第一幕 魑魅魍魎の主となる 続
「…助けに…行かなきゃ…」


羽織を掴むと、切羽詰った顔で庭へ飛び出した。


『若!?』
「どこへ行くんじゃこんな時間から!?」
「誰かっはきものを!!決まってるじゃんか!!カナちゃんを助けに行く!!ついてきてくれ!!青田坊!!黒田坊!!みんな!」
『!』


リクオは人間を助けに行く、と言い出したのだ。


『ちょ、若!!』
「へ…ヘイッ!」
『おいっ…』
「まて!待ちなされ!!」
「木魚達磨殿…?」


それを止めたのは、木魚達磨。土を踏み鳴らし、リクオを見下ろして告げた。


「なりませんぞ…人間を助けに行くなど…言語道断!!」
「えっ…!?」
「な…なんで…?」
「そのような考えで我々妖怪をしたがえることが出来るとお思いか!?我々は妖怪の総本山…奴良組なのだ!!人の気まぐれで百鬼を率いらせてたまるか!!」


その言葉に、リクオも、青も黒も、驚いた顔をする。妖怪であればこれは当然のこと。いくらこの組の若様の命令とはいえ、尻尾も達磨の考えには賛成だった。


「達磨殿!!若頭だぞ!!無礼にもほどがあらぁ!!」
「無礼?フン…貴様…奴良組の代紋『畏』の意味を理解しているのか?妖怪とは…人々におそれを抱かせるもの。それを人助けなど……笑止!!」
「てめぇーー!!」
「青田坊!?」
「うわーー!!ケンカだ!!」
「青田坊と達磨殿が…ワシらどうしたらいいんじゃー!?」
『おいっ止めろ2人ともっ!!』
「わー尻尾まで!!」
「お、おちつけ…」


起こったいざこざは収拾がつかないほど広がっていく。


「や…やめねぇか!!」
「「「『!!』」」」


それを止めたのは、リクオだった。


「時間がねぇんだよ。おめーのわかんねー理屈なんかききたくないんだよ!!木魚達磨」
「?」
「なぁ…みんな…」
「若…?」
「若の姿が……?お…おい…」
「アレ」


ザワザワ、と。変わっていく“なにか”に、驚きを隠せないのは、小妖怪だけではなく。


『若、様?まさか、』


目覚めた、のですか?


「オレが 『人間だから』だめだというのなら」
「「「!?」」」
「妖怪ならば オマエらを率いていいんだな!?」
『髪が…!』
「だったら…人間なんてやめてやる!」


ゴッ、と音を立て、煙が薄らいだあとには、いつものリクオとは違う、男が立っていた。


「え……(なんだ…!?これは…この目…さっきまでとは別人)」


リクオは木魚達磨を一瞥すると、さっと身を翻して言った。


「おめーらついてきな」
「若!?待ちなされ!!」
「木魚達磨殿………」


止めようとした木魚達磨に、首無が声をかける。


「今はとりこみ中じゃ!!あとにしろ」
「リクオ様が乗るはずだったバスが事故にあったということは、誰かに狙われたのかも…刺客か…もしくは…」


はっ、としたように動きを止めた木魚達磨。
首無の話が聞こえた尻尾は、スッ…と目を細めた。鋭い眼差しが、光る。


「若!!ワシら本家はみんなついていきますぞ!!」

「この黒田坊元よりそのつもりよ!!」


奥でお茶を飲むのらりひょんをよそに、リクオのあとにつづく妖怪たち。尻尾はふらりとぬらりひょんの近くに寄ると膝を折って告げた。


『総大将…この件、おそらく、』
「…じゃろうな」
『後処理は任せて頂いても?』
「構わん。好きなようにやれ」
『……はい』


一方、出発したリクオは。


「今夜は何だか…血が…あついなぁ…」
「リクオ様、言ったでしょう。それが妖怪の血です」
「血…?」
「おじいさまの血です。リクオ様は…ワシらを率いていいんです。
あなたは、」


心臓の音は、鳴り止まない。


「総大将(ぬらりひょん)の血を四分の一も継いでいるのですから!!」

「………尻尾」
『!…はい』


後から追いついた尻尾にいつ気付いたのか、リクオは尻尾を近くへ呼び寄せた。


『なんでしょう』
「………」
『…若様?』
「ここにいろ」
『え?』


リクオの頼みに疑問符で返す尻尾。それを一瞥して、リクオは黙り込んだ。


『…………はい。仰せのままに』



**


場所は変わり、事故が起こったトンネル。
付近には親や野次馬が騒いでいた。


「いやーーーー孝宏ーーー」
「近寄らないでください!二次崩壊の危険があります!」
「おかしいわよーーー!!こんなとこ…崩れるようなとこじゃないわ〜〜何かの間違いよ〜〜〜」
「息子を助けてあげてーーー!救助隊はどうしたのーーー!」


