「……あたまなでて」
「………ハイ」

 機能しない頭で返事を考えるも結局ハイとしか言えず、その頭を撫で撫でする。するとようやく刺々しい雰囲気が霧散した。

「ん……もっと……」
「よ、よしよし」

 猫のように擦り寄ってくるのは仕草としては大変かわいらしいが、猫ではなく人間。もっと言うとたぶん、シャレにならない裏社会の人間だという気がしなくもない。詰んでいる。

 この猫みたいなヤンキーみたいなヤクザ(仮)に絡まれたのはごく最近だ。

 俺には放浪癖があった。いや意味合いが違う気がするしちょっと格好良く盛り過ぎた。事実だけを言うと夜の散歩と飲み歩きの趣味があった。飲み屋を出てから肺にめいっぱい吸い込む澄んだ夜の空気が好きだったし、星が見える空も月を隠す雲も好きだった。殊更好きなのは動物、特に野良で出会う猫であるが。

 俺の手は昔から猫や犬などの動物を手懐けるのに大変秀でており、血の繋がってない兄弟(ただの父親の再婚相手の子どもというだけなので昼ドラのようにドロドロしたアレではない)には「ゴッドハンド」と言われていた。俺が撫でればどんなに気分屋な猫もゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくるし、手負いの獣よろしく威嚇してくる犬も腹を見せ、撫でろと強請ってくる。

 昔からそんなだったから、ついうっかりだ。人間相手にも落ち着かせようとすると頭をなでてしまった。それがよく見ればカタギの人間では無さそうだと思った時にはもう遅かった。

 家に行きたいと言われれば断れるはずもなく。一緒に寝てくれと言われたら拒めるはずもない。別にめちゃくちゃこの世に未練があるかと言われたらそんなでもないが、かと言って早く死にたいわけじゃない。

 まあそのうち飽きてくれるだろうと思って、今日も言われるがままにそのヤンキーを布団に入れる。俺の胸に顔をうずめるようにしてぎゅっと抱きつく姿だけ見れば子供みたいだが、首の後ろに入ったタトゥーとか光のない目とか目の下のひどい隈とか、何より時々鼻をくすぐる血の匂いとかがまあそれはもう明らかにやべー奴である。
 が、風呂入れって言ったらちゃんと入るし、メシ食う? って言ったら俺の作ったものを食う。なんだかんだ絆されてしまって、時々やってくるこの男──万次郎を家に入れて世話をするのが通常営業になりつつある。慣れって怖い。

 そんな風にしてこれを日常の一つとして納得しかけた頃。買い物から帰宅すると、自分の部屋の前にでかい男が3人いた。ピンクと紫の髪。俺の周りにそんな奇抜な髪色の奴はいないので初対面である。「家間違えてますよ」と言いたかったがたぶん間違えてないんだろうな。
 帰宅すると部屋の前に万次郎が居るのは慣れてきたのでまあいいが、こんなやばそうな人間に待ち伏せされるならエントランスが施錠されているマンションに引っ越した方がいい気がしてきた。

「あの」
「……あ、こいつじゃね?」
「あぁ? こんな雑魚かよ」
「一般人らしいししょうがないだろ。ま、見た目はマジでフツーだな」

 スーパーとコンビニに行っただけなので、正直言って人に会える格好ではない。目の前の3人が相当お高いだろうと思われる立派なスリーピーススーツを着ているので、俺のほぼ部屋着な服とのコントラストで目が潰れるなと思うレベルだ。

「なぁ、アンタがみょうじなまえ?」
「えっと、はい」
「最近、此処に出入りしてる白髪の男がいただろ」
「あー……」

 万次郎のことだろうなとすぐ思い当たる。さてどう答えるべきかと考えあぐねていると、ピンクの長髪の人が黒い銃をこちらに向けた。……えええ? なんでオレは殺されそうになってんの。ていうかやっぱカタギじゃなかったんだなあ……。

「部屋入れろ」
「……ドーゾ……」

 オレは考えることをやめた。


 家宅捜索的なものが始まってから数分。それに飽きてきたのか、「どうやってボス手懐けたの〜?」と聞いてきた短髪の男──蘭というらしい──の頭を撫でたのが今日の戦犯ポイントだった。いや、馬鹿正直に「頭を撫でたら」と言ったのがまずかったのか。「オレも撫でてみてよ」の言葉に乗ったことか。たぶん全部だな。
 ていうか万次郎、ボスだったの? 今日一日で情報が多い。

「んー、あ、ぅ、やべ、気持ちい……寝そう……」
「兄ちゃん???」

 この二人は兄弟だったのか。兄貴と呼んでたからそうかなとは思ってたけど、なんかこういう世界って実の兄じゃない人のこともアニキって呼んでそうみたいな。現実逃避はこの辺にしとこ。

 ピンク頭の人が別の部屋にガサ入れ(こっちの方が字面が合ってそう)に行っていていないのが救いだが、俺に撫でられてとろんとしてもはや半分寝ている兄(仮)、をただ無心に撫で続けている俺、そして目を丸くして驚く弟(仮)。ヤクザ的な人の一人が一般人に眠らされた(語弊)ことはたぶん、ただただ信じがたいことなんだろうと思う。だけど俺は本当に頭を撫でただけで何もしてない。だから早く帰ってくれないかな……。

そしてなんやかんや全員にゴッドハンドを披露することになり全員寝落ちさせ、精神をすり減らして浅い眠りしかできない梵天幹部たちが安眠を求めてやって来るようになる。みたいな話