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投稿日:2021年02月23日
件の幽霊屋敷が建っているという山は、確かにカイルの言う通り、リリアナの家からはすぐの場所にあった。
踏み込んでみると、人の手が加わっていないせいか、時折飛び出した木枝や根が行く手を塞いでいる。
だが、山道自体は急な勾配があるわけでもないので、険しいというほどではなかった。
それこそ、城から出たばかりの頃のファフリなら、この程度の山道でも息が上がっていたかもしれない。
しかし、これまでミストリアで、散々厳しい道のりを体験した今なら、へっちゃらである。
前を歩きながらも、カイルは、ファフリに色々なことを説明してくれた。
この山を越えて、更に少し行くと、王都シュベルテがあること。
ヘンリ村には、旧王都アーベリトの住民たちが住んでいることなど。
話し方自体は、なんだか偉そうで生意気なのだが、見方を変えれば、知っていることを得意気に話すその様子が、どこか子供らしくて、可愛いとも感じられた。
そんなカイルをじっと見つめていると、ファフリの視線に気づいたらしいカイルが、怪訝そうに眉をしかめて言葉を止めた。
「なに、じろじろ人のこと見て」
「あ、ううん、ごめんね」
ファフリは首を振ると、少しだけ迷ったように口を開いてから、尋ねた。
「カイルくんって、いくつなのかなって思って」
カイルは、歩きながらファフリのほうを見て、答えた。
「俺? 十三だけど」
「十三? そう、私達より三つも年下なのね……」
感嘆したファフリがそう言うと、カイルは足を止めて、不機嫌そうな顔になった。
「年下だからって、馬鹿にしてんの?」
ファフリは、慌てて首を横に振った。
「まさか、違うよ。むしろその逆で……三つも年下なのに、しっかりしていて、すごいなって思ったの。サーフェリアに来て、右も左も分からない私達に色々教えてくれるし、さっきだって、今は何をすべきか判断して、仕切ってくれたし」
にこりと笑ってそう答えると、カイルは、一瞬照れたように言葉をつまらせた。
しかし、すぐにそっぽを向くと、突っぱねるような言い方をした。
「……別に。俺は、さっさと事態を解決して、あんたたちを早く家から追い出したいだけだよ」
率直な物言いに、思わず瞠目する。
カイルは、再び歩を進めながら、鋭い声で続けた。
「姉さんはお人好しだから、負担じゃないなんて言ってたけど……俺は、見ず知らずのあんたたちに命を賭けようだなんて、思ってないから」
気まずそうな表情で、ファフリを見る。
「……姉さんは見ての通り、車椅子がないと立てないし、走れないんだ。俺だって、トワリスやルーフェンみたいに戦えるわけじゃない。だからもし、あんたらの追っ手とかいうのがうちに来たら、俺たちは逃げられない」
「…………」
「あんたたちに恨みがある訳じゃないし、まあ、気の毒な境遇だとは思うよ。だけど、あんたたちにそこまで尽くす義理はないし、姉さんがなんと言おうと、長居しようだなんて思わないでよね」
そこまで言ってから、ふとファフリの表情を見て、カイルは驚いた。
ファフリの顔が、怒りでも悲しみでもなく、穏やかな笑みを浮かべていたからだ。
自分の言っていることが、良くも悪くも正論である自覚はあったが、命からがら逃亡してきた者たちに対し、厄介だから早々に出ていけと告げているのだ。
薄情だとかひどいだとか、反論されるならともかく、微笑まれるようなことを言った覚えは一切ない。
戸惑って、カイルが絶句していると、ファフリは一層笑みを深めた。
「……カイルくんは、お姉さん想いで偉いね。なんか感動しちゃった」
「…………は?」
思いがけないことを言われて、カイルは眉を寄せた。
「なに言ってんの? 俺、あんたらを追い出そうとしてるんだよ?」
「……うん。でも、そう思うのは当然だよ。誰だって……家族は、大切だもの。家族を守るためなら、他人に構ってられないって思うこともあるわ」
ファフリは、呆気にとられたような顔のカイルに対し、少し悲しそうに笑ってみせた。