泣き叫ぶ親の近くにいた小さな男の子は、何かを見て目を丸くした。


「ママ……あれ…何?」


ふと見た先には、岩や石を運びだす、小さな異形の者たちがいた。


「おーいもっとこっち人員よこせ」
「こっち薄そーよ」


親たちの反応は勿論、絶句。


『……ま、こうなるよね』


崖の上で下を見下ろすリクオと世話係の妖怪が数匹。もちろん尻尾もそれに含まれていて、ひとり冷や汗を流していた。


「穴さえ開けば…こっちのもんだ」
『普通に人がいるんに、出てきてもよかったんですか?』
「は、妖怪がコソコソ隠れてどうする」
『…そうですね』


ふ、と笑ったリクオ。と、同時に響く鈍い音。どうやら穴が開けたようだ。


「おほ……見つけましたぜ若ァ。生きてるみたいですぜーーー」


「こい」
『のわっ』


尻尾を横に携え、月明かりを背後に顔を出したリクオと妖怪たち。
リクオはそこにいる“事故を起こした犯人”を見て、狼狽える事無く言葉を発した。


「………カゴゼ。貴様…なぜそこにいる?」


ガゴゼの姿を確認した尻尾は、やはり、と自分の考えが正しかったことを肯定して目を細めた。


『(めんどくさいこと引き起こしてくれおったな、ガゴゼよ)』


ガゴゼはよほど驚いたのか、冷や汗を垂らして「本家の奴らめ…」と呟いた。


「こ…今度は何ーー?」
「そ…そんな…こんなぁ…」
「なんだよーー清継くんーー」


こちらはドサドサと落ちてくる小妖怪にビビりまくる人達。
中でも清継は特に妖怪を信じていなかったため、何が何やらの状態である。


「わ…わからん…こんなの…何かの間違いだぁーー!!」


騒がしい周囲をよそにトッ、と地に降りたリクオは、顔の怖い妖怪が人間を慰めようとしてるのを止める。気持ちは分かるのだが、いかんせん顔が怖いので逆効果になっているのである。


「よかった…無事で。カナちゃん、怖いから目つぶってな」


そういうと、くるっと背中を見せたリクオ。
カナは何故この人が自分の名前を知っているのか分からず、「誰……?」と呟いた。


『もう大丈夫。安心しぃ』
「「「!」」」
『怖かったろ。もー恐ろしいもんはないよ。うちが消してやるから』


そのままニコ、と微笑みかけ、リクオに続いた。
目を向けると、木魚達磨とガゴゼの姿。


「……これはこれは木魚達磨どの…」
「しらばっくれるな!!貴様………何をしたかわかっておるのか!?」
「………………はて。私は…ただ人間のガキ共を襲っていた……それだけだが…?」
「!」
「何の…問題もないはずだろう…」
「ガ…ガゴゼ…!!」
「はッ」


乾いた笑い声。


「子供を殺して大物ヅラか。オレを抹殺し、三代目を我がモノにしようとしたんなら…ガゴゼよ。てめえは本当に…小せぇ妖怪だぜ」


発したのはリクオ。
それに反応したガゴゼ会の一人がリクオに掴みかかろうとする。


「なんだぁ〜貴様は」
「!?」
「待て…その方は」

「!」
「リクオ様には一歩も近付かせん。ガゴゼ会の死屍妖怪どもよ…」


だが、手首に絡みついた糸は、それを許さない。


「てめ…」


振り解こうとするも、更に絞まる糸。
捕まった妖怪はその糸を操る者を見て、「なっ…!?」と驚愕。
それもそのはず、その者には首から上がなかったのだ。


『首無…』
「絡新婦(ジョロウグモ)の糸と毛倡妓(ケジョウロウ)の髪をよってあわせた特性の糸だ。動けばさらにしめる!」
「なめるなぁぁあぁあぁ…」


それでも妖怪は抵抗するが、ゴキゴキゴキィと鈍い音を立てながらあっけなく糸に絞め殺された。


「な……こいつら…」
「こいつがリクオ…だと……?生きていたのか…お…おのれ…くそっ…!!殺せ!!この場で…若を殺せ!!」
『正体明かしたなァ…ガゴゼ』
「ぬるま湯にそまった本家のクソどももろとも!!全滅させてしまえ!!」


