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投稿日:2021年02月23日
* * *
間宿の大通りへと出た三人は、ひとまずユーリッド達が泊まっていた部屋に戻った。
先程の闇市の者達が追ってきていないか、しばらくは不安だったが、どうやら彼らも早々に諦めたようだった。
「本当、無事に済んで良かった」
「うん……」
ほっとしたように胸を撫で下ろして、ユーリッドとファフリは呟いた。
「まあ、とんだ災難だったね」
それに対して、まだ少し外の様子を窺いながら、トワリスは言った。
「ただ、気を付けないと駄目だよ。貴方たちみたいな子供があんなところに行って、おまけに大金ちらつかせたら、狙われるに決まってるだろう?」
多少怒ったように声音を強めると、二人は大人しく頷いた。
「あの……トワリスさん」
ベッドに腰かけて、ふと口を開いたファフリに、トワリスは顔をあげた。
「トワリスでいいよ。なに?」
「あの、えっと……」
ファフリは、若干口ごもって、しかしすぐにトワリスに視線を戻すと言った。
「さっき、通行許可証をくれたとき……貴方たちも、って言いましたよね? つまり、トワリスも、南大陸に渡るってことですか……?」
「……ああ、まあ、そうだけど」
トワリスは、一瞬眉をしかめた。
「その、だったら、私たちと一緒にいきませんか?」
強く決心したように、ファフリは言った。
これには、ユーリッドも少し驚いて、目を丸くした。
誰かと同行すれば、ファフリが次期召喚師であるとばれてしまう可能性が高くなる。
だが、それを理解した上でも、彼女がトワリスを誘った理由。
そんなものは、明らかだった。
(トワリスが魔術を使えるっていうのが、気になってるんだ……)
獣人では、召喚師の一族しか使えないはずの魔術。
これを使えるということは、トワリスは召喚師一族に何か関わりのある獣人なのだろうか。
誰かを旅に加えるのは不安だったが、彼女の正体が知りたい気持ちは、ファフリと同じだった。
ユーリッドは黙ったまま、様子を伺うようにトワリスを見た。
トワリスは、複雑な表情を浮かべていた。
ミストリアの事情に疎いトワリスにとって、本物の獣人と旅ができるのは、確かに損な話ではない。
しかし、ユーリッドとファフリというこの子供たちは、どうみても訳ありだ。
自分にも、獣人によるサーフェリアへの襲撃の原因を調査する、という重要な役割がある以上、それ以外の重荷を背負うことはしたくなかった。
第一、トワリスが南大陸に渡るのは、ホウルから聞いた『虚ろな目をした、幽鬼のような獣人』について調べるためだ。
すなわち、サーフェリアを襲うあの獣人たちの巣窟に足を踏み入れるということ。
見たところ、ユーリッドはともかくファフリは戦えそうもない。
そんな危険な場所に、この子供たちを連れていくというのは、気が引けるのだった。
(多分この子達は、兵団関係の獣人ではないのだろうけど……。万が一、私の正体がばれても厄介だし……)
返答を決めると、トワリスはファフリを見た。
「……悪いけど、遠慮するよ。そちらにも事情があるように、私にも事情があるからね」
はっきりと言われて、ファフリが残念そうに眉を下げた。
すると、ユーリッドが一歩前に出た。
「でも、トワリスってこの辺りのことにあまり詳しくないだろう?」
完全なる推測だったが、この言葉を聞いた瞬間、トワリスが軽く目を見開いた。
どうやら、図星だったようだ。
「……よく分かったね」
「さっき、虎の獣人に硬貨じゃなくて装飾品渡してたからな。旅慣れはしてるみたいだけど、ノーレント付近の奴なら、使わない装飾品なんてすぐ換金するから、もしかしたら地方出身なんじゃないかってずっと思ってたんだ。身なりもちょっと変わってるし」
そう言って、ユーリッドはトワリスをじっと見た。
「トワリスの言う通り、お互い事情があるから、行動を共にすることに躊躇いがあるのは分かる。でも俺たちは、ノーレントの出身だし、この辺りの地理には詳しいんだ。だから、南大陸までの道案内はできる」
「…………」
「別に無理に一緒に行こうってわけじゃないんだけど、トワリスにとっても、これは悪い話じゃないと思うんだ」
地理に詳しい、というのは本当だった。
兵団に入っていた頃、見回りの対象となるノーレント周辺の地理は、嫌というほど叩き込まれている。
トワリスは、少し警戒するように目を細めた。
「確かに私は余所者だし、この辺りの土地勘はない。でも、随分と親切なんだね。さっきのことに恩を感じてる、それだけ?」
彼らが、ここまで自分と一緒に行きたがる理由を確かめるためにも、トワリスは問うた。
恩を感じてるだけではなさそうだと言うのは、ほぼ確信している。
貴女の正体が気になるからだ、などと言えるはずもなく、ユーリッドは言葉を詰まらせた。
深めに被った頭巾や、強い警戒心。
自分達も同様だが、彼女も自分の素性を探られたくはないはずだ。
信じてもらうためには、何か別の理由を提示しなければならないだろう。
必死に思考を巡らせている時、ベッドの方から声がして、トワリスとユーリッドはそちらを見た。
「……貴女の、戦力が欲しいの」
ファフリは、ベッドから腰をあげると、トワリスを見つめた。
「もちろん、ずっととは言わないわ。トワリスの旅の目的の妨げにならない程度でいい。だから、一緒に行きたい」
静かな声で言うと、ファフリはユーリッドを一瞥した。
「……私が弱いせいで、ユーリッドが無茶しちゃうの。でももう私、誰かが怪我したり殺されたりするのを見たくないから……お願いします」
ファフリは、深く頭を下げた。
トワリスの素性を探る、という理由を隠すための方便には、聞こえなかった。
トワリスは、はぁっと小さく息を吐いた。
やはり、彼らはかなりの訳ありらしい。
大掛かりな家出でもしてきたのだろうかと思っていたが、口ぶりからして、命を狙われているようだ。
(こんなことに、関わっている余裕はないんだけどなぁ……)
正直、彼らと同行する利益よりも、不利益のほうが多い気がする。
しかし、こう頭を下げられては、断りづらくなるのも事実だった。
トワリスは、考え込むようにして俯き、しばらくそのままでいた。
そして、やがて顔を上げると、再び扉の隙間から外の様子を見た。
「……明日、出発する隊商に紛れてここを出る。街道を歩くのが関所への一番の近道のようだけど、あまり人目につきたくないから、山道を通って迂回する」
それだけ言って、二人に視線をやると、ユーリッドがこくりと頷いた。
「俺達も、そのつもりだ」
望んでいたような、望んでいなかったような答えが返ってきて、トワリスは苦笑した。
「そう、なら山道の案内頼むよ。改めてよろしく」
ファフリが顔をあげて、ぱっと笑顔になった。
蜜色の光が、扉の隙間から注がれる夕暮れ時。
三人は、明日の出発に備えて、早めに床に入ったのだった。
To be continued....
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