第一幕 魑魅魍魎の主となる
かつて人は 妖怪を 畏れた

その妖怪の先頭に立ち、百鬼夜行を率いる男

人々はその者を妖怪の総大将――あるいはこう呼んだ


魑魅魍魎の主、ぬらりひょんとーーー




【 第一幕 魑魅魍魎の主となる】





関東平野のとある街、浮世絵町
そこには、人々に今も畏れられる「極道一家」があるという


「若ー 若様ー」


キョロキョロ、そんな言葉がぴったりな動作をしている女の子が一人。


雪女


どうやら雪女は、「若様」を探しているらしい。


「あら そんなところで…どうされました?」
「………………」
「リクオ様!?おなか痛ですか!?ど、どうしましょ…」


木陰でうずくまり、唸ってる「若様」を見つけ、駆け寄った。その瞬間、


「え うわっ!?」


後ろから何かに引っ張られ、釣り上げられた。


「?、?…???」


雪女はぐるぐると渦巻いた大きな目を見開いて、混乱している。


「やった!妖怪ゲットォ〜」
「えっ?えっ?ええ―――――?」


アハハハ

雪女を捕まえたらしい少年と小妖怪は楽しそうに笑う。


「雪女か!お前はあいかわらずドジだな〜〜」


少年、もとい、「若様」… 奴良リクオ
8歳 小3


「な、ちょっと!?若?」


リクオと小妖怪たちは、雪女を吊り下げたままその場から逃げだした。
そこへ、体の大きい妖怪とのと長い黒い髪の妖怪が現れ、吊るされた雪女に気づいた。


「おろして〜〜」
「誰がこんなことを…いっ!?」


縄を解こうと雪女に駆け寄った二人はきれいに穴に落ちる。


「なんじゃああああああああ」
「おちるおちる」
「ま、またやられたぁ〜〜!!」


その姿を見て笑いながら逃げる、リクオと小妖怪共。


「あ!やっぱり若様かっ…」
「お前ら〜〜!!」
「ま、待ちなさい若っ…総大将に似て…いらずらが…過ぎますぞぉ―――――!!」


リクオが去っていくのを見届けた尻尾は、そっと穴をのぞいた。


『…なんしとっとねアンタら』
「尻尾!!いい所に助けてくれ!」
「また若様にやられた…」
『黒…』
「若様のいたずらは最近度が過ぎている…」
『青…これアンタが掘ってなかった?』
「…あ」
『…ばかやね。ほら、雪女も』
「ふう…尻尾、ありがとう」
『んー』


尻尾たちが話している間、リクオは総大将と一緒に無銭飲食をしたらしい。
屋敷にいたリクオからそれを聞いた尻尾は、総大将に説教したとか、なんとか。



**



「リクオ様!!」
「おはようございます!」
「今日もお元気ですねぇー!」


朝から妖怪たちはリクオの"おつとめ"のための手伝いで忙しい。廊下にずらりと並び、リクオに挨拶をする。


「リクオ様、お着替えしましょう。小学校に遅れてしまいますよ」


奴良組の色男、首無。
その隣には雪女がいて、溜息を吐いている。


「こりゃ!お前たち!何をさぼっとるか… 若のおつとめの手伝いをせんかー!」


小さな体でこたつでのんびりしている妖怪たちに喝を入れる、鴉天狗


「ホーレ若!!頭洗ったらふきましょうねー」


自分で堀った穴に落とされた青田坊。仕返しをするかのように、ゴリゴリと音を立ててリクオの頭を手荒く拭く。
そのうしろでくくくくと笑っている黒田坊。思いきり拭かれて、リクオは「いでででで」と声をあげた。


「若ー!!くつです」
「くつ下です!」
「足洗いです!」
「逆!!逆!!もう…みんなしっかり」
『おはようございます、若様』
「尻尾!!おはよう!!」
『ランドセル、忘れとりますよ』
「ありがとー!」