その命令とともに、一斉にリクオに向かって飛び出す妖怪ども。


「若!!」


それに、傍にいた青田坊、黒田坊が応戦する。


「力仕事は…突撃隊長青田坊にまかせてもらおーーーか!!」


額を木の棒で殴られるも、その木の棒が折れ、相手の頭を掴みかかり潰した青田坊。


「貴様一人ではないぞ突撃隊長はーーっ!」


切りかかられた黒田坊は杖で応戦する。
ある者は妖怪を食い殺し、ある者は凍らせる。


「な……」


次々に倒される下僕を見て、ガゴゼは驚きが隠せないようだ。


「こ…こんなばかな…私の組が…そんな…誰よりも…殺してきた…最強軍団なのに…」
『アホか』


そんなガゴゼを、尻尾は冷たい目で見る。


『ガゴゼ…妖怪の主になろうってモンが人間いくら殺したからって…自慢になんのかい』
「う…」


ショックらしいガゴゼは、ジリジリと後退する。


「あきらめろ。この企み…指つめどころじゃすまされんぜ」


青田坊は静かに言う。だが、ガゴゼは往生際が相当悪いようで。


「く…ん?」


ガゴゼが目を向けた先には、リクオの友人の姿。目が合ったカナたちは冷や汗を流した。


「!?何っ…」
「フハハハハハハ!!!!ザマぁ見ろ!!こいつらを殺すぞ!?若の友人だろ!?殺されたくなければオレを…」
『てめぇっ…』


あろうことか、再び子供達に手を出そうとしたのだ。だが、次の瞬間。
ガゴゼの目の前には、剣を構えたリクオの姿。ガゴゼの顔面に亀裂が入り、血が噴き出す。


「ヒィイィイイイィィ!!」
「「「「『若!?』」」」」


真っ先に足の動いたリクオに、奴良組の妖怪たちは驚いた。


「なんで…なんで…貴様のようなガキに…痛い、痛い痛い!ワシの…ワシのどこがダメなんだーー!?妖怪の誰よりも恐れられてるというのにーーーーーーーー!!」


悲痛な叫びが木霊する。顔を切られて血が噴き出し、泣いているガゴゼはもはや可哀相なものでしかない。


「子を貪り喰う妖怪…そらあおそろしいさ…だけどな…弱えもん殺して悦にひたってる。そんな妖怪が、この闇の世界で一番の、“おそれ”になれるはすがねぇ」
「!!」
「情けねぇ…こんなんばっかかオレの下僕の妖怪どもは!だったら!!
オレが三代目を継いでやらあ!!人にあだなすような奴ぁ オレが絶対ゆるさねえ」
「若…」


尻尾たちがリクオの宣言に聞き入る中、ガゴゼはひとりいやだいやだと泣く。


「世の妖怪どもに告げろ…オレが魑魅魍魎の主となる!!
全ての妖怪は、オレの後ろで百鬼夜行の群れとなれ!!」


その言葉と同時に、カゴゼの体を切り裂いた。
それを見て、木魚達磨は思う。




「畏」ーーーーーーー



その文字はー普通ではない者ー「鬼」が

「ト(ムチ)」を持つと言う意味の字


それはすなわち

未知なるものへの“感情”ーーー

「妖怪」そのものを表すーーー



ガゴゼのような悪行も「恐れ」ーーー

巨大なモノに対する「おそれ」ーーー

脅迫に対する「おそれ」ーーー

支配におびえるのも「おそれ」ーーー



だが、それは妖怪の一面に過ぎない。


「すげぇ…あんな小さいのに…」
「カッコイイ…」
「妖怪って…本当にいたんだ。あんなスゴイんだ…」

「この達磨…知っていながら今気付いた」


闇世界の主とは、人々に畏敬の念さえも抱かせる

真の畏れをまとう者であるとーーー


『(やっぱり…、さすがは総大将やあの方の血を継いでいるだけある。三代目にふさわしいのは…誰がなんと言おうとリクオ様や)』


そう、思った次の瞬間、リクオは地に倒れた。


「………?リクオ様…?」
『若っ!?』


途端に妖怪たちはリクオの周りに集まる。


「ど…どうされましたー?」
「いや…急に倒れられて…」
「まさか…やられていたのか!?」
「若ーっ」


その間にも、リクオからはシュウウウと白い煙があがっている。
そしてだんだん、髪が短くなっているようだ。
達磨は顎に手を当て、思ったことを述べた。


「………人間に…戻っている…?」


!?


