虎杖悠仁の場合




しばらくしない、禁欲して。とナマエから言われた次の日。昨日はいくら聞いても何も教えてくれなかったけど、今日こそは理由が知りたいと思って、こうして部屋に来てる。けど、一向に教えてくれない。朝話したときは変わった様子はなかったし、手合わせのときだって普段通りだった。部屋にだって普通に入れてくれたのに、WそういうことWの話になった途端、気まずそうに目を逸らされている。

俺とするの嫌になった? 知らない間に負担かけすぎてた? そんな感じで色々聞いてみるけど、ナマエはそんなことない、本当に何でもないの一点張り。

それでも俺が諦めずにしつこく食い下がっていると、押しに弱いナマエはクッションを抱えて顔を半分隠した。何そのあざとい仕草……。同い年の男なんだよな? これで狙ってないんだからヤバいよな。色々。

「す、」
「す?」
「……す……」

その一文字から進まないナマエの言葉の続きを待つ。好きとか言われちゃったらなんかもう色んなこと置いといて押し倒しそうだけど、ナマエはそういうことは割と普段からふにゃって笑いながら言ってくれるし、こんなに言いにくそうにしてるんだから違うな。

え、もしかして、「好きな人ができた」とかだったらどうしよう。ショックどころじゃないんだけど。めちゃくちゃ大好きな恋人が他の人を好きになるとか辛すぎない? 少なくとも俺は無理、ふつうに落ち込む。ナマエは綺麗な顔してるから、モテるのも知ってるし色んな人に好かれるのは全然分かるけど、俺以外を見るナマエとか、俺以外に触られるナマエとか……!

「……嫌だ」
「へ?」
「俺、別れたくない。何かヤなとこあったら言って。ちょっとずつ直すから」
「……、えっと、なんの話?」

きょとん、っていう効果音が世界一似合うかわいい顔をしたナマエが、「俺、悠仁と別れるつもりなんかないけど」とあっさり言うので、思わず抱きしめてしまった。禁欲って、触るのは大丈夫だっけ? たぶん大丈夫なんだよな? 疚しい気持ちがあるわけじゃない、なんてことも勿論ないので、少しはらはらする。

別に、そういうことしたくて付き合ってるわけじゃないし、毎日してたわけでもないから、理由は分からないけど暫くはその禁欲とやらに従ってみようか、なんて思って。ちょうどすぐそばにあった耳の後ろへ顔を埋めて、ナマエの匂いを吸い込んだ。ああ落ち着く。とりあえずは当面、これで我慢しよう。

そう密かに決心した俺の背中に、ナマエの手が控えめに回された。俺に比べるとちょっと筋力が弱いイメージのせいかもしれないけど、この守りたくなる感じが本当に堪らない。「怒らないで聞いてほしいんだけど、」という前置きで、慌ててその声に意識を集中した。禁欲は別にいいとしても、理由はやっぱり気になってはいたから、今度こそ言葉を待つ。

「こないだ言ったのは、最近、す、宿儺が、たまにでてくる、から」
「……は?」
「このままだと、浮気になるのかと、思って……」

すくな。宿儺。宿儺が出てくる。いやいや待って。この言い方だと、……ヤってるときに? 

「…………、は?」
「ごめ、あの、本当はその時に言いたかったけどなんか、言いづらくて」
「いや、ナマエが悪いんじゃなくて、えーと、ちょっと待って」

呪霊ってものを初めて見たとき以来かなってくらいの混乱に、言葉を探すことの難しさを感じる。なんだっけ、ああもう、優しい聞き方とかオブラートに包んだりとかが上手くできる人間になりたい。喉につっかえるそれらを何とか拾い集めて、深呼吸をひとつ。

「……間違いなく俺が全面的に悪いからアレだけど、とりあえず一個確認していい?」
「うん」
「宿儺がナマエに触ったってこと?」
「っ、」

ナマエは全然悪くないのに、ていうか全部俺が悪いのに、可哀想なくらい罪悪感を感じてるのが分かるから、腕の中に収まる恋人の頭を撫でて、出来るだけ優しい声で問う。するとあまりにも分かりやすくナマエが動揺したので、すぐに肯定と捉えた。途端に、脊髄反射で血液が沸騰したかと思った。

いつ? どこ触られた? ナマエのどんな顔見られた? 色んな疑問が生まれすぎてひとつも言葉に変えられない。さっきの言い方からして、一度や二度じゃないかもしれない。今すぐ宿儺に詰め寄りたいけど、とりあえず上書きしたい。宿儺の声や感触が残っているのが嫌だ。その身体にも、心にも。

思わず抱きしめている腕の力を強めてしまって、ナマエがちょっと痛そうな声を出したので、慌てて身体を離した。

ちょっとナマエの顔見て落ち着こう。力を入れすぎたことを謝って、俺の所為でぼさぼさになった髪を梳く。すると、俺の眼にフィルターがかかってるだけかもしれないけど、ナマエはちょっと潤んだ眼をしていて、俺は自分の中の独占欲とか、虐めたい泣かせたい縋らせたいっていう気持ちが、どくんと波打つのを感じた。

「か、身体は悠仁のだから、うまく抵抗できなくて……! 宿儺も力強いし、悠仁に戻ってって言っても聞かなくて、さ、触られたら訳わかんないし……っ」

俺が怒っていると思ったのかもしれない。ナマエは慌ててそう弁解して、最後に小さな声で「ごめん」と俺に謝った。全然悪いことをしていないのに謝るってことはきっと、本当の本当に罪悪感に駆られているんだろうなと思って、ということはつまり、宿儺に触られても、気持ちよかったってことで。

「……ごめんナマエ、今日はもう帰るから、その代わり明日、絶対抱かせて」
「え、」
「俺、ナマエをアイツに触らせたくないし、それ以前に会わせたくないし、ていうか見せたくもない。あと、二度とナマエのこと悩ませたりしたくない。

……だから明日、悪いけどめちゃくちゃに抱いて、宿儺のこと全部忘れさせるから」

耳まで真っ赤にしたナマエに軽くキスをして、「おやすみ」と言って部屋を出た。キスの直後の、名残惜しそうに俺を見るその表情を思い出して、後ろ髪を引かれるってこういうことなんだなと思った。もっと触りたかったしキスしたかったけど、いつまたアイツが出てくるか分からない。

何が何でも宿儺にW縛りWを作らせてやる、と心に誓った。そして明日、どろどろに甘やかして、だけど気を失うまで抱き潰すことに決めた。二度と俺以外で気持ちよくなることがないように、なんて、真っ黒で真っ赤な色の独占欲を心臓の真ん中に潜ませながら。

次の日、悠仁が部屋にやって来て、「ナマエ、いい?」と静かに尋ねた。昨日言われたことを思い出して悠仁の顔が見れないでいる俺に、「嫌なら言って。なるべく聞くから」と言って覆い被さった。

もう何回目か分からないくらいの絶頂で、それまでもそのときも、何度も何度も「もうやだ」「許して」って言ってるのに、「ごめん、もうちょっと頑張って」って言ってまた腰を打ち付けられる。なるべく聞くって言ったくせに……!

次の日に任務も訓練も無かったから良かったものの、終わった後は暫く本当に腰に力が入らなくて、ほぼ一日中ベッドで過ごすことになった。悠仁があまりにも謝ってくるのと、気持ちよかったのは間違いないから許したけど、宿儺が出てこなくなった代わりに、とんでもなく恥ずかしい姿を見せた気がする。

禁欲もさる事ながら、悠仁の前で他の男の話なんか、滅多に言うものじゃないなと思った。