化け猫組の尻尾も、リクオの世話を仰せ仕っている。


『リクオ様、バスの時間に遅れてしまいますよ』
「あっ!!そうだ急がなきゃ!」


ランドセルを渡され、バタバタと家を出ていったリクオに妖怪たちはふーっと息をつく。


「やっと行ってくれたわい!」
「ほんと…総大将に似ていたずら好きで…げんきがよくって!」
「ハハ…将来が楽しみですね」
『だな』
「きっと…あの子が私たちの三代目を継ぐのね!」
「ええっ…どうかのぅー。いくら総大将の孫といっても、人間の子供にワシら奴良組の長がつとまるかのう…?」


それは、きっとだいぶ先の話。
どうなるかなんてわからないが、尻尾はそれが楽しみであった。


『はは、なーに言っとるんですか。人間の子供が奴良組をどう成長させていくか…楽しみやんか』


そう言って、笑った。




**



ときは変わって、夜。
屋敷内は朝と変わらず騒々しい。


『ふ、ぁ…』
「尻尾、欠伸するなら口を閉じなよ」
『んー…』


首無と尻尾も、ある準備の手伝いをしていた。


『今日昼寝してないから眠いんや…あれ、若様?』
「おや…どーしたんですかリクオ様。元気がないですよ」
『なにかあったんですか?』
「うん…ちょっとね」
『……?あ、コラそこの小妖怪、リクオ様の真似せんで手伝わんか』
「今日は親分衆の寄合があるんですから元気出して。総大将が呼んでますよ」
「おじいちゃんが?」
『ええ。あっこら逃げんな小妖怪ィ!』
「尻尾、もういいから早く」


その頃。
廊下では、全国から集まった大物妖怪がゾロゾロと並び、客間へ入っていた。廊下の陰から納豆小僧らがそれを覗き込んで、「今日は総会か〜」と呟く。


「まま、一杯」
「拙者今禁酒中での」
「しかし最近はダメじゃな…人間がまったく妖怪をおそれなくなってしまってな…」
「古いのかのう…」
「とはいえ璞町の火事…あれはワシの悪事ですぞ」
「なに?ごぞんじない?」
「いやいや拙者も先日…」
「まぁしかし、悪行といえば…ガゴゼ先生でしょう」


妖怪たちの集まる客間は、それぞれの妖怪たちの集まる悪事の話で持ち切りであった。その話を聞きながら、リクオは祖父である総大将と共に現れる。


「おお総大将!」
「やぁやぁごくろう。どうじゃい?みんな最近、妖怪を楽しんどるかい?」
「へへへ…シノギは全然ですな」
「ところで総大将、今回はどういった?」
「うむ…そろそろ…三代目を決めねばなと思ってなぁ」


ニヤ、と笑った総大将に、尻尾も口角を上げる。。


『(決めねば、というよりもう決まってる、と言った感じやけど…)』


ずらりと並んだ妖怪の中に一人、リクオは見慣れた顔を見つけた。


「(尻尾!?なんで… )」


大物妖怪の中に混じっている尻尾を見て驚くリクオ。尻尾は奴良組系「化け猫組」のひとり。当主ではないが、本家に住んでいるため当主と共に出ることが多いのだ。 そんな説明はおいといて。


「おお…それはよいですなぁ。二代目が死んでもう数年…いつまでも隠居された初代が代理では…おつらいでしょう…」


そう話したのは、奴良組系ガゴゼ会頭領 ガゴゼ。


「総大将!悪事ではガゴゼ殿の右に出る者はおりますまい!」
「なんせ今年におこった子供の神隠しは…全てガゴゼ会の所業ですからな!」


総大将の言った「三代目」の言葉に誰よりも早く反応したのはそのガゴゼ。周りの妖怪たちもそんなガゴゼを立てるようにすり寄る。


「いやいや…大量に子を地獄に送ってやるのがワシの業ですから」
「いやーさすが妖怪の鑑ですな!」


ハハハと笑う妖怪に、リクオは信じられない、というように目を見開いた。一部の妖怪は、そんなガゴゼ達を見て「フン…」と鼻を鳴らす


「なるほどのう。あいかわらず現役バリバリじゃのおガゴゼ…」
「おまかせ下され…」
『…………(ケッ)』


ガゴゼの分かりやすすぎる態度に、尻尾は呆れて胡坐をかいた膝に頬杖をつく。
そんな心情がわかっているのか、隣に座る化け猫組組長は横目で尻尾をチラリとは見るものの、何も言わなかった。

