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グレイの周りを冷気が漂う。いつもより冷たい気がして、尻尾は眉尻を下げた。
「オマエの師匠が封じた悪魔だァ?」
「ああ…間違いねえ」
「元々北の大陸にあったものがここに運ばれた?」
「もしかして島の呪いって、この悪魔の影響なのかしらね」
「考えられなくもねえ。この悪魔はまだ生きてるんだしな」
『…生きてるのか…』
冷静になろうとしている。こちらを見ないグレイは、今どんな顔をしているのだろう。
「おし。そーゆー事ならこの悪魔をぶっ倒してみっか」
「あんたは何で力でしか解決策を思いつかないのよ」
『!グレ、』
グレイがナツを睨んだ。すぐ近くにいた尻尾は察知して止めようとするが間に合わない。グレイはナツを殴り飛ばした。
「グレイ!!!てめえ…何しやがる!!!」
「火の魔導士がこれに近づくんじゃねえ。氷が溶けてデリオラが動き出したら、誰にも止められねえんだぞ」
「そんなに簡単に溶けちまうものなのかよ!!!」
ナツの言葉にハッとなったグレイ。やはりまだ、上手く受け止められていないみたいで、いつもの冷静な判断ができていない。
「大丈夫?」
「オイ!!!殴られ損じゃねえか!!!凶暴な奴だな」
「ナツが言う?」
ハッピーに全面賛成。尻尾はグレイの背中をぽんぽんと軽く叩く。グレイは深く息を吐いた。
「ウルはこの悪魔に絶対氷結(アイスドシエル)っつー魔法をかけた。絶対に溶けない氷なんだ。どんな火の魔法を使っても溶かせない氷」
脳裏に幼いグレイが映る。あの時、グレイも私に釣られて泣いていた。
「溶かせないと知ってて、なぜこれを持ち出した…?」
「知らないのかもね。何とかして溶かそうとしてるのかも」
「何の為にだよっ!!!」
「し…知りませんけど…」
『グレイ顔。落ち着け』
「チッ」
グレイは一度こちらを見て、顔を背けた。くそ、と毒づく。
「調子でねえな。誰が何の為にデリオラをここに…」
「簡単だ。さっきの奴等追えばいい」
3人が消えていった方向を指さすナツ。ルーシィもそれに同調する。しかし、グレイは、
「いや。ここで待つんだ。月が出るまで待つ」
真っ直ぐ氷を見つめ、待つと言った。
「月…ってまだ昼だぞ!!!無理無理!!!ヒマ死ぬ!!!」
「グレイ、どういう事?」
「島の呪いもデリオラもすべては"月"に関係してると思えてならねえ。奴等も「もうすぐ月の光が集まる」とか言ってたしな」
「そっか…確かに何が起こるかあいつ等が何をするか…気にはなるわね」
『月が出てからの方が色々わかりそうだし、そっちの方が効率的だと思うな、私も』
「オレは無理だ!!!追いかける!!!」
ナツの全力拒否に誰も何も言わないでいると、奴はいつのまにか寝ていた。
「本当…こいつって本能のままに生きてるのね」
「あい」
いびきうるせ。そう思いながら人ひとり分空けた隣を見る。グレイはずっと黙り込んだまま、何か考えているようだった。
「はァーー待つとは言ったものの…ヒマねやっぱり」
「あい」
尻尾はグレイのことが気になるものの、話しかけるわけにも行かず石を浮かせたり落としたりして暇を潰していた。
「開け!!!琴座の扉、リラ!!!」
「キャー!!!超久しぶりィルーシィー!!!」
「はぁい」
『びっくりした…』
「また変なの来た」
いきなり高い声がして驚いた尻尾。ルーシィは「ごめんね、ヒマだから呼んじゃった」と言って、何の歌がいいかというリラの問いにまかせると返す。
「じゃあてきとーに歌うわねイェーイ」
「リラはすっごく歌うまいのよ」
「ミラだって上手だよ、魚の歌歌ってくれるし」
『魚の歌歌ってくれたら誰でもいいんだろハッピーは』
「そんなことないよォ!」と言うハッピーを撫でて、リラの歌に耳を傾ける。
「生まれる言葉…消えゆく言葉…」
「おおっ」
『おー』
綺麗なソプラノの声に聞き入る。てきとーということは、即興なのだろうか。尻尾がふと隣を見ると、グレイの手が震えていた。
『…!』
「え?ちょ…グレイ?」
「あ?何だよ」
「泣いた…」
「確かにリラは人の心情を読む歌が得意だけど…」
「グレイが泣いた」
「泣いてねえよ」
グレイはこちらを見ない。そんなの、泣いていると言っているようなものじゃないか。
『(グレイが泣いてるのなんて、久しぶりに見た)』
「もっと明るい歌にしてよ、リラ」
「え〜!?だったらそう言ってえ」
