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「見れば見るほど不気味な月だね」
ハッピーが月を窓から見上げて言う。尻尾たちは村長の話の後、すぐに宿に案内された。
「ハッピー、早く窓閉めなさいよ。村長さんの話聞いてなかったの?」
「何だっけ」
「月の光を浴びすぎるとあたしたちまで悪魔になっちゃうのよ」
『とんでもない話だよなぁ』
腕を組んだ尻尾が呟く。月に関する魔力は尻尾もいくつか知っているが、人を悪魔に変えてしまう呪いについては思い当たるものはなかった。しかし相手は月。人間の魔力とは明らかに違うもので、影響力だって並のものでは無いことはわかっていた。
「それにしてもまいったな」
「さすがに月を壊せってのはな…」
「うん…」
「何発殴れば壊れるか見当もつかねえ」
「壊す気かよ!!!」
『わははは』
ナツの真剣な顔に尻尾は笑う。目は笑っていない。
「無理なんだよ、月を壊すなんてよぉ」
「そうね…どんな魔導士でも、それはできないと思う」
「でも月を壊せってのが依頼だぞ。できねえってんじゃフェアリーテイルの名がすたる」
『素直か』
「できねえモンはできねえんだよ!!第一、どうやって月まで行く気だよ」
「ハッピー」
「さすがに無理」
ハッピーはこういう時はハッキリと言う。それ、ほかの場面でナツが我儘言った時に使ってくれねえかなぁと尻尾は度々思っている。
「"月を壊せ"っていうのは、きっと被害者の観点から出てくる発想じゃないかしら。きっと何か他に呪いを解く方法があるハズよ」
「だといいんだかな」
グレイが大きな欠伸をしたのを見て、尻尾にもそれがうつった。
『ふわ…』
「よし!!だったら明日は島を探検だ!!!今日は寝るぞ!!!」
「あいさー」
「考えるのは明日だ…」
「そうねあたしも眠いし…寝よ」
『おやすみー』
順に布団に転がり込む。ナツのいびきと、(おそらく)全裸であろうグレイに挟まれてルーシィは布団に入った。
「………って!!!獣と変態の間でどーやって寝ろと!!?そもそも何で同じ部屋なのよ…てか尻尾どこ行ったの!!」
『ここ』
ルーシィは窓の近くのソファで丸まっている尻尾を見つけた。
「なんでそんなとこにいるの?」
『月の光を浴びて姿が変わるか実験中』
「ほんとになったらどーすんのよォ!!」
『そのときはそのときだ』
にこ、と笑った尻尾。
「そんなトコで寝てないで、一緒に寝ましょ。私たちなら布団ひとつでも寝れるわよ」
『男ふたりに挟まれたくないだけだろ』
「当たり前でしょ!!寝るわよ!!」
ルーシィに手を引かれ、大人しく布団に入った尻尾。いい匂いのするルーシィの隣で、静かに眠りについた。
翌朝、結局眠れなかったらしいルーシィに叩き起された3人は文句を言いながら宿を出発していた。
「早ェよ」
「まだめっちゃ朝じゃねえか」
『もう少し寝ても良かったと思う』
「誰のせいで眠れなかったと思ってるのよ!!出発よ!!出発!!!尻尾はしっかり寝てたじゃないの!!!猫!!起きろ!!!」
「あい」
機嫌が悪いルーシィは厳しい。あくびを噛み殺して、門番に月を壊す前に島の調査がしたいと言って外に出ることを申し出た。
「何だよォ!!!昨日あれだけ月を壊すのは無理とか言ってたのによォ!!!」
『うるせぇよナツ』
「無理だよ村の人の手前壊すって言ったんだよ」
どうやら村の人に月を壊す前に、と言ったことが気に食わなかったらしい。尻尾はため息をついた。
『月を壊したらたぶん私たち死ぬぞ。隕石降ってきて』
「ナニィ!!?」