ぬらりひょんは言葉を続ける。


「だが…お前じゃあダメじゃ。三代目の件…このワシの孫、リクオをすえようと思ってな」
「!?」


客間の妖怪たちは、その言葉にザワザワと騒ぎ出した。


「な…なんじゃとぉ〜〜〜〜」
「なんとっ…リクオ様とは………」
「まだ幼い子供ではござらぬか…たしかに…総大将の血は継いでいるが…」


「…ま、妥当な考えだな」
『そうやね、組長(………それにしても、)』

「どうしたガゴゼ…顔色が悪い」
「そっそんなことはないぞ…木魚」

『(アイツは自分が奴良組の総大将になれるとでも思っとったんやろうけど…アホらしいわ)』


組の長になるのは、総大将の裁量もあれどその血筋の者…もしくは、それ以上の力を持つ者だ。しかし当のガゴゼ本人はよっぽど予想外のことだったのか、言葉もでないようである。


「じいちゃ………」


リクオも相当驚いていた。喜ぶだろう、と考えていた尻尾の考えは当たらなかった。


『…(若様?)』


「どうしたリクオ…よろこばんか。お前が欲しがっとったもんじゃろ」
「え」
「ワシの血に勝るものはない。お前はワシによーく似とる。本家の奴らもそれは十分承知…。さぁ採決を取ろうではないか!!リクオ…お前に継がせてやるぞ。奴良組72団体…構成妖怪一万匹が今からお前の下僕じゃ!!」
「い…いやだ!!」
『え』


若?


「何?」
「こ…こんな奴らと一緒になんかいたら、人間にもっと嫌われちゃうよー!!」
「リクオ…?」


ぬらりひょんは呆然としている。
それはあんなに代紋を欲しがっていたリクオが断るわけはないだろうと思っていたからで、もちろん尻尾も同じであった。


「妖怪がこんなに悪い奴らだって知らなかった!おじいちゃんになんか、ぜんぜん…似てないよー!!」
『若!?』


思わず声を出してしまった尻尾。

総大将は「あ」と間抜けな声を出して走り去っていくリクオを追いかける。「こりゃリクオ!」と声を荒げるものの、リクオは庭へ走り去ってしまった。


「リクオ…」
「………総大将……。失礼ながらリクオ様は…本当に血のつながりがおありか…?姿 形はもとより考え方もまるで人間ですなぁ……」


苦言を呈したのは、奴良組相談役の木魚達磨(もくぎょだるま)。


『(そりゃリクオ様のお祖母様もお母様も人間なんやから仕方ないやろ…いくら生まれた時から妖怪に囲まれとったからって、考え方まで妖怪的に染まるわけがないし…リクオ様は総大将のやることを悪行とは思ってなかったやろうしな…それに、リクオ様の傍に長くいたのは、お母様と悪行をあまり重ねない妖怪共…考え方云々の話やない)』


リクオが今まで見てきた妖怪たちは、主に自分の身の回りの世話をする妖怪たちだ。
リクオの世話を仰せつかった妖怪はシノギ″をする暇はない。それは尻尾自身も同じ。本家暮らしの妖怪は大抵がそれだから、リクオは人間から見れば妖怪は悪いものである、なんてわからなかっただろう。


「アーン?」
「カカカ…こまったもんですな。どうやら若は…まだまだ遊びたいさかりのお子様のようじゃな…」


うっすら冷や汗をかいたガゴゼは、そのまま無言のぬらりひょんに向かって言葉を続けた。


「総大将…我々にとって…つらいこの御時世。今一度…代紋に立てた誓いを確認すべきではありますまいか」


我々…妖怪は…

“人間に畏れられる”ものとして存在せねばならんということをー



庭に飛び出したリクオを心配して雪女が声をかけるものの、「ほっといてよ!!」と言って一蹴。
尻尾も心配し組長に断りを入れて庭へ出たものの、リクオに声を掛ける事はできなかった。