「つーかよく考えたら誰か来たらどーすんだよ、黙ってろ」
そう言われ、この空間は静かになった。気がつけばルーシィも寝ていて、尻尾は小さな声でグレイに話しかける。
『グレイ』
「何だよ」
『…大丈夫か』
「…さァな」
大丈夫だと言われなくて、よかったと思った。『そっか』と返すと、また静寂が訪れる。
「…まだ信じらんねえ。もう二度と見ることは無いと思ってたものが、目の前にあるのが」
『うん』
「デリオラの恐ろしさを知らねえ奴がいるんだと思うとゾッとする」
『うん』
「……なんで…、」
尻尾とグレイは秘密を教えあってから、お互いその話をしたことは無かった。あれ以来、触れられることのなかった記憶だった。
『…止めるつもりがナツたちに着いてきちゃったけど、来てよかったと思うよ』
「……」
『グレイの知らないところで、グレイの記憶の厄災が復活するようなことにならなくて、良かったと思う』
「……そうだな」
今、デリオラの復活を知ることが出来て良かった。まだ止められる。まだ、厄災の再来を食い止めることが出来る。そう、尻尾は強く思ったのだ。
「…ありがとな」
『なんのなんの』
グレイが薄く笑った。また静かな空気が訪れて、尻尾も少しうとうとし始めた、その時だった。地響きが鳴り、洞窟が揺れる。尻尾は目を見開いた。
「何の音?」
「夜か!!!」
ナツとルーシィも飛び起きた。上からパラパラと小さな瓦礫が落ちてきて、顔を上げる。
「天井が…開いた!!!」
見上げた天井が割れ、開いた岩のあいだからは光が差し込む。
『何…』
「紫の光…月の光か!!?」
「何だこれ!!!どうなってんだーっ!!?」
差し込んだ光はまっすぐ、デリオラへと落ちる。
「月の光がデリオラに当たってる!!!」
「偶然なんかじゃねえぞコリャ」
十中八九、人の手によるものだ。
「行くぞ!!光の元を探すんだ!!!」
「オウ!!!」
5人は階段を駆け上がる。一度広い空間に出るも、天井には穴が空いており、光は更に上から降りてきていた。「もっと上だ」更に階段を駆け上がった。
『いた!!』
「何だアレ」
「しっ」
外に出た。少し離れたところに、人影が見えた。月の光を中心に人が円をつくり、何か呪文を唱えている。
「月!!?本当に月の光を集めてんのかこいつ等!!」
「それをデリオラに当てて…!?どうする気!!?」
『どこの言語だろ。聞いた事ない』
「ペリア語の呪文…月の雫ね」
リラが横から顔を出す。
「アンタ…まだいたの?」
「そっか…そういう事なのね」
1人納得した様子のリラ。『ペリア語?』と聞くと、コクリと頷く。
「こいつ等は月の雫を使ってあの地下の悪魔を復活させる気なのよ!!」
「何!!?」
『デリオラを…』
「バカな…絶対氷結は溶けない氷なんだぞ」
グレイの顔を見上げた。尻尾からはあまり見えなかった。
「その氷を溶かす魔法が月の雫なのよ。1つに集束された月の魔力はいかなる魔法をも解除する力を持ってるの」
「そんな…」
「あいつ等…デリオラの恐ろしさを知らねえんだ!!!」
「この島の人が呪いだと思ってる現象は月の雫の影響だと思うわ。一つに集まった月の魔力は人体をも汚染する、それほど強力な魔法なのよ」
『デリオラを復活させる為なら村人を巻き込んでもいいということか』
尻尾は苦い顔をした。ナツが拳を握り締める。
「あいつ等ァ…」
「待って!!!誰か来たわ!!!」
殴り込みに行きそうなナツをルーシィが肘で止める。鈍い音がした。
『ルーシィ結構容赦ないよね』
「そんな事言ってる場合じゃないでしょっ!!」
現れたのは仮面を被った人間。後ろには洞窟で見た3人も引き連れていた。
「くそ…昼起きたせい眠い」
「おおーん」
「けっきょく侵入者も見つからなかったし」
「本当にいたのかよっ!!!」
「悲しいことですわ零帝様。昼に侵入者がいたようなのですが…とり逃してしまいました。こんな私には愛は語れませんね」
「侵入者…」
男か。尻尾は思った。隣のグレイが僅かに反応したように見えた。
「あいつが零帝か!?」
「えらそーな奴ね、変な仮面つけちゃって」
「そっかなあ、かっこいいぞ」
ハッピーのセンスはマジで謎。
「デリオラの復活はまだなのか」
「この調子だと今日か明日には…と」
「どっちだよ!!!」
『こりゃあすぐにでも対処しないとまずいな…』
犬男がうるさい。しかし今日か明日。なんてタイミングだ、と尻尾は舌を打つ。
「いよいよなのだな……」