「それに実際壊せるとしても壊さねえ。月見ができなくなるだろーが」
「そっか期間限定のフェアリーテイル特製月見ステーキもなくなっちまうのか!!!」
「オイラ月見塩魚なくなると困るよ!!」
『お前ら自分勝手か』
「ちょっとアンタたち何がいるかわからないんだから大声出さないでくれる?……と申しております」
『…ルーシィはさ、どうしたの』
「自分で歩けよ」
「おまえ星霊の使い方それ…あってるの?」
時計の星霊の中に入ったルーシィ。合ってるのか私も聞きたい。あと入ってみたい。
「だ…だって相手は"呪い"なのよ、実体がないものって怖いじゃない!!…と申しております」
『まあ分からんでもないけど…こないだの呪いの笛は一応実体があった上だったしね』
「そういうこと!!……と申しております」
「さすがS級クエスト!!!燃えてきたぞ!!!」
「呪いなんか凍らせてやる。ビビる事ァねえ」
「ホンットアンタらバカね…と申しております」
『それは分かる』
「ねえオイラも入りたい」
生い茂った森を進む中、尻尾はグレイに話しかけた。
『なぁグレイ、私最初は村長のほが、布が邪魔だからかと思ってたんだけど、村長布脱いでもほがほが言ってたじゃん』
「あ?」
『だから口の中になんか出来てるか、入れ歯なのかなって思ったんだけど、どー思う?』
「イヤ……どうでもいい……」
『酷いな』
そんな会話をしながら歩いていると、近くで草木を揺らす音が聞こえた。
「ん?」
「何だ?」
「チュー」
『……っハァ!!!?』
「ネズミ!!!」
「でかーーーっ!!!」
一行の右手に現れたもの。生い茂る木より遥か高く、これまでどこに隠れていたんだと思わせる大きさの、ネズミだった。
「あんたたち早くやっつけて!!!と申しております」
「あい と申しております」
『なんか可哀想だから無駄に喋るのやめてあげて…』
端でちゃちゃを入れる2人を横目に尻尾が呟く。そうする間にも、ネズミは何かを吐き出そうとしていた。
「オレのアイスメイク"盾"で…」
「ぷはァ〜〜っ!!!」
グレイの魔法は間に合わず、ネズミから吐き出された"何か"はこちらに直撃。反射的に顔の前に腕を出すが、それで避けられるものではなく。
「んがっ」
「もげっ」
『ンウグッ……!!?』
「ちょっと三人ともどうしたの!!?と申し…んがっ」
星霊の声が途切れた。察するに星霊にも匂いは効いたらしい、驚いた。
「くさーーっ!!!何だこの臭いはぁ〜!!!」
「………」
『ナツ死んだ』
「ナツ!!!情けねえぞ!!!そっかオマエ鼻いいもんな!!!」
『1人で完結させんなよ』
ネズミがきゃっきゃと笑っている。腹立たしいが、一度体制を整える他ない。
「逃げろーーーっ!!!」
全速力で森を駆け抜ける。しかし、ネズミの体は尻尾たちの何十倍もあり、追いかけながら遊んでいるようだ。
「ちっ。アイスメイク"床"」
ほぼ並んだネズミの横でグレイが土を凍らせた。ネズミは氷に足を滑らせ、後ろに倒れる。
『重力操作="落(ラウ)"、"沈(シェン)"!!』
そこへ尻尾が浮いた体を地上に落とし、更に沈めて追い打ちをかけた。
「ナイス!!!」
「あ!見て!!何か建物がある!!今のうちにあそこに入りましょ」
ルーシィの声を後ろに、尻尾たち三人はネズミに飛びかかった。
「「『今のうちにボコるんだ』」」
「………」
気の済むまでネズミをボコした後、見つけた建物の中に入った。
「うわー広いね…」
「ボロボロじゃねえか」
『遺跡、かな』
「いつの時代のモンだコリャ」