**



『…………………………』
「尻尾?そんなところで何をしているんだい?」
『首無…』


総会の次の日。
リクオはいつもと同じように学校に行ったものの、あからさまに元気がなかった。


「気になるのはわかるが…尻尾が気にしたって仕方ないだろう」
『分かっとるよ…多分、リクオ様、学校でなにか言われたんやと思う』


リクオが、「妖怪って、悪いことして人間に嫌われてるものなの?」と聞いてきたのはつい先日のこと。その質問に対し尻尾は、妖怪は人間に悪さする生き物であり、そうして畏れを集めているから、好かれてるとは言えないでしょうねぇ、と伝えた。


『人間が何を考えてんのか、うちにはわからん』
「………尻尾、」

「きゃああああっ、みんな大変っ!!若が、若様がっ!!!!!!」
「『!?』」


沈んだ雰囲気の中に、響いた雪女の甲高い声。


「どうかしたのか?」
『雪女、落ち着きぃ』
「尻尾〜〜…今、て、テレビで若、のバスがっ」
『若のバス…?』


涙目になって話している雪女の言葉に導かれ、尻尾は眉をひそめてテレビに目を向ける。そこに表示されている文字、ニュースキャスターが吐き出す言葉に、尻尾は目を見開いた。


《緊急ニュースです!!浮世絵町にあるトンネル付近で崩落事故が発生、路線バスが生き埋めになった模様です!!中には浮世絵小の生徒が乗っていたとの情報が……》


『………!!!!!!』
「なっ」


ぞろぞろと集まってきた妖怪たちも、ニュースを見てザワザワと騒ぎ出す。


「バスが生き埋め…!?」
「そんな…リクオ様は…」
「バッカ!!そんなわけねーだろ!」
「でも…そうとしか」
「死んだのか…?」
『……………っ!!!』


妖怪どもの心無い言葉。
心境はわかる。なんていってもあの若だ。まだまだ幼い身。ただの人間。死んだとしてもおかしくはない。だが………


黙れ!!!! 若様はそんなヤワやない……!!!!』


尻尾の背後に見えたのは、“畏れ”。怒りを纏うその畏れは、猛獣を象っているように見える。

それに当てられた周りの妖怪共はシン…と静まった。


「尻尾の言う通りだ。リクオ様はそんな簡単には死んだりしない。さっきカラス天狗がお迎えにあがってた、じきに帰ってくる…
だから落ち着け、尻尾」


首無の一言で、ふっと息をついた尻尾。首無の方を見て、謝罪をこぼした。


『すまん、首無』
「クス…いいよ。慣れてる」
『…あまり慣れてほしくなか』


首無はポンポンと尻尾の頭を撫で、気持ちを落ち着かせた。尻尾がおとなしく撫でられていると、外が何やら騒がしい。


『なんや…?』
「あ…か…帰ってこられた!!!」
「若!!御無事で」
「『!!!』」


首無と顔を合わせ、慌てて外に出る。
すると、雪女がリクオに泣きついていた。


『よかった…』


思わず頬が緩む。


「? どーしたのじゃ皆の衆…」
「だって…だって…」
『トンネルで事故が起こったみたいですわ。バスが生き埋めになったとか。どうやらそのバス、リクオ様がいつも利用なさっているバスのようで」
「え?」
「なんじゃと!?」


状況を理解していないカラス天狗とリクオに早口で説明すると、リクオの目線は尻尾の後方のテレビへ移った。


《中継です!!浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが“生き埋め”に…中には浮世絵小の児童が多数乗っていたと見られ…》


「!?え…?なんで!?バスが」
「おおリクオ帰ったか…お前悪運強いのー」

「リクオ様が帰っておられるぞ」
「本当じゃ」
「死んだとはうそか…よかったよかった」


リクオの帰宅を確認したぬらりひょんは関心(?)し、妖怪共は再び騒ぎ出す。
当のリクオはそんな喧騒には耳を傾けず、ただ一つの言葉が頭の中をぐるぐると巡回していた。


“あれのがすと30分後だよ”
“ほっときなよーーー乗ろ!!!”


「(カナちゃん……!!!)」

「いやああぁああリクオ様!!心配しましたぞ!!」
「ワシの方が心配じゃ青!!」
「大丈夫ですかぁ!?おいさゆをもってこい!!ショックですよねーー」


青や黒に泣き付かれるも、リクオは無反応、だったが。


「…助けに…行かなきゃ…」
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