「…………」
『どうした?』
尻尾の声にグレイは答えない。
「侵入者の件だがここに来て邪魔はされたくはないな」
「ええ」
「この島は外れにある村にしか人はいないハズ。村を消してこい」
男の命令に、従者の3人が"了承"を口に飛び出していく。ここに来て村人が標的にされるとは思わず、ナツと揃って「何!!?」と声が出た。
「血は好まんのだがな…」
尻尾は零帝に殴りかかってやろうかとして、グレイの声に驚き動きを止める。
「この声…オイ…ウソだろ…」
震えた声のグレイの顔は、真っ青だった。
『グレイ?』
「もうコソコソするのはゴメンだ!!!」
ひっくり返った尻尾の声はナツに掻き消される。隠れていた壁に登ったナツは上空に向けて火を吐いた。
「邪魔しに来たのはオレたちだァ!!!!」
全員が振り返ってこちらを見る。ルーシィが鍵に手をやり、ナツがにんまりと笑った。
「あの紋章!!フェアリーテイルですわ!!」
「なるほど…村の奴等がギルドに助けを求めたか」
「何をしている、さっさと村を消してこい」
「え?」
「何で?」
「邪魔をする者、それを企てた者、全て敵だ」
『は、』
「何でえっ!!?」
「てめえぇぇっ!!!!」
尻尾の隣にいたグレイが飛び出した。それが考えた上での行動ではなく、感情のままに動いたように見えてああやっぱりまだ、と尻尾は驚く。
「その下らねえ儀式とやらをやめやがれぇぇ!!!!」
グレイが手のひらに魔力を集める。両手を地に当てて生み出された氷は零帝の元へ。しかしそれは、片手で生み出された氷によって相殺された。
『氷…』
尻尾はこの世界に氷の魔導士がそう少なくない数いることを知っている。だから氷の魔法自体は珍しいものではない。だが長くグレイと一緒にいる尻尾は、グレイの扱う氷が"どんなもの"か何となくわかっている。だから、気付いた。
『…似ている』
睨み合うグレイと零帝。二人の氷は、酷く似ていた。
「リオン…てめえ、自分が何やってるかわかってんのか?」
『!』
「え?」
「ふふ、久しいなグレイ」
「知り合い!!?」
「ええっ!!?」
突如出された名前。それに聞き覚えはなかったが、昔兄弟子がいたという話を聞いたことを思い出す。
「何のマネだよ!!!コレぁ!!!」
「村人が送り込んできた魔導士がまさかおまえだとはな。知ってて来たのか?それとも偶然か?まあどちらでもいいが…」
「零帝リオンの知り合いか?」
「おおっ!?」
立ち止まった三人に早く行け、とリオンが命令する。それに従い三人が駆けていくのを、ナツが追いかけようと走り出した。
「よせ!!!ナツ!!!動くなっ!!!」
一瞬見えた光のようなものがナツの体を取り囲む。それはみるみるうちにナツの体を氷で覆っていく。マズイ、と尻尾は咄嗟にハッピーを呼んだ。
『ハッピー!!』
「ハッピー!!ルーシィを頼む!!!」
「あい!!」
『重力操作="沈(シェン)"!!!』
グレイも同じことを考えていたらしい。浮いたルーシィを追い上を向いたリオンの足場を崩し、意識を逸らさせた。隣でグレイが攻撃をするが、氷の壁で阻まれる。
『チッ』
「くっそォ!!!動けねえ!!」
「ハッピー!!!ナツを見捨てるの!!?」
上でハッピーとルーシィが騒いでいるようだが、それには構っていられない。崩した足場から少し下がったリオンがこちらに向き直る。
「スキをつくって女と猫を逃がしたか…まあいい…奴等ごときじゃシェリーたちは止められんだろう」
『あ?』
「妖精の尻尾の魔導士を甘く見るんじゃねえぞコラァ!!!」
リオンの言葉に凄んだナツを、グレイが蹴り落とした。
「どぅおわぁああぁあっ!!!!何しやがるー!!!!グレーーーーイ!!!!」
尻尾も驚いてグレイを見るが、その目はリオンを睨んだまま。
「相変わらずムチャをする。仲間じゃないのか?」
「アレはその気になれば氷ごと中身を破壊できる魔法だろ」
「なるほど、それでオレの魔力の届かない所へやった訳か。やればできるじゃないか」
「いい加減先輩ヅラすんのやめてくんねえかな、リオン」
グレイとリオンの応酬が続く。尻尾はそれを見つめていた。どうすれば最善か、それを考えなくてはならないのに、頭は上手く働いてはくれない。
ただ、その会話の中で、
「ウルを殺したのはおまえだ、グレイ」
その言葉だけが、嫌に耳に残った。
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