「……守るべきお姉さんや、ヘンリ村の人達がいるのに、それでもカイルくんは、突然現れた私達を助けてくれた。それだけで私、十分嬉しいし、カイルくんはすごく優しいなって思うよ。だって見ず知らずの獣人なんて、最初から突っぱねてしまうことも、できたはずだもの。それを受け入れて、治療もしてくれて、ご飯もくれて……なかなか出来ることじゃないわ」
ファフリは、更に言い募った。
「沢山迷惑と心配をかけてしまって、ごめんなさい。本当に、本当にありがとう。……でも、カイルくんと同じように、私も、ユーリッドやトワリスを守りたいの。だから、もう少しだけ、力を貸してください。お願いします……」
深々と頭を下げられて、カイルはやりづらそうに頭を掻いた。
「……頭下げるとか、やめてくれる? まるで俺が、あんたをいじめてるみたいじゃないか。お人好しすぎて呆れるよ」
その言葉に、おずおずと顔をあげると、カイルはむすっとしたまま踵を返した。
「別に、助けないとは言ってないよ。……なるべく早く出ていけって言ってるだけだから」
素っ気なく言って、再びカイルが歩き出す。
その様子を見ながら、ファフリはほっと安心したように、ため息をついた。
(そう、だよね……)
進んでいくカイルの背中を、ぼんやりと見つめる。
(……皆、自分と自分の大切なものを守るために、一生懸命生きてる。たとえ戦う術を持たなくても、弱い立場でも、必死に抗って、守るべきものを守ろうとする。……私も、こうやって皆に守ってもらってたのね。私はちゃんと、戦う術をもっているのに──……)
ファフリは、無意識に唇を噛んだ。
そして、小走りでカイルに追い付くと、再び山道を登り始める。
どこかで、茂みから小鳥が飛び立つような音を聞きながら、ファフリは再び歩き始めたのだった。
結局、そのあともしばらく、二人は山道を登り続けたが、同じような景色が続くばかりで、例の屋敷は姿を現さなかった。
カイルに言われて、召喚師のものと思われる魔力を探ってみるも、サーフェリアではミストリアと違い、色々なところで魔術が発動されている。
そのため、様々な魔力が入り交じっていて、その中から特定の魔力を見つけ出すというのは、ひどく困難だった。
これ以上は探しても無意味だろうということで、日が暮れる頃には、カイルとファフリは、家に引き上げた。
リリアナとユーリッドは、ルーフェンが見つからなかったという知らせを聞いて、少し残念そうな表情を浮かべたが、元々見つからない前提で探しに行ったのだからと、四人はすぐに和やかな雰囲気を取り戻した。
リリアナお手製の夕食を食べたあとは、寝る支度をして、ファフリはユーリッドの横にある寝台に入った。
ユーリッドが目覚めてから、初めて迎えるサーフェリアの夜だ。
つい嬉しくて、ユーリッドと話し込んでいたが、ユーリッドもまだ本調子ではなく、ファフリもまた、知らず知らずの内に疲れていたのだろう。
いつの間にか、二人は眠りについていた。
深い眠りの渦に落ちると、ファフリは、久しぶりにあの夢を見た。
こちらを見つめる薄茶色の小鳥──カイムと、苦悶の声をあげる漆黒の濁流。
確か、最後にこの夢を見たのは、ロージアン鉱山に入る前のことだっただろうか。
ファフリは、自分を取り囲む黒い水に無数に浮かぶ顔を、じっと見つめていた。
そして、苦しい、助けてくれと叫ぶその声の一つ一つに、ただただ耳を傾けていた。
これまでは、この断末魔が、弱い自分を責め立てる声なのだと思っていた。
しかし、この黒い水の正体──ハイドットを巡る真実を知った今では、そうは思わない。
この声はきっと、悲しさと絶望の間で、一心に自分に助けを求めている声だったのだろう。
そう、次期召喚師である、自分に。
今はもう、怖いから目を反らそうという気もなくなっていた。
否、もう反らしてはいけないのだ。
自分は、そういう立場にあるのだから。
ファフリは、黒い濁流を見つめたまま、側にいるカイムに声をかけた。
「……貴方はずっと、この夢を見せて、ミストリアがハイドットの廃液に汚染されていることを、私に知らせたかったのよね」
