なまえは出会った時から不思議な奴だった。年は3つ上だったけどそういうのじゃなくて、どこか大人びた表情をする奴だった。するりと懐に入ってくるくせに、常に一定の距離を置いているような気がした。常に笑顔でいながら時々感情を露わにすることもあるけど、誰にもその心の内を明かさない。

 一虎と場地が過ちを犯しそうだったのを諭して止めた。パーが長内を刃物で刺そうとしたのを止めた。ケンチンがキヨマサに刺されそうだったのを止めた。場地がやられそうになった時もエマが襲われそうになった時も、間に入って助けた。その度にそれなりの怪我をして、だけど「大丈夫」と笑っていた。

 なまえは大寿をも説得して兄弟への乱暴を止めさせて、黒龍の犯罪紛いの暴力をやめさせた。八戒も柚葉も大寿とそれほど多くは話さないものの、前より兄弟らしく暮らすようになったらしい。

 施設に入っていたイザナにいつの間にか会いに行って友達になっていた。イザナをオレたち3兄弟に引き合わせ、血の繋がりがなくたって互いが想い合えたら家族になれるからと諭した。イザナとは別のチームに所属してはいるものの、合えば兄弟らしい言い合いをするようになって気づけば本物の家族のように仲良くなっていた。

 品川のモッチー、イザナの友人の鶴蝶とも知らない間に仲良くなって、あの気まぐれな六本木の灰谷兄弟ですら「東卍との喧嘩はタイマン以外やらねーよー? 抗争しねぇってなまえと約束したし」「まあ、なまえには仮があるから」とこっそり協定を結ばせていた。

 聞いた話だと、イヌピーとイヌピーのお姉さんを助けたのもなまえらしい。ココはそれに恩義を感じていて、二人は今のところ東卍には入らないものの、何かあれば東卍に力を貸すとオレに言ってきた。

 そうしてオレの、そしてオレの周りの奴らの失われそうだったものが、なまえによって救われていた。ぶつかって敵同士になりそうだった奴らが、なまえを通してダチみたいになっていった。
 みんななまえのことが好きで大切だった。それなのになまえはそれを知ってか知らずか、なんとなくオレたちと一線を引いたままだった。

 いつか、その理由を聞いてみたいと思った。
 いつか、教えてくれると思っていた。



「は………?」

 ある日、一斉送信で届いたメール。中学の卒業式の二日後だった。

『ごめん、しばらく会えなくなる。
 でも俺は大丈夫。
 できれば、俺のことは忘れてくれ。
 みんなが仲良しのまま、12年後も笑ってる未来を願ってる。』
 
 しばらく会えない? なんで?
 しばらくってどれぐらい? なんで何も言わなかった?

 忘れてって何? 忘れられるわけないだろ。あれだけみんなを救っておいて、夢中にさせておいて、爪痕を残しておいて、忘れろなんて馬鹿なこと言ってんな。

 そのメールを見て固まって、あまりにも理解が追いつかなくてつい携帯をへし折るところだった。その時たまたま隣にいたケンチンもメールを凝視して、そしてメールを見たらしい三ツ谷や場地からも連絡があった。それからすぐにみんなでなまえの家へ向かった。

 結果として、なまえは居なかった。昨日引っ越したと、隣の家の人が教えてくれた。

「海外に行くことになったって言ってたわ。国までは聞いてないんだけど」
「えっ、と、それは、親御さんの転勤、とか……?」
「なまえくんは一人暮らしだったの。両親は昔事故で亡くなってて兄弟もいなくて、親戚はいるけど遠くに住んでて関わりはあまり無いんだって。若いのにしっかりしてると思ってたけど、色々大変な境遇よね」

 衝撃だった。色んな人を助けてきたなまえには親も兄弟もいなくて、それなのにあんなに明るく笑顔でオレたちと笑ってた。太陽みたいな奴だと思っていた。いつの間にかみんな照らされていたのに、アイツ自身は何に照らされていた? アイツを救ったことがある奴が、此処にいるだろうか?

「……ふざけんな」
「マイキー?」
「探す。何年かかっても、絶対に見つけ出す」

 忘れてなんかやらねぇよ。
 オレのその言葉に全員が頷く。なぁ、なまえ。オマエはどうせ、みんながそこまで自分に入れ込んでることは知らないんだろうな。少なくともオレはもう手遅れなんだよ。オマエ無しじゃあ息をするのも苦しいぐらい。

 今さら離れていくなんて許さない。どれだけ時間が経とうが、オレ達から逃げられるなんて思うなよ。


▽▲▽▲▽

 
 この世界に生を受け自我が伴った瞬間に俺が考えたことは、どうやって彼らの凄惨な未来をねじ曲げ、そして彼らの前から自分が居なくなるかだった。
 東京リベンジャーズという中学生やら高校生やらが簡単に大怪我をし大切な人を亡くす漫画の世界だと気付いた時に思ったのは、前世の分まで青春を謳歌することと、未来を知っている自分ができる限りのことをすること。
 結果として、知りうる限りすべての人間をそれなりに救えた俺は、友人達の前から消えることに決めた。
 もともとイレギュラーな存在なのだから、ある程度のことを成し終えたら彼らとは関わりを断つほうが得策だと思えた。俺がいることで物語以外のことが起こるのが怖かった。その先はもう俺が結末を知る方法は無く、何かが起こっても止められない。
 俺はタイムリープできるわけじゃない。この一回きりの人生でやり遂げるには何一つ無駄にできないし、だからこそ出来るところまでやったら後の行く末には関わらないようにと思ってのことだった。

