※ネタメモ五条先生×生徒夢主より(思いついた当初と多少相違あり)








「なまえ。こんなところで何してるのかな?」

 午後8時。補導もされないこんな時間に、男とホテルから出てきたところで声をかけられた。聞き覚えのありすぎる声で、振り返れば案の定、五条先生が立っていた。

「……じゃあ、今日はここで。また連絡します」

 五条先生を一瞥してから、先生の持つ雰囲気に気圧されてしまっている男性に声をかけて、別れの挨拶をする。男性は慌てて俺から離れて立ち去り、やがて人混みに紛れていった。

「なまえ、あれ誰?」
「セフレ、ですかね」
「へえ。援交相手とかじゃなくて?」
「お金貰ってないです。別に困ってないですし」
「そうなんだ。もしかしてなまえがタチ?」
「まさか」
「だよねぇ」

 その長いコンパスを俺に合わせてゆったりと歩く先生に並んで歩く。

「なまえってそっちなの?」
「まあ……、バイです。多分」
「多分?」
「女の人とする機会が最近なかったんで」
「最近、ね。爛れてるなぁ」

 咎めないものの、いつもより探るような視線を感じる。──あぁ、だからバレたくなかったのにな。これなら、遊ぶのも大概にしておくようにと諭される方がまだマシだった。

「なまえは学校、楽しくない?」
「そこそこ楽しいですよ」
「でもヤるんだ?」
「学校とセックス、関係ありますか」
「うーん、まあそう言われると無いかもね」

 核心には触れず、だけどぐるぐるとまとわりつくような言葉と態度。やめさせたいんだろうなと思う。この人はW青春Wに拘っていて、だからきっと俺が好きでもない相手に抱かれたりしてるのが引っ掛かるのだろう。

「なまえはさ、好きな人とかいないの?」

 担任としてはそこそこ気を抜けるし好きだけど、この人のこういうところが好きになれない。俺にそれほど興味もないくせに、生徒だからという理由で俺を理解しようとする。「いますよ」と答えると、今日初めて驚いた表情を見せた。驚いたと言うより、意外だと感じただけだろうけど。

「あの。失礼を承知でいいますけど、先生に迷惑かけてますか?」
「え?」
「セフレから相手を好きになって恋人になるケースだってあるじゃないですか。好きな人でもそうじゃない人でも、俺が誰と寝ても、先生には関係ないですよね」

 好きな人はいる。だけど絶対に叶わないのだ。どうせ叶わないなら、それを忘れるぐらい気持ちよくなったっていいだろう。名前と年齢しか知らない誰かに抱かれながら、心の中で好きな人の名前を呟く。何でも手に入る五条先生は一生理解することのない虚しい感情だ。

「……落ち着いて、なまえ。僕の家で話そうか」

 特別だよ、と麻薬のような優しい声とともに俺の腕が掴まれ、あっという間に景色が変わった。

 掴まれた腕に熱が集まる気がした。たとえば好きな人に───目の前のこの人に一度でも抱かれれば、この馬鹿な行為を終えられるだろうか? なんてありもしないことを考えながら、先生に手を引かれてエントランスをくぐり抜けた。おしゃれな間接照明が暖かい光で通路を照らしていて、見た目が抜群にいい五条先生に連れられている自分がひどく滑稽に思えた。







「ココアでいい?」
「……はい」

 本当はコーヒーの方が好きだけど、先生がよくココアやいちごミルクなんていう甘ったるいのを飲んでいるのを知っているから。だからそれを少し飲んでみたいなんて、ちょっと健気なことを思ったところで目の前の人に伝わりはしないのに。

 授業のなんでもない話とか、虎杖や伏黒とファストフードで駄弁った話とか、釘崎の買い物に付き合わされた話とか。そんなどうでもいい話で数分が経過した頃。
 ソファに並んで座った俺と五条先生との間にあった拳3つ分くらいのスペースが、ほとんど肩が振れるくらいまで近付いた。俺は動いていない。五条先生がわざわざ距離を縮めたらしい。

「でさ。さっきのことだけど」
「………」
「まあなまえの言う通り、誰に迷惑かけてるわけでもないし、個人の自由なんだけどさ」

 距離が近づいたことで、先生の言葉や吐く息で空気が震えるのを肌で感じてしまう気がする。爽やかなのにどうしてか色気もあるようなこの香りはどこの香水だろうか。
 混乱するものの頭の端が冷静なのは、先生にとって自分はただの生徒で、そして俺にとってもこの人がただの先生でしかないということが分かっているからだ。

「けどその、あー、セフレ? そいつが下手なこと考えてなまえが変な目に遭わないかって、先生としてはその辺ちょっと心配なわけ」
「……相手は全員、非術師ですよ。万が一何かあっても対処できます」
「うーん……、まぁ、そーね」

 そう言われるとなぁ、と五条先生は頭を掻いた。この意味のない問答は間違いなく俺のせいだし、迷惑をかけている自覚はある。指導しない訳にはいかないという責任感からくるものかもしれないと思うと、もうしませんと形だけでも言えば良いのだろうか。