カイムが、ぱたぱたと飛んで、ファフリの肩に止まる。
気づけば、周囲で苦悶の叫びをあげる黒い水は、跡形もなく消え去っていた。
「……私ね、貴方のこと、私を乗っ取って殺戮を繰り返そうとする、悪い奴みたいに思ってたの。でも本当は、私が主人として未熟だっただけで、貴方はずっと、私達のことを導いてくれてたんだよね。……気づけなくて、ごめんね」
ファフリの言葉に、カイムはなんの反応も示さない。
けれど、絶対に聴いてくれているという確信が、不思議とファフリの中にはあった。
ファフリは、その場に座り込むと、膝を抱えた。
「……ねえ、カイム。私、これからどうすればいいのかな……」
俯きながら、静かに問いかける。
「私、皆を助けたいよ。これまで何もできなかった分、奇病にかかった獣人たちを治療して、ハイドットの廃液の流出も食い止めて……。ミストリアを、皆が笑って平和に暮らせるような国に、したいよ……」
不意に、目頭が熱くなって、みるみる視界がぼやけた。
「だけど、私にそんなことできるのかな……。ユーリッドも、トワリスも、私のせいであんな大怪我しちゃった……。二人を守ることも出来なかったのに、私……」
ロージアン鉱山で、ユーリッドに対して、奇病を見過ごしてはいけないと言った。
あの時の言葉、覚悟が、嘘だったわけではない。
それに実際、黒幕は宰相のキリスであり、ファフリが信じた通り、父王のリークスがハイドットの廃液流出を、故意に見過ごしていたわけではなかった。
それでも、リークスが自分を殺そうとしていたことも、また事実で──。
父のあの侮蔑するような眼差しと、圧倒的な力を見せつけられてしまえば、自分は無力なのだと、強く思い知らざるを得なかった。
「ユーリッドもトワリスも、守りたいって思うけど……私になにが出来るのか、分からないよ……。サーフェリアじゃ、飛び交ってる魔力が多すぎて、召喚師様の居所も掴めないし……」
そうぽつりと呟くと、ふと、カイムが顔をあげる。
そして、なにか言いたげにファフリを見てから、突然、空高く舞い上がった。
(あっ……!)
思わず、飛翔したカイムを目で追ったのと同時に、そのままカイムの勢いに引っ張りあげられるかのように、一気に意識が浮上する。
そうしてはっと目を覚ましたファフリは、寝台から身を起こし、ふと視界に入った窓からの景色に、瞠目した。
(…………!)
カイルと登った小高い山の中腹に、ぼんやりと、小さな明かりが見えたからだ。
(……あれって、まさか……召喚師様のお屋敷の……?)
あの山に、他に建つ家などなかった。
ということは、もしかしたらサーフェリアの召喚師が戻ってきていて、例の屋敷が出現したのかもしれない。
今、見える明かりが、その屋敷から漏れたものだとしたら──。
ファフリは、大慌てで寝巻きの上に外套を羽織ると、側においてあった革の肩かけ鞄をとった。
それから寝台から下り、靴に履き替えると、ユーリッドたちの方を見た。
ユーリッドもトワリスも、深く眠っている。
今は真夜中なのだから、別室のリリアナとカイルも、当然寝ているだろう。
「…………」
ファフリは、一瞬ユーリッドの近くに行こうとして、踏みとどまった。
(──駄目。頼ることを当たり前に思っちゃ、駄目。……一人で行くのよ)
もう一度、窓から見える山腹の明かりを確認して、ぐっと肩かけ鞄の紐を握り込む。
もちろん、あの明かりがまだサーフェリアの召喚師によるものだと、決まった訳じゃない。
もしかしたら、誰かが山中で焚き火をしているだけかもしれないし、松明を持って歩いているだけかもしれない。
それでも、少しでも可能性があるなら──。
ファフリは、皆を起こさないように忍び足で玄関に向かうと、外に飛び出した。
天高く昇る満月が、深い藍色の中で、煌々と輝いている。
草木も眠る、静かな夜。
ファフリは、唇を噛み締めて、山腹を目指し歩き出した。
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