 日本を経ったあの日から10年。オレはビザを適当にはぐらかし一度も帰国することなく世界中を回っていたが、まあ10年も経ったのでちょっとぐらいなら日本に立ち寄ってもいいかな程度の感覚だった。

 そしたらまさか、あの日から随分と背が伸びているものの面影を残したまま、俺の目の前に現れた人物。

「久しぶり、なまえ。───ちょっと、オレ達と話そうか」

 マイキー、とその名を発する前に距離を詰められ腕を掴まれ、その凄みのある恐ろしい笑顔に後退りしようとしたら、トンと背中が何かにぶつかり腰をぎゅっと抱き寄せられたので思わず見上げた。
 さっきの台詞の中でオレ達、という言葉に今更ひっかかった気がしたけれど、それはすぐに解決した。

「怖がられてんじゃねーか万次郎」
「イザナ。うるせぇよ」
「へ、ぁ、え……?」
「久しぶりだな、なまえ。会えて良かった」

 にこり、と綺麗に笑われていて優しい言葉をかけられているのに、背中を走る悪寒。え、何、この兄弟に挟まれるとかもう殺されそうで無理なんだけど、───兄弟?
 そうだ、たしかに今、互いの名前を。

「ま、マイキーと、イザナ、って、仲良いの……?」

 おそるおそる訪ねた。二人は「は?」と同時に声を出した。こんなクソ生意気な弟と仲良いワケねぇ、お前みたいなポンコツ兄貴に言われたくねぇよ、と言い合うのを聞き、もう限界だった。
 遠くから何やら見知った顔が何人もこの空港のターミナルに入ってくるのが見えたが、俺はそれどころじゃなかった。

 俺の目からぼろぼろと涙が溢れたのを、前に立っているマイキーがぎょっとした顔で見ていることには気付いていたが、それでも止められなかった。

「……っ、た」
「あ?」
「なまえ……?」
「二人が生きてて、ちゃんと家族で、よかった……ッ」

 本格的に泣き出した俺に、さっきまで凄んでいた二人はおろおろと慌て、その周りを東卍やその他の不良メンバーが囲むようにして駆けつけたときもまだ、俺の頭にはこの二人が今も兄弟でいることへの嬉しさが溢れて溢れて止まらなかった。

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 泣いて泣いてようやく我に帰れば此処が空港のど真ん中だったことを思い出し、一瞬羞恥で死にそうになった。そして俺の周りを取り囲んだ奴らの中には一部カタギではないだろうなという人間も混ざっているが、それがまあまあ見知った顔ばかりなので野次馬ではないことにホッとする。こんなところで成人男子が大号泣は恥ずかしすぎる。

 俺が泣き止んだことを確認し、ずっと俺を後ろから抱き締めていたイザナの手が顎にかかり上を向かせられた。

「いざな、」
「勿体ねぇ」

 れろ、と横から目尻を舐められてピシリと固まる。混乱やら何やらより、目の前の万次郎がとんでもなく殺気立ったことの怖さの方が勝った。

「イザナてめぇ……ぶっ殺すぞ……」
「はっ、やってみろよ」
「いやいやいやいや待って待って待って待って」

 こんなところでガチ喧嘩したら絶対に収集付かないし色んな物が破壊される……! と思っていると、マイキーの後ろに誰かがひたりと立った背の高い、黒の弁髪。

「落ち着けマイキー、ここ空港だぞ」

 ドラケンだと認識したと同時に後ろからもイザナを嗜める声が聞こえて振り返ると、鶴蝶が困り顔で立っていた。互いの保護者が来た……!

どうにか助かりそうなのでホッと胸を撫で下ろしていると、ガッシリと両腕を掴まれた。え?

「ケンチン、ぜってー逃すなよ」
「おう」
「え?」
「鶴蝶」
「……分かってるよ」
「え」

 痛くは無いけど絶対に抜け出せない力で腕を掴まれ、さながら連行される犯人のような状態だと思った。何の罪に問われるんだ俺は……。勘弁してくれ。

 どっちのアジトに(俺を連れて)行くかで揉めに揉めて、一悶着どころか八悶着ほどを経て、東京卍會の本部に連れてこられた。天竺という組を率いているイザナと幹部数人が結局一緒について行くことで収まったらしい。
 道中である程度人数が絞られたものの、あの頃の不良らしさに加えて凄みを感じる奴らに囲まれて息がしづらい。

「なまえ」
「……ハイ」
「オレ達に何か言うことは?」
「えー、あー、た、ただいま……?」

 ぎろりとマイキーとイザナの殺気がぶり返した。なんか間違えたっぽい。いや分からないので正解を教えてくれ。

「なんでオレ達から離れて行ったの?」
「え?」
「なんで何も言わねーの」
「えっと」
「この12年、ずっとなまえを探してた」

 マイキーの言葉は、周りの視線は、これは、なんだろうか。ネガティブな意味合いじゃないけどなんか、嫌な予感がする。

「黙っていなくなった分、覚悟しとけよ?」
「…………え、っ」

 マイキーの顔がぐっと近付いて、唇が重なった。
 それを認識すると同時に響いたのは、数人の怒号とイザナの蹴りの音だった。

全部を救った原作知識のある夢主が修正力と彼らの未来に対する自分のイレギュラーさを恐れて海外に姿を消したけどそろそろいいかなと思って12年後にケロッと現れるも、思っていた100倍執着されてて逃げられなさそうみたいな話が書きたかった。書けなかったので供養。