想像していたよりも建物は大きかった。しかし積まれた石は崩れ、上がってきた階段ですら所々欠けていた。崩れた石のあいだからは植物が生えている。しばらく使われていないことは明白だった。
「見ろよ、何か月みてえな紋章があるぞ」
ナツの見る方に顔を向けると、柱の一つ一つに紋章が刻まれていた。
「この島は元々、月の島って呼ばれてたって言ってたしな」
「月の島に月の呪い…月の紋章。この遺跡はなんか怪しいわね」
「ルーシィ見てー」
「アンタは犬か!!!」
『わあ骨』
ここで餓死した生き物がいるってことだろうか。そこでふと、尻尾は思った。
『(そういや、村の人達はここのことを何も言ってなかったけど……遺跡のことを知らない…?いや、そんなわけは無いよな…)』
「それにしてもボロいな…これ、地面とか大丈夫なのか」
そう呟いたナツ。何を思ったか、床を強く蹴りつけた。
「ちょっと!!やめなさいよ!!ボロいんだから」
そして、衝撃を与えられた床は、呆気なく崩れる。
『エッ』
瞬間、浮遊感に襲われた。
「バカー!!!」
「なんて根性のねえ床なんだァァ!!!」
「床に根性もくそもあるかよ!!!」
『……ウッソだろこれ、』
チラ、と下を見ると真っ暗だった。底は深いらしい。
『底が見えねーんだけど!!』
「ハッピー!!!何とかならないの!?…食べられるモンじゃないからー!!!それー!!!」
1人で騒ぐルーシィに目をやる余裕もない。
「尻尾!!!重力魔法!!!」
『悪ィ今は無理!!!』
「なんで、ア゙ア゙ア゙そっかア!!!」
今は無理。ごめん。顔の前で謝罪のポーズを取りながら、全員で一緒に落ちていった。
『イッテェ…』
「オイ…みんな大丈夫か?」
落ちた先で瓦礫をのけて体をはたく。怪我はしていなかった。
「ハッピーがやばい!!!別の原因で」
『骨!?なんで口に入れようと思ったんだよ!!』
「てめェ!!!何でいっつも後先考えねえで行動しやがる!!!」
「ねえ…ここ…ドコなの?」
「さっきの遺跡の地下みてーだな」
苦しむハッピーの体を押さえて、ルーシィが口に腕を突っ込む。尻尾は天井を見上げて、やはり随分と高いところから落ちてきたらしいと思った。そうこうしているうちに、ノドにひっかかっていた骨はあっさり取れた。
「秘密の洞窟だーっ!!!せっかくだからちょっと探検しよーぜ」
「オイ!!!これ以上暴れまわるんじゃねえ」
目を輝かせたナツは、雄叫びを上げて奥へと進んでいく。
「ったく…」
『エルザ相手でも聞かない時あるのに、ナツがグレイの話聞くわけねーじゃん』
「うっせ」
軽口を叩いて、前を進むナツを追いかけようとすると、ナツが立ち止まった。
『ナツ?』
「どうした?」
「な…何だ?あれ…」
ナツが何かを見上げている。そんなに大きい物があるのかと近くに寄ると、尻尾がいた所からでは大きな岩に隠れて見えなかったそれが、姿を見せた。
「でけえ怪物が凍りついてる!!!!」
人の何倍はあるだろうか。鋭い爪、鋭い牙。怪物と言うにふさわしい怪物が、氷に閉じ込められていた。
『これは…』
「デリオラ……!!!?」
『……デリオラ!?』
「バカな!!!デリオラが何でここに!!?」
グレイが叫ぶ。尻尾はその様子と、言葉と、名前で気付いた。
「有り得ねえ!!!こんな所にある訳がねえんだ!!!」
以前、グレイが話してくれた災厄の過去が、現れてしまったことを。
「あれは…!!!あれはっ!!!」
「ちょっと…おちついてグレイ!!!」
「グレイ?」
ルーシィがグレイを止め、ハッピーも心配そうに見上げる。珍しいグレイの姿に、尻尾は動けなかった。
「ねえ…何なのコイツは!?」