『ま、さか…』


リクオを抱いている尻尾もどうやら思い当たったらしい。


「四分の一…血を継いでるからって一日の四分の一しか、妖怪で…いられない…とか…?」


固まる妖怪たち。


えーーー なんですってぇえーーー!?」
「そ…それって」
「どーなるのぉーーー!?」


驚愕して叫び出す妖怪たち。


『マジかぃ…』


それはもれなく、尻尾もであって。


「若アァァーーー!!」


奴良組妖怪の叫びは、空高く響いた。



**



その後、奴良組は引き上げ、気を失ったリクオは青におんぶされ帰っていった。
また生き埋めにされたバスに乗っていた子供達も無事抜け出すことができ、親ともども帰っていった。誰も居なくなり、静まり返った事故現場の積み重なった岩の中に、影がひとつ。
地に伏せたままのガゴゼを見下ろす尻尾であった。


『……よくもまぁやってくれたよな。ま、結果的には自滅で終わっちまったけど』


冷たい瞳で動かないガゴゼを見る。周りにはガゴゼ会の妖怪どもも転がっている。


『なぁ…ガゴゼよ』


“まだ…、生きとるんやろ?”


「くっ…」
『はは、騙せると思わんどってよ。うちはこっちを生業にしてるんやから』
「きっ…、さまぁ…」
『あぁ、あんま動いたら早死するよ…まぁ何もせんでも後数分すれば死ぬんやけど、な』
「…………………」
『なぁ、知っとった?妖怪て、切られても暫くは息あるんよ。そりゃ放置されれば数分か数十分、数時間もすれば死んで消えるんやけどな、中にはまだ生き延びようとして、助けを乞う妖怪もおるんよ』


妖怪は、そう簡単には死なない。


『普通は諦めると思うんやけどなぁ…復讐したいとか思うやつが仲間を呼んで手当してもらったり…なんてことがあるんよー。
お前みたいな…、往生際の悪い奴がな』


ふっ、と笑って尻尾は持っている剣を振り上げる。


『それを阻止するために、うちがおるったい』


ゴキン、

ぎゃあぁああああぁぁぁああ……


鈍い音とその悲鳴は、夜の闇に消えた。



それから数年後……
チュンチュンと雀のさえずりが聞こえる朝、厳粛な雰囲気で行われている会議。


「………今年も………またダメか…?」
「だめですねぇーーー…」
「では、早朝までおよびましたが…今回の会議でも奴良リクオ様の三代目襲名は先送りということで…」


その言葉を合図に、ぞろぞろと居間を出ていく妖怪たち。
座敷に座ったぬらりひょんは、わなわなと体を震わした。


「ぐぅう〜〜〜………誰も賛成してくれん…」
「しかたありませんよ…総大将。普段の若が、アレでは」


木魚達磨が指さした先には、中1になったリクオの姿。


「じゃ…お母さん、行ってくるね!」
「あらリクオ早いのねぇ。お弁当用意してないわ〜〜」
「いいよ…購買で何か買うから」


メガネをかけ、制服を着ている。


「あ若!!おはよーございまーす!!ご支度を…」
「おはよ。いいよ、自分でやったから!!」


なんとも人間らしい。


『若、もう出発なさるのですか?まだ学校には早いですよ』
「尻尾!!いいの、やることあるから!!」


リクオを少し離れたところから見て、ぬらりひょんは気を落とす。


「なんで…アレ以変化せんのかの〜…」
「『あの時』は立派な妖怪になるものと思いましたが…」


そこにドタドタとやってくるリクオ。


「あ、おじいちゃんまた会議?」
「う…ム…」
「ダメだよ!悪だくみばかりしてちゃ!ご近所に迷惑かけないよーに!じゃ!学校行ってきます!」


ちょい、と眼鏡を上げて言う姿は……


「うーんむしろ…『立派な人間』になってる気がしますなぁ…」


ガクゥゥウと首を落とすぬらりひょん。
尻尾はそれを後ろから見て、やれやれと思った。


「ま…我々も昼は…大した活躍出来ないですから。だが…夜になれば…」


はーー、と長い溜息をついてぬらりひょんは言う。


「いつまでワシが総大将でおりゃあいいんじゃ。早ぅ隠居して楽に暮らしたいんじゃかの〜〜〜」


それを横目に見て呆れたような表情をする木魚達磨。
庭にはたくさんのお見送りの妖怪たちが集う。

リクオは「いってきまーーーーっす!」と言って駆け出していった。


「あいつが三代目を継ぐのは…いつになるんじゃろうの〜〜〜〜」
「さぁて…どうなりますか……?」


リクオが走り去っているのを見て、尻尾は空を仰ぐ。


『(リクオ様の成長…見とってくださいよ、“ 大将 ”)』


そして、静かに笑った。
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