 だけどそもそも俺だって、別に好き好んで色んな人間と関係を持ってるわけじゃない。もし好きな人が望んで自分を抱いてくれてそしてその人も俺のことを少しだけでも好きになってくれたら、身体だけ繋げて快感だけ拾うみたいな虚しい真似はしなくて済む。

 この人は先生みたいに背が高い。
 この人は少し先生と声が似てる。
 この人は少しだけ言葉遣いが。
 この人は───……。
 意味のない言い訳をするみたいに先生と近い部分を探しては、先生みたいに強くて綺麗じゃないって現実を見て、それでもやめられないのだ。

 絶対に叶わないから、他の人間でその隙間を埋めているだけ。それの何がいけないのだろうか。

「五条先生は、なんでそこまで俺の人間関係を気にするんですか?」
「……なんでだろうね?」
「はァ……?」

 気に掛けられることそれ自体は不愉快には感じない。ただこっちの気も知らずに引っ掻き回されるのが嫌なのと、的を得ない問いかけを煩わしく思うだけだ。俺の表面上だけを見て暗に爛れた行為をやめろと諭すその言葉がずるいだけ。

「知らない男だと心配ってことなら、まぁ、虎杖とか棘先輩に言ってみます。気持ち悪がられるかもだけど、押しには弱そうだし」
「あー……、うん、そうなるわけね」

 友達や先輩を巻き込むようなことは絶対にしないけど、この場を納得させるためにとりあえず比較的仲の良い二人の名前を借りて言うと、五条先生は歯切れが悪そうにそう言ってまた黙り込んでしまった。埒があかない。
 時間も時間なのでそろそろ帰った方がいいだろう。俺は明日は休みだけど先生はどうか分からないし。

 そう思い立ちあがろうとすると腕をやんわりと引っ張られる感覚があって、再びソファに座ることになった。当然、先生が俺を引き留めたことになるけど、なんとなくそちらを向けなかった。

「……なんですか」
「こっち向いて」

 まるで噛み合っていない会話に負けて五条先生の方を向くと、思っていたより近くにアイマスクを外したその顔があった。真っ直ぐにその眼を見たのは随分と久しぶりな気がする。蒼く透明なそれを息を止めて見つめていると、先生は首を傾げた。

「……僕だとどう?」
「…………は?」
「ようは、持て余してるってことでしょ。前に一緒にいた男を見てる感じだと多少年上でも大丈夫みたいだし、僕が相手しようか」

 「男相手はした事ないけど」と付け加えるようにして五条先生は言った。俺はといえば言葉の意味を噛み砕いて飲み込むのに忙しい。

 何度も想像した。想像して、どこからどう見ても引く手数多な人が女の人ではなく男を、ましてや自分の生徒を相手にするわけないって言い聞かせて誤魔化してきた。
 一度だけ。一夜だけだとしても、この人に抱かれたら何かが変わるだろうか。……無理だろうな。一度だって抱かれたら、俺の意思に関係なく全部が変わってしまうだけだ。そうしたら転校するどころか退学するなんて事になりかねない。五条先生はよくても、俺が何もかも駄目になるから。
 いや、そもそもこの人が俺みたいなのに勃つ訳ないか。

 目の奥がツンとした気がした。こんなところで泣いてどうする。先生には絶対に気付かれるわけにはいかない。

 目を逸らして呼吸を手繰り寄せることに徹した。こちらの沈黙をどう受け取ったのか、先生は「まぁそうだよね」と勝手に納得した声を出してから、その眼が再びアイマスクによって遮られた。

「誰でもいいわけじゃないか。ごめんね」

 その言葉に「そうですね」とかなんとかそう言う返答を、辛うじて返した気がする。

 誰でもいいわけじゃない。
 先生じゃないなら、他の誰と寝ても同じってだけ。

「……なまえ?」

 名前を呼ばれても声を返せないでいると、俺の頭を撫でた五条先生の指先が、目尻から頬にかけてをなぞる。キスをするときのような仕草に少し見上げた。アイマスクをしたその顔は何を考えているのか読み取れない。

「もう、帰ります」
「……そうだね。駅まで送るよ」
「いえ、大丈夫です。また月曜から、宜しくお願いします」

 生徒を心配しているだけの何の気もない申し出をすげなく断って、五条先生の家を出る。せめて素直な生徒にでもなれれば良いのに可愛げがない自分が嫌になると同時に、なんであの人なんだろうかなんて意味も名前もない気持ちが内側に燻る。
 じくじくと抉られたままの傷が心臓を貫いていて、ため息を溢しながら駅までの道を歩いた。

 携帯から数人にホテルへ誘うメッセージを送った。早く忘れたい。誰に何度抱かれればあの人を好きじゃなくなるだろうか。
 自分に先生の香りが移ったようで落ち着かない俺は、今度会ったら何食わぬ顔で使っている香水を聞いて次の相手にそれをつけてもらおうなんて、馬鹿なことばかりが頭を占めるのだった。








「……いつも澄ましてるクセにあんな顔すんの、ずるいでしょ」

 だから俺が帰った後、五条先生が額を抑えて項垂れながらそんなことを呟いていたなんて、当然知る由もないことだった。
エンドロールの逆襲劇


欲しがれるのはどっち?






2022.08.21