「………デリオラ………厄災の悪魔…」
厄災の悪魔。
「あの時の姿のままだ…どうなってやがる…」
グレイは黙り込む。尻尾は声をかけようとして、こちらに向かってくる足音に気づいた。ルーシィと目を合わせる。
「しっ、誰か来たわ!!」
「ひとまず隠れよ!!」
「なんで?」
「いいから!!」
動かないグレイを尻尾が引っ張って、岩陰に隠れた。
「人の声したのこの辺り」
「おお〜ん」
現れた男ふたり。しっかりと探してないあたり、まだ尻尾たちの存在は認知していないらしい。
「お前月の雫(ムーンドリップ)浴びてね?耳とかあるし」
「浴びてねえよっ!!!飾りだよ!!!わかれよ!!!」
「からかっただけだバカ」
「おおーん」
『…………』
「ムーンドリップ?呪いの事かしら?」
『弄り方が秀逸すぎる』
「言うことそれ?」
声に出して笑わなかっただけ褒めて欲しい。尻尾は口に出さず訴えながら、グレイを見た。暗い顔のグレイ。尻尾は小さい頃の記憶を思い起こした。お互いの秘密を、教えあった時の記憶。
『……グレイ、デリオラって』
「……ああ…」
グレイはまだ、目の前にあることが飲み込めていないようだった。無理もない。尻尾の中で、このデリオラはグレイのトラウマなのだと認識していた。そのトラウマが、まさかこんな島で。
「強烈にイタイ奴が出てきたわね」
「あいつらこの島のモンじゃねえ…ニオイが違う」
「うん…それに呪われてる感じがないよ。あの耳の人はよくわかんないけど…」
3人の会話が耳に入ってきて、現実に戻る。知らない間に個性的な服を着た女の子が増えていた。遺跡に入る前ボコったネズミは彼女のペットだったようで、ナツたち侵入者がいることもバレてしまったらしい。
「もうすぐお月様の光が集まるというのに…何て悲しい事でしょう…、零帝様のお耳に入る前に、駆逐いたしましょう。そう…お月様が姿を現す前に…」
「だな」
「おおーん」
「デリオラを見られたからには生かしては帰せません。侵入者に永遠の眠り…つまり"愛"を」
「"死"だよっ!!!殺すんだよっ!!!」
あの犬男キレ芸でもあるのか。グレイが動揺していることに動揺している自分がいるのを理解しながら、密かにツッコミを入れた。
遠ざかっていく足音に正直、あの二人のやりとりには今じゃなけりゃ笑ってたなと尻尾は思う。足音が聞こえなくなったのを確認して、岩陰から出た。
「何だよ、とっつかまえていろいろ聞き出せばよかったんだ」
「まだよ、もう少し様子を見ましょ」
『敵もあいつらだけとは限らん。"零帝サマ"とやらの存在も気になるしね』
「なーんかややこしい事になってきたなァ」とナツがぼやいた。黙ったままだったグレイが口を開く。
「くそ…あいつ等デリオラを何のためにこんな所に持ってきやがった。つーかどうやってデリオラの封印場所を見つけたんだ…」
「封印場所?」
「こいつは北の大陸の氷山に封印されていた」
小さい頃教えてくれた話を、また聞くことになるとは思わなかった。
「10年前…イスバン地方を荒らしまわった不死身の悪魔。オレに魔法を教えてくれた師匠、ウルが命をかけて封じた悪魔だ」
暖かくて悲しい記憶。この話を聞いた時、尻尾は大泣きしたのだ。
「この島の呪いとどう関係しているのかわからねえが…これはこんな所にあっちゃならねえモノだ」
尻尾の想いはただ一つ。
「零帝…何者だ…ウルの名を汚す気ならただじゃおかねえぞ!!!!」
グレイを守ったお師匠様の想いを、守らなくては。
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