれだけ自論を述べようが精神の余裕を騙ろうが、今感じている虚しさも寂しさも誤魔化しようがない。
ただスキンシップを求められないというだけで、ナマエにあからさまに拒絶されているわけでもないのにこれだけ堪える。ということは、あの日自分がしたことはどれだけナマエに深い傷を残したか分からない。
セフレじゃない、ちゃんと恋人として好きだと伝えたしそれを疑われていると感じるわけではないものの、とはいえナマエにとっては躊躇いなく俺に触れられるかどうかはまた別なんだろう。
こんな甘えるような仕草、他の誰にもしたことがない。物心ついた時から、親にすら素直に甘えた記憶が殆どないぐらいだ。家庭環境がどうこうという訳じゃなく、ただプライドだけは高かったから。
だけどナマエが俺を見ないなら俺から行動を示すしかない。──何故ならナマエは、自分から俺に触れてはこないから。
「じゃあどうした?」
「………」
「俺これ、もうちょっとかかりそうだからさ。先寝てていいよ」
ナマエは優しい声色で声をかけるものの、肩に押し付けた俺の髪に触れたりすることはない。ほとんどゼロに近い距離にいるのに、どこか遠いのが息苦しい。
なあ、本当に俺のこと好きか? よそ見して他の男や女に惹かれてねえか? 俺はちゃんとお前の特別か? お前と恋人らしいことをしたいと思っているのは俺だけか?
──俺に対して、触れたくなるほどの愛情がないってことじゃねえよな?
情けない自問自答が頭の中でぐるぐると渦巻いて、答えが出ないまま時間だけが過ぎる。
仲直りってやつをして3ヶ月。それからもどこか前とは違うナマエに最初の1ヶ月目で参ってしまったので呼び方を変えて名前で呼ばせた。2ヶ月目には週に3回ほど泊まりに来させて半ば同棲のような状況を作った。
そして3ヶ月目。いまだに、ナマエは俺に触れてはこない。
「……なァ」
「うん?」
「好きだ」
「え……」
「愛してる」
誰かを好きになることなんて初めてだったから、ナマエと関係を持ってからもそういった言葉を口にする機会は無かった。だから言い慣れない言葉を引っ張り出してくるのはどこか気恥ずかしさがあって、ナマエのことが欲しくなったら触れれば伝わると思っていた。
ただ、その所為で拗れて今に至っていることを考えてしまって、気づけば生ぬるい愛の言葉がこぼれ落ちていた。ナマエが驚くのは最もだ。だから直ぐに言葉が出てこないのも理解できる。けれど同じ気持ちだと確かめたくて、もう一度「好きだ」と呟いた。
「……お前は、……」
「勝己? あの、」
「俺のこと、やっぱ許せねぇか」
「え……」
「もう、俺のこと、好きじゃねえのかよ」
疑っていないのに言葉が欲しくなる。本当に好きなら態度でも示してほしいと思う。どちらも、俺がずっと怠っていたことだ。
何度もベッドに組み敷いたこれまでの関係をセフレなんだと思わせたのは俺が恋人らしい言葉や態度を見せなかったからで、それでも歩み寄ろうとしたナマエを更に突き放した結果がこれだ。
やらかした自覚はあったのにすぐに謝ることもできず、それから何日も連絡が取れず無視され続け、それでも無理やり家に押しかけてなんとか仲直りすることを赦された日。ナマエの言う通りに何もせずに朝を迎えて、目が覚めたら腕の中にナマエの寝顔があって柄にもなく穏やかな気持ちになったのに、次の泊まりからは背中を見せられることも多くなった。抱き合って眠るようそれとなく誘導してみてもやんわりと距離を取られる。たぶん、ナマエが俺を信じ切れてはいないから。
お前を誰にも渡す気はないし逃す気もさらさらない。だからお前は諦めて俺を欲しがってくれねえと、もう限界なんだよ。
「……勝己」
「……んだよ」
「ほんとにさ、俺でいいの」
「俺はずっとお前しか要らねェんだよ」
間髪入れずにそう言うと、ナマエは俺の頭を抱きしめてゆるゆると髪と地肌を撫でた。他意は無いんだろうが、ずっと触れられていなかったからかぞくぞくと気持ちよさが走る。思春期か俺は。
「……俺も」
心の中で馬鹿な自問自答をしていた俺の耳に響く、優しく甘い声。俺以外誰も聞いたことがないその声だけでも何もかも伝わるのに言葉の続きすら欲しがってしまう俺は、いつから欲張りになってしまったのだろうか。
深愛を乞う
「俺も、なんだよ」
拗ねたような落ち込んだような声色で啄むようなキスをしながら、俺の言葉を強請るようなセリフを零す。こんな恋人の姿はレアだ。いわゆるSSR、考えようによっては更にその上であると言える。
じゃれるような愛情表現は俺を安心させるどころか、多幸感で満たしてくるから手に負えない。勝己が俺のことを好きだというのは本当らしい。
ずっと触れなかったし言えなかった。もしあの時みたいに拒絶されたら、次はきっと立ち直れないから。ただ、勝己はこれまでずっと俺を問いただすようなことはしなかった。俺の変な態度にはきっと気付いていたのに、それとなくゆっくりと距離を縮めるだけだった。だから、たった一言なら、言ってしまおうと思った。
「……好きだよ」
その言葉を呟いた瞬間、俺を抱きしめた勝己からぐすぐすと鼻をすするような音が聞こえてくるなんて、市民もヒーロー仲間もA組の友人たちでさえ、きっと知ることはない。
2023.12.07
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